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第11章「最深部」
第126話「惚れた女への礼儀」
しおりを挟む(UnsplashのAustrian National Libraryが撮影)
このところ、洋輔は妻の真乃《まの》と清春兄妹のあいだに挟まって、ずいぶんとストレスをためていたのだろう。
勢いよく清春をののりはじめた。
「俺には後ろぐらいところなんか、ねえよ。なんだよ、まるで俺が彼女と寝たみてえに言いやがって」
洋輔がそういった瞬間、清春の身体がすばやく飛び込んだ。洋輔の目の下のあたりをしたたかに殴りつける。
洋輔の長身が後ろにふっとんだ。
清春は見た目よりもずっと動きが俊敏で、昔からケンカで負けたことがない。
それでもケンカ慣れしている洋輔はスモーキングエリアの壁にふっとんだまま、なおも清春をあおり立てた。
「だいたいな、てめえがしっかりしてないから、こんなことになってんだろ。たとえ目の前でほかの女と寝ていても、俺はやっていないと断言するのが、惚れた女への礼儀だ」
「浮気じゃない。帰国まぎわの香奈子さんからピアスを預かったのが、そんなに悪いことか」
「あのひとが怒っているのは、ピアスのことじゃねえ。てめえが、昔の女に流されたから怒っているんだ。馬鹿キヨ!」
洋輔の言っていることが正しければ正しいほど、清春は追い詰められる。最後には、清春はがっくりとうなだれてつぶやいた。
「もうどうしようもない。手の打ちようがないよ。あいつが今、顔も見たくない、声も聴きたくない男は、世の中でおれだけなんだ」
つい先日、清春はこっそりと佐江の様子をみるために、八越デパートへ行ったのだった。佐江の勤務先と同じフロアにあるカフェ“リズ”に行った。
フロアの反対側にあるカフェからは、わずかに佐江の姿が見えた。それでようやく清春はほっとしたのだ。
ほっとしたものの、それはわずかな時間に過ぎなかった。すぐに店には男性客がやってきて、佐江と話しはじめたからだ――。
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