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第2章「もう跳ぶまいぞ、この蝶々」

第20話「朝まで、めちゃくちゃに”されたい”のなら」

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(DavidによるPixabayからの画像 )

 清春は佐江の身体にふんわりとブランケットをかけてやり、自分はテーブルに歩いていって、置きっぱなしの煙草をくわえて、火をつけた。
 佐江がつぶやく。

「それで、キヨさんにはどんなメリットがあるんです?」
「うん?」

 振り返ると、佐江は胸元をしっかりとブランケットで包み、身体を起こして清春を見ていた。

「あたしと結婚して、キヨさんが得することなんて、ないでしょう」

 清春は煙草をくわえたままベッドに腰をかけ、クラシカルなオックスフォードシューズを脱いだ。つややかな黒い革靴にはとても優雅な飾りステッチが入っている。
 佐江が、靴ひもをほどく清春の手元をじっと見ていた。

 清春は靴を脱いでしまうと、裸足のまま歩いて、ドレッサーの上の灰皿を手にとった。そしてゆっくりとベッドの佐江を振り返る。
 佐江はアップにした髪が崩れてあちこちからおくれ毛がでている姿なのに、背中をまっすぐに立て、どうしようもなくきれいに見えた。清春は煙草の煙をゆったりと吐き出し、

「きみと真乃(まの)のことは、わかっている」

 煙草をもみけしながら、清春は言った。

「もう寝ろよ。明日の朝は、おれは勝手に起きて出ていくから、きみは寝たままでいいよ」

 そういうと清春はリビングのソファに行き、予備のブランケットを引きかぶって横になった。
 ベッドルームから佐江の怒っている声が聞こえる。

「キヨさん、あたしがソファに行きますから、あなたはこちらで」
「バカ言うなよ、きみがいないのに、おれが一人でベッドに寝てどうするんだ」
「じゃあ一緒に寝みますか。このベッド、ダブルだからたぶん大丈夫です」

 あのな、と清春はもう笑いたくて仕方がない。ここまで色恋ににぶい女だと、余計に笑いがこみあげてくる。

「きみが大丈夫でも、おれは大丈夫じゃないよ――男が紳士ぶっているあいだに、おとなしく寝ろよ。朝まで、めちゃくちゃに”されたい”のなら、話は別だがな」

 ぐっと、佐江が言葉に詰まったのが清春にも伝わった。清春はなおも笑い続けた。
 やがてベッドルームが静かになり、佐江が眠りに落ちた気配が伝わってくる。清春はほっとして天井を見上げた。 
 なんとか、今夜はやり過ごせそうだ。


 佐江のことはあきらめろ、と清春は自分に言いきかせる。
 彼女の美貌と芯の強さに清春はたまらなく惹かれるが、彼女は真乃の大事な親友だ。安易に手を出すと真乃の逆鱗に触れる。清春は異母妹との間に、あからさまな面倒ごとを引き起こしたくない。

 清春はため息をつき、ソファから起き上がった。
 もともと今日は一睡もできないと思っている。清春には妙に神経質なところがあり、他人が同じ部屋にいると、眠れないからだ。

 シャツの胸ポケットから煙草を出し、一本くわえてから、灰皿がベッドルームのドレッサーにある事を思い出した。
 しかたなくベッドルームに入る。ドレッサーの上から灰皿を取り、ふとベッドを見る。佐江は、長身を折りたたむようにして、ダブルサイズのベッドの端に小さくなって眠っていた。

 もっと、真ん中で寝ればいいのに。
 清春はおかしくなって、まだ吸っていない煙草を灰皿に置き、ベッドにかがみこんだ。すでに半分ベッドから落ちかけている、佐江の身体を抱き上げる。

 “白楽天(はくらくてん)”の前で感じたように、佐江の身体は抱き上げてもあまり重さを感じない。清春は、ベッド中央に佐江を降ろしてやった。
 そのまま、ぐっすりと眠る佐江の顔をのぞきこむ。
 泣いていないかを確かめるために。


 ――今夜はかわいそうなことをした、と清春は考える。
 つい勢いがつきすぎて、清春自身も止まれなくなってしまった。ただ、責任は清春だけにあるわけではない、とも思う。

 佐江の身体は清春の期待を裏切らない可憐さで、あおりたてた。真乃の名を呼びながら、身も世もなく意識を飛ばしてしまった佐江は、小さなひな鳥のような愛らしさだった。
 あのかわいらしさを、清春はもう一度だきしめたい。

 今夜を限りにもう二度と岡本佐江と会わないのなら、もう少し一緒にいてもいいだろう。
 どうせ佐江はぐっすりと眠りこんでいて、清春が夜じゅうどこで何をしていようと、気にしない。

 清春はブランケットをめくり、横向きに眠っている女の背後にもぐりこんだ。佐江をゆるく抱きしめて長い髪に顔をうずめる。
 髪からは、かすかに雨の匂いがした。

 腕のなかで佐江が寝返りをうった。清春の方を向いた佐江は、とんと男の胸に頭をつけ、高い頬骨を見せたまま、また寝息を立てはじめた。

 あんな事の後でよく眠れるな、と清春は感心する。佐江の頬骨をそっとなでた。そのとき、眠ったままの佐江が寝言のようにつぶやいた。

「きよさん」

 ――きよさん。

 清春は、身じろぎもしないで腕の中の佐江を見つめた。佐江はすやすやと眠りこんだままもう何も言わず、目も覚まさない。
 何もかもを預けきったような佐江の寝顔を見るうちに、清春の身体のどこかに、小さな穴が開いた。

 佐江は真乃ではなく、清春の名を呼んだ。
 そのことに気が付くと、清春にあいた小さな穴はどんどん広がり、そこから全身を押しひしぐようなあやういまでに鮮やかな色彩が流れ込んできた。

 清春を圧倒する、目のくらむような多幸感。
 清春は、眠っている女をただそっと抱きしめた。眠っている佐江はひたすら温かくて、清春のこわばりをたやすくほどいていく。

 佐江の首筋からは、彼女が使っている甘い香水の匂いがした。
 甘い甘い花の香り。
 ——清春の妹と同じ、ディオリッシモの香りだ。

 ぎりっと、眠りながら井上清春は歯ぎしりをした。


 奥歯をかみ割りそうなほど、異母妹が、憎い。
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