85 / 153
第8章「夏が来りて、歌え」
第85話「逃れられない温度」
しおりを挟む「煙草《たばこ》、きらした」
洋輔がそういうので、清春はスーツの胸ポケットから煙草とライターを取り出した。
「やるよ、持っていけ」
「わるいな」
洋輔は煙草をパッケージから振り出した。かちっとライターが点火する音が深夜の喫煙スペースに響いた。
ふうっと洋輔が煙草の煙を吐く。清春は何も言わずに洋輔の前に手を出した。
「なんだ?」
「ライターは返せよ」
洋輔は清春をちらりと眺め、からかうような声で、
「カノジョのライターを取り返す程度の分別《ふんべつ》は、まだ残っているんだな」
清春はライターを受け取ってポケットにおさめた。
「何も、言わないのか。洋輔」
洋輔はじりっと煙草を吸ってから眉間のあたりをこすり、
「もう肚が決まっている男に対して、言うことはねえよ」
清春は目を閉じた。洋輔は煙草の煙を吐きつつ、
「ずっと優等生を通してきたお前でも、たまにはつまずくってことだ」
「よせよ」
清春はきれいに整えた髪に長い指を突っ込んだ。洋輔は吸い終えた煙草を押しつぶして灰皿に落とす。
「なあキヨ。この先なにがあっても俺はお前の味方だ。信用しろよ」
「……頼りになるな」
「任せろ。真乃《まの》のことはどうにかする」
「おまえに、おれの妹を操縦できるのかよ」
清春がそういうと、洋輔は明るく笑った。
「操縦なんかできねえよ。だけどあいつは俺に惚れてる。最後には俺の言うなりだ」
「自信家だな」
「そう言い切れるくらい、俺が、惚れている」
清春は整った顔を上げて親友を見た。
洋輔のほうがほんの三センチほど清春よりも背が高い。ニヤリと笑う顔つきは、同性の清春が見てもため息が出るほど美しかった。
洋輔は清春の煙草を胸ポケットにしまい、
「俺はとっくに俺の人生を真乃に明け渡した。だから真乃は、俺の言うなりなんだよ。お前もその覚悟ができれば楽になるぜ」
「おれの人生なんて、だれも引き受けたがらないよ」
「そりゃ、おまえが本気で引き渡すつもりがないって女にわかっているからさ。プライドだけじゃ女は屈服してくれない」
「プライドまでなくしたら、いったいおれに何が残るっていうんだ」
「何が残るって? そのツラと金だけじゃ足りねえっていうのかよ」
明るく笑って、洋輔は喫煙スペースを出ていった。ひとり残された清春は最後の最後まで煙草を吸った。
三百度の熱が煙草の先を焼く。
清春の足元にも、逃れられない温度の火がついている。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
今日の授業は保健体育
にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。
ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる