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第13章「キスを待つ頬骨」

第148話「自分の男のバスローブ姿は、人に見せたくない」

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(Unsplashのisi martínezが撮影)

 翌朝、清春はシャワーの音で目を覚ました。一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。
 白く高い天井を見上げて、コルヌイエだ、と思った。

 ゆっくりと、昨夜の記憶がよみがえってくる。
 佐江の甘いトワレの匂いと、もっと甘い佐江自身の匂い。清春の身体の下でかすかにふるえる女の肩口。
 ああそうか、昨日は佐江と泊ったんだ、と清春はベッドの上で起き上がった。

 ベッドサイドのテーブルには、清春のスマホと煙草、ライターが置いてある。煙草をくわえて、火をつけた。ベッドの佐江が眠っていたほうを見ると、もう枕もシーツもきれいに整えてある。
 片付け魔だな、と清春は考えた。一緒に暮らすには、悪くない性癖だ。

 清春は煙草をもってスイートルームのリビングに入った。きれいなグラスを探して、ゆうべ飲み残したシャンパンをつぐ。
 朝の光の中で、シャンパンからは一筋の泡が立ちのぼった。

 シャワーの水音がやみ、佐江が身支度をしている音が続いた。
 佐江は早起きで、前夜の仕事がどれほど遅くても六時には起きている。きれい好きで勤勉、ますます好ましい女だ。

 たぶん、おれ以外の男にとっても、好ましい女だ。

 ちらりとそう考えて、清春は不機嫌になった。そのささやかな不機嫌を、シャワーを浴び終えて出てきた佐江にぶつける。

「おれに黙って、ベッドから出るなよ」
「シャワーを使うって言いましたよ。キヨさんが、起きなかったんです」
「こういう時はさ、朝にもう一回『する』もんだろ」

 佐江の白い頬がみるみる赤くなる。清春はうれしくなって、もっと困らせる言葉を言いたくなる。

「今からでも、できるぞ」
「できませんよ。あたし、朝食をオーダーしてしまいましたもの」
「なんだって?」

 今度は清春がうろたえる。佐江は涼しい顔で清春を眺め、

「そろそろ届きますよ。あなた、寝室にいらしたほうがいいんじゃないですか。職場には、色恋の女は連れてこないんでしょう?」
「きみって女はさ――」

 清春は眉間をこすって言った。

「おれの言ったことを、ほんとうによく、覚えているんだな」
「愛情の問題です、記憶力の話じゃないわ」

 佐江がそういったとき、ドアベルの音が鳴った。

「ほら、そんな恰好でひとに会いたくないでしょう?」
「おれはかまわないけどな」

 佐江は笑ながら、清春を寝室に押し込んだ。

「世の中には、自分と一緒に泊まった男のバスローブ姿を、ホテルのボーイに見せたくない女もいるんです。さあ、早く閉めて」

ぱたん、とドアを閉じられる。清春は笑いだした。

「ほんとに、おれの言ったことを全部覚えていやがる」

 ドアの向こうで、昨夜の食器を片付けて、朝食を支度している音が聞こえる。
 清春はベッドに寝そべって煙草を吸い、ぼんやりとその音を聞いていた。

 そこに、佐江がいると思うだけで、ホテルの無機質な部屋に色がつく。
 佐江の匂いがして、佐江の色がつけば、清春はそこで眠れる。
 もう二度とひとりで眠りたくないと清春が思ったとき、ドア越しにホテルマンらしい、はきはきした声が聞こえた。

「コルヌイエでのご滞在を、楽しんでいただいていますか?」

 清春は、がばっとベッドから跳ね起きた。
 同期の末井だ。

 しかし、宴会部でバンケットを担当する末井が、なぜルームサービスのワゴンをもってやって来たんだ――?
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