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第5章「目を閉じておいでよ」

第45話「シフトよりも深刻な問題」

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 翌朝、清春はすさまじい頭痛とともに目を覚ました。
 頭痛の原因は耳元で鳴り響くスマホと、エントランスからのコール音だ。目の奥がずきずきするのをこらえて、清春はスマホを見た。
 親友の洋輔(ようすけ)だ。電話をつなぐと、のんびりした声が聞こえた。

「起きたか。入り口を開けろ、馬鹿キヨ」

 清春は、ただうなってエントランスを開けた。わずかな物音も頭に響いてまっすぐ立っていられない。しかし何とか這いずって、マンションの玄関のかぎを開けた。
 ふたたびソファに戻るのが苦行に感じられる。ソファに座っても、目の前にある煙草に手を伸ばすことさえできなかった。
 
 やがて、がちゃりとドアが開く音がして、洋輔がリビングに入ってきた。手に、コンビニの袋を持っていて、中にぎっしりと水のボトルが入っているのが見えた。

「よう、だいぶ、ひどいな?」

 答えることもできず、ただ、うなった。

「二日酔いの時は、とにかく水だ。飲め」

 テーブルに水のボトルが置かれた。清春はしぶしぶ手を伸ばしてボトルを開けた。一口水を飲み、もうそれだけで吐きそうになった。

「吐くな吐くな。今ごろ吐いても、もう遅せえんだよ」

 洋輔は慣れた様子で清春の部屋のキッチンに入り、冷蔵庫からレモンやアボカドを取り出した。

「なにか、食えるか?」
「いや、無理だ」

 清春は吐き気をこらえて水を飲んだ。洋輔は清春の様子を見て、

「まったく。昨日、どれだけ飲んだんだ?」
「……ラム、ジン、スコッチ、テキーラ。テキーラをショットガンで四杯…いや、たぶん五杯」
「バカじゃねえのか」

 洋輔はキッチンで湯を沸かしながら言った。

「ショットガンで五杯だ? てめえもバーが長いんだから、限界は分かっているだろ」

 清春は水のボトルをもったまま、ふらりと立ち上がった。

「シャワー浴びてくる。コーヒーを入れるのか?」
「ああ」
「おれにもくれよ」
「最初からお前のコーヒーだよ」

 洋輔は瑕瑾のない美貌で、にやりと笑った。


 シャワーを浴びると、さすがにしつこい頭痛も多少は軽くなった。
 清春はシャツとデニムに着がえて、まだふらつく足でリビングに戻る。香ばしいコーヒーが湯気を立てて待っていた。どさっとソファに身体を落とした。
 洋輔がコーヒーのマグと新しい水のボトルを置いていく。

「悪いな、洋輔。助かった」
「まったくだ。ガキの頃からの親友に、感謝しろよ」

 にやりと笑って、洋輔は煙草をくわえた。

「おっと、吸っても大丈夫か」
「吐くかもしれない……ベランダに出よう」

 ガンガンする頭を抱えながら、洋輔とベランダに出た。小さなベランダだがテーブルと椅子があり、コーヒーと煙草くらいの役に立つ。

「……それにしても、よくおまえ、おれがつぶれているって分かったな」
「なんだよ、昨夜の電話、覚えてねえのか」

 煙草に火をつけながら、洋輔はちらっと清春を見た。その視線になにか意味ありげなものを感じて、清春はコーヒーを飲む手を止めた。

「電話? 何のことだ?」
「俺が昨日の夜に電話したんだ。おまえ、返事をしたぜ」
「覚えていないな……何の用だったんだ」

 濃いブラックコーヒーを飲み干し、水のボトルを空けた。これも一気に半分くらい飲み干す。
 身体中が、むやみと水分を欲しがっていた。
 もっと他のものも欲しがっているような気がするが、あまりにも頭が痛くて、清春はもう何も考えたくない。

「昨日の電話か? えーと。めしの話だ。真乃(まの)が来週めしを食おうってさ」
「コルヌイエにいって来週のシフトを見なきゃ、わからない」

 清春は頭を抱えてそうつぶやいた。
 いや。何かもっと、シフトよりも深刻な問題があったはずだが。

「シフトだけの問題か?」

 洋輔が笑いながら尋ねてきた。清春はようやく煙草を吸う元気が戻ってきて、ボトルの水をがぶ飲みしながら、テーブルの上にある洋輔の煙草に手を伸ばした。
 一本くわえて、火をつける。
 酒の残りでカスミがかかったような頭の中に、ニコチンの刺激がやってきた。大きく息を吐く。

「シフトの問題以外に、何があるって言うんだ」

 清春が目を上げてみると、洋輔が完璧な美貌をにやりとさせていた。

「何だよ、おまえ。さっきからニヤニヤして。何か、言いたいことがあるのか」
「あるね。だが、言わずにおいてやる」
「気になる。言えよ、洋輔」
「聞きてえのか? よし、お前が聞きたいって言ったんだからな。俺を恨むなよ?」
「何のことだか、見当がつかない」

「——“さえ、抱きてえ”」
「はあ?」
清春は、混乱したまま洋輔を見あげた。

「なんだ、そりゃ」
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