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第10章「いつか離れる日が来ても」

第104話「誰もいないところで食らいつくしたい」

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「佐江。何かおれに言うことはないか?」

 清春は長い指を伸ばして、そっと佐江の頬骨に触れた。
 佐江の肩が、ひくりとする。
 指ごしにふるえを感じた瞬間、清春の背筋を強烈な欲望が走りぬけた。
 仕方がない。佐江のかすかな震えは、彼女が清春の腕の中でみせる甘やかな絶頂とよく似ていたからだ。

 できるものなら、今すぐ佐江をどこかへ連れて行ってめちゃくちゃにしてやりたい。
 清春の身体に反応し、清春の言葉に応える佐江を、誰もいないところで食らいつくしたい。
 清春は、喉もといっぱいまでこみ上げてきた欲望を、押しひしぐために、声を出す。

「おれに、会いたかった?」

 言った瞬間、清春は絶望的な気持ちになる。なぜもっと甘くやさしい言葉をいえないのか。
 初めての恋に落ちた、中学生でもあるまいし。

 清春の声は、欲情でかすれている。佐江はふたたび口角《こうかく》を持ち上げ、偽りの笑顔を秒速で作り上げる。

「この間のメッセージの返事なら、とっくに送りましたよ」
「もらったよ。ずるいって、言われたな」
「だってずるいでしょう。会えない時に、会いたいと言われても」
「会いたいときはどうしようもないんだ」
「うそつき」

 佐江は小声でいった。その声と言葉がまた、清春の身体を煽《あお》りたてる。清春は憤然として、

「聞き捨てならないな。おれは本気で、きみに会いたかったんだ」

 気持ちを落ち着かせるために、テーブルに置いたままの煙草の箱から一本とりだす。佐江のライターで火をつけ、ニコチンで怒りと欲情を鎮めようとする。
 その瞬間、カフェの中にするどい車のクラクションが鳴り響いた。


 清春が思わず、すぐそばの窓から外を見ると、コルヌイエホテルの車寄せ《くるまよせ》から大通りに出ようとした車が、直進してきた車とあやうく接触するところだった。
 思わず、清春がつぶやく。

「あの車、片方はコルヌイエのゲストだろう。ご無事だったかな」

 もっとよく状況を見るためにカフェの椅子から立ち上がった。
 そして、立ち上がる必要さえない事に気が付いた。椅子に座ったままでも、ほんの少し伸びをするだけで二台の車が見えたからだ。
 一台はコルヌイエホテルの車寄せから出てきたタクシーで、もう一台は大通りを走ってきた車だ。

 ホテルのエントランスがにわかに騒がしくなり、ドアマンとベルボーイ、レセプションカウンターから出てきたらしい昨夜のナイトマネージャー白石《しらいし》の姿までがくっきりと見て取れた。
 この場所は以前から事故の多発地点として、警察から注意勧告を受けている。だから事故の確認のために白石まで出てきたのだろう。

 二台の車がそのまま走り去るのを見とどけて、清春は席に座りなおした。

「あそこ、危ないんだよな。うちのドアマンにも注意してゲストの車を誘導するように言ってあるが、ゲストのお見送りをするスタッフにも、注意喚起しておかないと―――」

 清春はぷつりと言葉を切った。
 ここからはコルヌイエホテルがよく見える。そして佐江は、このカフェに最近、毎日来ているらしい。

 つまり。それは――。
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