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第11章「最深部」
第131話「惚れた女がほめてくれなけりゃ、意味がない」
しおりを挟む清春の言った”実力テスト”という言葉を、洋輔は、鼻で笑った。
高級ホテルであるコルヌイエのメインロビー前には似つかわしくないほど、露骨に、清春をバカにした笑いだった。
「実力テストかよ。で、結果は上々《じょうじょう》か?」
「香奈子さんは、ほめてくれたよ」
「そりゃよかった。満足だろ、キヨ」
「嫌味を言うなよ」
と清春は苦笑した。
「世界中の誰に評価されたって、惚れた女がほめてくれなけりゃ、意味がない」
「やっとわかったか」
洋輔がケットからプラスチックカードを取り出した。
清春の目の前でひらひらさせる。清春は親友の手の中をちらりと眺めて、
「なんだ? コルヌイエのルームキーだろ」
カードを受け取った清春はルームナンバーを確認した。
「真乃《まの》のスイートじゃないか。レセプションに返しておけっていうのか?」
「佐江さんが、来てる」
清春が、一拍《いっぱく》遅れて反応する。
「なんだって?」
「佐江さんが、来てんだ。ついさっきまで、メインバーにいたぜ」
「……あの、シャンパングラスか」
洋輔は眉毛をひょいと上げた。
「ご名答。さて、この鍵どうする?」
洋輔が尋ねた。清春は何も言わず、手の中のルームキーをひっくり返している。
それを洋輔が、横から取っていく。
「なあ、キヨ。会わない、という選択肢もあるんだぜ。俺がこのまま真乃のスイートに行って、佐江さんに『キヨは来ません』というだけでいい。
それでお前はまた女をとっかえひっかえする生活に戻れる。悪かねえだろ?」
そして、清春はひとりのまま。
掃除と整理整頓されきった寒々しい部屋の中で、ひとりのまま。
清春は洋輔からルームキーを奪いかえした。
「こんな時間に、おまえを佐江がいる部屋にやれるかバカ」
「お前が行くよりは、安全だと思うがねえ」
洋輔はにやりと笑い、
「まあ、一目でいいから、惚れた女の顔を見てくるんだな。これが最後かもしれねえぜ?」
洋輔はゆうゆうとメインバーへ戻っていった。清春は一人になって、じっと手の中のルームキーを見つめる。
無意識のようにキーをダークスーツのポケットに放り込み、レセプションカウンターへ入る。
見慣れたカウンターの中で機械的に作業をこなしながら、清春はおびえを隠せない。
佐江と会うのが、こわい。
もう一度あらためて佐江を失うのが、たまらなくこわい。
それでも。
佐江に会わないまま彼女を喪《うしな》うほうが、もっと怖かった。
もう一度だけ、清春を天国へ送りこんだ唯一のひとの声が聞きたい。
清春のなかに身ぶるいするような欲情が戻ってきた。
佐江が。
コルヌイエホテルにいる。
会いたい。
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