上 下
132 / 153
第11章「最深部」

第131話「惚れた女がほめてくれなけりゃ、意味がない」

しおりを挟む


 清春の言った”実力テスト”という言葉を、洋輔は、鼻で笑った。
 高級ホテルであるコルヌイエのメインロビー前には似つかわしくないほど、露骨に、清春をバカにした笑いだった。

「実力テストかよ。で、結果は上々《じょうじょう》か?」
「香奈子さんは、ほめてくれたよ」
「そりゃよかった。満足だろ、キヨ」
「嫌味を言うなよ」

 と清春は苦笑した。

「世界中の誰に評価されたって、惚れた女がほめてくれなけりゃ、意味がない」
「やっとわかったか」

 洋輔がケットからプラスチックカードを取り出した。
 清春の目の前でひらひらさせる。清春は親友の手の中をちらりと眺めて、

「なんだ? コルヌイエのルームキーだろ」

 カードを受け取った清春はルームナンバーを確認した。

「真乃《まの》のスイートじゃないか。レセプションに返しておけっていうのか?」
「佐江さんが、来てる」

 清春が、一拍《いっぱく》遅れて反応する。

「なんだって?」
「佐江さんが、来てんだ。ついさっきまで、メインバーにいたぜ」
「……あの、シャンパングラスか」

 洋輔は眉毛をひょいと上げた。

「ご名答。さて、この鍵どうする?」

 洋輔が尋ねた。清春は何も言わず、手の中のルームキーをひっくり返している。
 それを洋輔が、横から取っていく。

「なあ、キヨ。会わない、という選択肢もあるんだぜ。俺がこのまま真乃のスイートに行って、佐江さんに『キヨは来ません』というだけでいい。
それでお前はまた女をとっかえひっかえする生活に戻れる。悪かねえだろ?」

 そして、清春はひとりのまま。
 掃除と整理整頓されきった寒々しい部屋の中で、ひとりのまま。
 清春は洋輔からルームキーを奪いかえした。

「こんな時間に、おまえを佐江がいる部屋にやれるかバカ」
「お前が行くよりは、安全だと思うがねえ」

 洋輔はにやりと笑い、

「まあ、一目でいいから、惚れた女の顔を見てくるんだな。これが最後かもしれねえぜ?」

 洋輔はゆうゆうとメインバーへ戻っていった。清春は一人になって、じっと手の中のルームキーを見つめる。
 無意識のようにキーをダークスーツのポケットに放り込み、レセプションカウンターへ入る。

 見慣れたカウンターの中で機械的に作業をこなしながら、清春はおびえを隠せない。

 佐江と会うのが、こわい。
 もう一度あらためて佐江を失うのが、たまらなくこわい。
 それでも。
 佐江に会わないまま彼女を喪《うしな》うほうが、もっと怖かった。

 もう一度だけ、清春を天国へ送りこんだ唯一のひとの声が聞きたい。


 清春のなかに身ぶるいするような欲情が戻ってきた。

 佐江が。
 コルヌイエホテルにいる。


 会いたい。
しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...