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第5章「目を閉じておいでよ」
第42話「惚れた女さえ大事にできないのかよ」
しおりを挟む佐江のほっそりした身体が正直に反応すると、清春は嬉しくてたまらない。
このまま、佐江が悦楽に我を忘れてしまえばいいと思う。
真乃のことも、真乃の子供のことも忘れて、ただ清春の身体におぼれてしまえばいい。
「佐江。きみの愛情はおれのものじゃないが、きみの身体はおれに反応する。もうそれで、お互いに満足しないか?」
ゆっくりと佐江に指を滑り込ませた。佐江は泣きそうな声で、こらえている。
清春は、悦楽を我慢している佐江の顔が好きだ。
その我慢を男の愛撫でこじ開けていくことが、清春の身体をいっそう昂ぶらせる。
「おれを利用して、一生、真乃のそばにいろよ」
女を知り尽くしている清春の指はやすやすと佐江を押さえ込んでしまい、佐江の身体から欲しいだけの反応を引きずり出す。
しかし昇り詰める寸前に、佐江は身体をひるがえした。
するりと清春の下から逃げ出して、じっと清春の顔を見る。佐江の瞳は、快楽をこらえすぎた証拠に涙で潤んでいた。
「——それで、あなたは、どうなります?」
佐江はあらい息の下で清春に尋ねた。
「真乃のふりをしているかぎり、あなたは身代わりのままだわ。それで、いいの?」
佐江の声が、清春に正気を取り戻させる。取り戻したくもない正気と自制が身の内に舞い戻り、欲情に狂う男の身体に残酷な枷をはめていく。
清春は、痛いほどの脱力感に襲われた。
身体じゅうから力が抜け、激しい後悔の念が欲情の代わりに身体を埋めてゆく。
清春は、佐江から離れた。
「わるい。おれが脱がせた服だけど、自分で着てくれ。着たら呼べよ、送っていく」
そういうと、足早にリビングを出て廊下に立った。
ドアの隙間から、佐江がさらさらと服を着ている音がする。その音が穏やかであればあるほど、清春はきつく責められている気がした。
女の未来を、身体で縛り付けるしかない、クズ。
「惚れた女さえ大事にできないのかよ」
そうつぶやいたとき、リビングのドアが開いて、佐江が出てきた。
だまって立ち上がり、玄関へ行く。その後を佐江がついてきた。
「キヨさん、あたしひとりで帰れますから」
「バカ言え。こんな深夜に女の子を一人、タクシーに乗せられるか」
清春は何も言わず佐江を連れ、大通りでタクシーを止めた。佐江を車に乗せると自分もあとから乗り込み、運転手に佐江のマンションの住所を告げる。
「キヨさん、どうやって帰るんです?」
車中で佐江が心配そうに声をかけてきた。
「きみが、おれの心配をする必要はないよ」
ぶつん、と清春は言った。ついさっき、きみをレイプしかけた男の心配なんか、するなよ。
そんなお人よしだから、おれみたいなろくでなしに、付け込まれるんだ。
だが、佐江が自分以外のろくでなしに付け込まれたらと思うと、それだけで清春の身体に嫉妬の火がつく。関節が白くなるほど両手を握りしめる。
車が佐江のマンションに到着する。佐江を降ろし、タクシーの支払いをして清春も車から降りた。
腕組みをして道端に立つ。
自分自身がうとましくて、とても、これ以上は佐江のそばに近づけない。
「うちに、入りなさい」
ひやっとした声で佐江にいった。
「きみがちゃんと家に帰るまで、見ているよ――心配だから」
心配もくそもない。清春はただ、夜の中で佐江が他の男に連れていかれるのが、怖くてたまらないのだ。
清春ごときでは、永遠に手の届かない佐江。
佐江は一回だけ振り返り、何も言わずに、マンションのエントランスに入っていった。
清春は、長い長い息を吐いた。
たぶんもう、二度と会わない。会えない。
愛しいひと。
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