上 下
18 / 21
第三章「「シンジ・過去に追い詰められる」

第18話 「おれの余白を、あなたで埋めて」

しおりを挟む

(zheng shiによるPixabayからの画像 )


 おれは息をのんだ。椿が豹変している。頬が上気して、瞳がキラキラしていた。
 あっというまにベルトで両手を縛りあげられた。ついでに、そのへんにあったタオルで足首も縛られる。
 動けそうで動けない。絶妙なかげんだ。

 これがエミリさんの言っていた”基本の手首緊縛”ってやつ? 困るくらいにうまいじゃん……。

「あのう……つばきちゃん」
「女王さまと呼びなさい――ごめんね、プレイに入ったら途切れさせちゃダメなの。お姉ちゃんから、そう教わった」

 そう言う椿のおでこに汗がにじんでいる。
 そうか、女王さまプレイって女性には肉体労働なんだ。
 百七十センチの男を、百五十センチの椿がおさえ込むには全身の力がいる。彼女はおれのために限界まで身体を使いきろうとしていた。

 椿が、ちらりとこちらを見る。ちょっぴり不安そうな表情。
 あたりまえだ。彼女にとってもこれが初めての女王さまプレイなんだ。

 ……ちがうぞ。“初めての女王さまプレイ”どころじゃない。
 椿はバージンだ。これが、初めて男とセクシャルなことをやるタイミングなんだ。
 ふつうなら女の子は男のリードにまかせたいだろう。不安だらけだから。
 なのに椿は、自分の不安を押さえて女王さまになろうとしている。

 なぜだ。

 答えはすぐひらめいた。
 おれがそう、望んだから――。

 ぶわっと指先まで熱が走った。

 愛されるとは、こういう事だ。願いは相手に届き、彼女はおれのためにできない努力すら、してくれる。
 だからこそおれは、彼女の愛情を当然と思ってはいけない。
 小声で言う。

「ここで終わってもいいんだぜ、椿」

 椿の目が泳いだ。逃げ出したいんだろう、当たり前だよ。それでいい。
 
「いいんだ椿。おれみたいな男は見捨てろよ。しょせん、その程度の男なん……痛ってええええ!!! アバラ……蹴っちゃ、ダメ……つばき」

 うそ……椿ちゃんの蹴りが、クリーンヒット……。

「おれ、あばらが……折れてる……」
「――あっ、わすれてた、ごめんなさい!……ん?……それ、使えるわ」

 椿は、あばらのあたりを撫ではじめた。ゆっくりと円を描くように――。

「……痛い?」
「う、うん」
「さわられたくない?」
「……二本折れてるらしいんで……できれば、さわらない……で」

 椿はにっこりした。
「犬が、女王様にそんなことを言えると思っているの?」
 全身が、ぞくぞくする。
 こえええ。

 こわい……けど。
 なんだこの安心感は。
 おかしいよ。

 両手・両足を縛られているから抵抗できない。椿が、折れているアバラの上に体重を乗せれば、おれは瞬時に気絶する。
 それでもいいんだ。椿になら、何をされてもかまわない。

 女王さまは、愛があるから責められる。
 奴隷は、愛があるから身体と感情を預けられるんだ。
 愛する人に何もかもを預けきる愉悦。
 何をされてもいい、どうされてもいいと思うほどに――おれは椿を愛している。

 言葉も理性もいらない信頼関係は、とろけそうなほどに甘い。完全に許された甘さの中で、何もかもをぶちまける。

「――おれが悪かった」
「悪かった? なにが?」

 彼女の作り出す言葉の迷路で、おれは十一歳に戻っていく。漆黒の、底の見えない夜のなかへ言葉がころがる。

「おれは、いい子でいなきゃいけなかった。うちは壊れていたから――。
強くて正しい男でなければダメなんだ――ほんとうのおれは、強くも正しくもないから。
ごめん、つばき。こんな男で……」

 目の前で、これまでの日々が音を立てて組みあがっていった。
 早くに亡くなった母親。ろくでなしの父。レイプした義母。おれと付き合っても、空っぽの中身に絶望して離れていった女の子たち。延々と続くコルヌイエホテルでの仕事。横暴なボス。

 すべてのものが、ここにたどり着くためにあったんだ。
 そして未来は、たったひとりの女性の形になった。

 ――椿。

 いとしいひとの声が、夜の底に響く。かすかな明かりのように。
「いいの。強くもない、正しくもない――あたしは、そんなあなたが欲しいの。
これで、答えになる?」
「ありがとう。十七年間ずっとほしかった答えだよ、椿」

 身体が、痛いほどに張りつめている。
 大きく息をしたとき、温かい舌が耳に差し込まれた。思わず、声が出た。
 
「……あ……っ つばきっ!」

 ――この世には、男が正気を投げ打つに足る快楽が、存在する。
 いちど味わってしまえば、そこから逃げられない。ひとりには戻れないからだ。

 椿。きみ以外では埋まらない穴があいたよ――だから。
 おれの余白を、あなたで埋めて――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた

楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。 この作品はハーメルン様でも掲載しています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...