生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第六章 兄と妹

47 もふもふの恋

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 「で、それのどこが問題なの? アラマサが漂の君を恋したことの」
素っ頓狂な問いが発せられた。迦具夜姫だ。カワ姫も、首を傾げている。
「うむ。いったい、どこが、苦しみなのかのう。生霊となって、糺の森を漂うほどの」

「だって、妹に恋しちゃってるわけですよ?」
沙醐の方が慌てた。
「漂の君のお父様は、暁史。暁雅殿の父親でもあります」


 その件に関しては、漂の君には、まだ伝えていない。

 漂の君にとって、暁雅は、全くの他人だ。乱暴者の評判は知っているかもしれないが、実際には、彼女は、暁雅の、顔も知らないだろう。長い年月、見守っていたと言われても、気持ちが悪いだけだ。

 そのような残念な情報を、心の弱っている漂の君に伝える役は、蛍邸の誰もが嫌がった。
 だが、その一方で、暁雅は、命がけで、漂の君を護ろうとしたわけで……。

 ……「知ったことか。伝えたければ、当事者が、自分で伝えればよい」
 カワ姫の、ツルの一声に、全員が賛成した。


 「だから、それのどこが苦しみかと、聞いておる。恋だか愛だか、そういう個人的な問題は、自分で解決してほしい」

 思わず沙醐は、カワ姫のげじげじ眉を見つめてしまった。カワ姫は、まじめくさった顔をしている。冗談を言っているようには、到底、見えない。

「実の兄と妹なんですよ?」

「同母ではないし。……たとえ、同母であったとしても、関係ないわよ!」
迦具夜姫が叫んで、胸の前で手を組んだ。
「たとえ相手が、カエルでもオロチでも、もふもふでも! 応援するわ。頑張ってね、アラマサ!」

 今や、もふもふは、アラマサの方だ。

「……姫様方。懐が深いというか……」

 それだけ守備範囲が広いのに、なぜ、二人とも、恋人がいないのか。
 という問いは、危ういところで、胸にとどめた。


「なんだ。ちゃんと執着、あるじゃない」
「それならなんで、人の姿にもどらないのかの」

 カワと迦具夜が、ぼそぼそと話している。


「戻りたくないからだ」
太い声が聞こえた。

「あっ!」
思わず沙醐は叫んだ。

 今まで獣だったそれは、不思議な姿をしていた。毛むくじゃらの、人のようで、人ではない……。

「俺は、人の上に立つことをよしとしない。あんな風に、漂を見捨てようとしたやつらの上なら、なおさらだ」

 ……漂を見捨てた。
 溝に落ち、ずぶぬれになった彼女を、門の中に入れなかった都の人たちのことだ。


「アラマサ……」
呆然と、迦具夜がその名を口にする。脇から、カワが引きとって続けた。
「叔父の影道は、そちから、不当に地位を奪ったのだぞ。成敗するのが正義ではないか?」


「めんどくさい」
けむくじゃらのアラマサは言ってのけた。
「俺は、好きなように生きる」

「そんな、自分勝手な……」

「この邸は、あやかしでいっぱいだ。居心地がいい。ここにおいてもらうぞ」

「いやいやいや。何言ってくれちゃってるの?」
迦具夜が柳眉を逆立てた。


「漂には、何も言うなよ……」

 幻のような声が揺らいだ。
 アラマサの姿は、あっという間に、元の獣の姿に戻っていた。


「なんて無責任なやつじゃ。自業自得とはいえ、暁家を没落させた父の暁史が、いっそのこと、気の毒に思えるわ」
カワが憤慨して叫んだ。珍しく、迦具夜も同調する。
「さぞや、息子に期待していたんでしょうにね」


 「まあ、いいではございませぬか」
穏やかに口を出したのは、百合根だった。

「姫様方だって、お好きなように生きていらっしゃるのですから」

「あら、姫様方って、私も?」
「もちろんですとも、迦具夜姫」

 百合根に言われると、さすがの迦具夜も、反論できないようだった。ぷうーっと膨れて、けれど、何も言わない。

「さあ、いらっしゃい、暁雅殿。当家の庭は、広うございますよ。思いっきり、駆けまわることができます」

 諭すように優しく言って、百合根は、その頭を撫でた。
 一睡の時とは違って、彼は、されるがままになっている。

「百合根っ!」
一睡が金切り声を上げた。
「そやつは、アラマサだ!」

「はい」
「そやつには、乳があるぞっ!」

「えっ!」

 さっと、百合根の顔が、蒼白になった。ふるふると震えながら、アラマサから、後ずさっていく。
 百合根は、覚えていないと言っているが、満月の夜の、宴会での出来事を、うっすらとは、覚えているのかもしれない。

 あの時、彼女は、危ういところで、アラマサの胸に触ろうとしたわけで……。


「い、い、い、一睡様。甘くしたらく(乳製品)がございます。いかがですか?」
上ずった声で、一睡に問いかける。

「酪! いいね! 頂戴!」
してやったりとばかり、一睡が、にやりと笑った。
「でも、マロは、もう少し、ここにいた……、」

「さささ、あちらへ。百合根の部屋へ参りましょう」
 言いかけたままの一睡を、引きずるようにして、百合根は立ち去って行った。





「うーむ、百合根はダメね」
「すでに、一睡を押し付けてあるしな」

迦具夜と迦具夜が額を寄せて密談している。

「でも、アラマサは、蛍邸に居座る気でいるわよ」
「ここにいたい、というものを、追い出すのもなあ」
「じゃ、これは、カワのペットということで」
「違う! おぬしのじゃ、迦具夜」
「カワにあげる」
「いらん! 妾には、虫がおる!」
「この際だから、虫は止めて、あれにしたら? 気持ち悪い虫より、毛むくじゃらの方が、まだマシよ」
「何? 虫のどこが気持ち悪いのじゃ。あんなにかわいくて、その上、役に立つというのに!」

 二人の足元で、毛の塊が、低く唸った。
 カワと迦具夜は、顔を見合わせた。

「あのね。は、カワじゃないと、手に負えないと思うの」
「いいや、そんなことはない。さっきみたいに、時々、男になるじゃろう。人間の。だから、そちの方が、向いておる」
「いらない」
「妾もじゃ!」

 二人の目が、同時に、沙醐に向けられた。

「そういうわけじゃ」
「だからお願いね、沙醐」

「へ?」

「あれの世話を頼む」
「暴走して、都の人に、迷惑をかけないように、しっかり見張っててね」

「ええええーーーーーーっ!」
 荒れ果てた蛍邸に、沙醐の声が轟いた。






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