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第12章「あした世界が終わるとしても」
第143話「このひとに一生くるわされたい」
しおりを挟む(UnsplashのMaria Brauerが撮影)
荒い息の下で、清春がかろうじて佐江を抑制しようとする。佐江は、きれいな二重《ふたえ》まぶたの目を光らせて、清春を見上げた。
にやりと、笑っている。
まるで清春の知らない邪悪な妖精のような笑い方だ。
——このひとに、狂わされたい。
井上清春は、三十一年の人生のうちではじめて、女に対して完全な白旗を揚《あ》げた。
ああ、もう。
このひとに一生くるわされたい。
甘やかに、軽やかにあしらわれながら生きてゆきたい。
コルヌイエホテルのスイートルームで椅子に座った清春は、切れ長の目を閉じて薄い唇から息を吐いた。
その様子を佐江が見て笑っているのが感じ取れる。
なんという、快楽。
一瞬だけ佐江が黙り込み、
「あたしと同じ目に合わせてあげる」
清春がまともな意識で聞いた最後の佐江の声は、まろやかな欲情をたたえて清春の皮膚の下に入り込んできた。
佐江が、するりと清春のベルトをはずす。
そして欲しいものをさっさと取り出すと、一息《ひといき》に口に含みこんだ。
「さえ!」
清春が叫び声をあげる。
佐江からはじめて受ける甘美な悦楽が、たちまち清春を支配した。
「くそ、よせ。今そんなことをされたら、全部、もっていかれちまう」
「持っていかれても、いいでしょう?」
こんな時にかぎって、佐江の声はひんやりと優しくひびく。
そう。岡本佐江は、自分の力を知り尽くしている女なのだ。
清春の身体を支配していると見せかけて、実は清春の骨の奥にある柔らかく、もろい部分に鋭い爪を立てている。
男を優雅に支配し、身体以上の快楽を与えるセイレーン。
佐江は女が本来もっている本能を駆使して、清春を足下《そっか》に組み伏せようとしている。
そして清春は、もはやどんな抵抗も佐江にしめせない。
ただもう、甘く搾《しぼ》りあげられてゆくばかりだ。
せつない悲鳴が、清春の咽喉からこぼれる。
「くそ、佐江――秒でイキそうだ……」
見おろすと、佐江がほんのりとほほ笑んでいるのが見えた。
「あなただって一度くらい、女に、いいようにされればいいのよ」
「……バカいえ。おれはいつだって、きみの言うなりだろ」
『恋愛は、惚れたほうの負けですよ』
いつか佐江が清春に言った言葉が、強烈な快楽とともに、清春の全身を食い尽くしている。
負けてしまって、何がいけない?
清春は佐江の愛撫に耐えながら思った。
恋愛では負けたほうが何倍も何層倍《なんそうばい》も、深い歓びにひたることができる。
だからもう、清春は佐江に勝つ必要はない。
この先もずっと。
このひとに、狂わされたまま生きていきたい。
「佐江——」
執拗《しつよう》に続く愛撫に耐えながら、清春は名前をよんだ。
「もう、おれの上に乗れ。今日だけは、きみの指でも口でも、いかされたくない」
清春は目をあけて、佐江を見る。
髪型にも服装にも乱れのない佐江の姿は、文句のつけようのないほど美しい。
けれども今、井上清春が見たいのは、どうしようもない悦楽に我を忘れる佐江だ。
佐江が、ゆっくりと清春の上に乗る。
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