48 / 50
第六章 兄と妹
47 もふもふの恋
しおりを挟む「で、それのどこが問題なの? アラマサが漂の君を恋したことの」
素っ頓狂な問いが発せられた。迦具夜姫だ。カワ姫も、首を傾げている。
「うむ。いったい、どこが、苦しみなのかのう。生霊となって、糺の森を漂うほどの」
「だって、妹に恋しちゃってるわけですよ?」
沙醐の方が慌てた。
「漂の君のお父様は、暁史。暁雅殿の父親でもあります」
その件に関しては、漂の君には、まだ伝えていない。
漂の君にとって、暁雅は、全くの他人だ。乱暴者の評判は知っているかもしれないが、実際には、彼女は、暁雅の、顔も知らないだろう。長い年月、見守っていたと言われても、気持ちが悪いだけだ。
そのような残念な情報を、心の弱っている漂の君に伝える役は、蛍邸の誰もが嫌がった。
だが、その一方で、暁雅は、命がけで、漂の君を護ろうとしたわけで……。
……「知ったことか。伝えたければ、当事者が、自分で伝えればよい」
カワ姫の、ツルの一声に、全員が賛成した。
「だから、それのどこが苦しみかと、聞いておる。恋だか愛だか、そういう個人的な問題は、自分で解決してほしい」
思わず沙醐は、カワ姫のげじげじ眉を見つめてしまった。カワ姫は、まじめくさった顔をしている。冗談を言っているようには、到底、見えない。
「実の兄と妹なんですよ?」
「同母ではないし。……たとえ、同母であったとしても、関係ないわよ!」
迦具夜姫が叫んで、胸の前で手を組んだ。
「たとえ相手が、カエルでもオロチでも、もふもふでも! 応援するわ。頑張ってね、アラマサ!」
今や、もふもふは、アラマサの方だ。
「……姫様方。懐が深いというか……」
それだけ守備範囲が広いのに、なぜ、二人とも、恋人がいないのか。
という問いは、危ういところで、胸にとどめた。
「なんだ。ちゃんと執着、あるじゃない」
「それならなんで、人の姿にもどらないのかの」
カワと迦具夜が、ぼそぼそと話している。
「戻りたくないからだ」
太い声が聞こえた。
「あっ!」
思わず沙醐は叫んだ。
今まで獣だったそれは、不思議な姿をしていた。毛むくじゃらの、人のようで、人ではない……。
「俺は、人の上に立つことをよしとしない。あんな風に、漂を見捨てようとしたやつらの上なら、なおさらだ」
……漂を見捨てた。
溝に落ち、ずぶぬれになった彼女を、門の中に入れなかった都の人たちのことだ。
「アラマサ……」
呆然と、迦具夜がその名を口にする。脇から、カワが引きとって続けた。
「叔父の影道は、そちから、不当に地位を奪ったのだぞ。成敗するのが正義ではないか?」
「めんどくさい」
けむくじゃらのアラマサは言ってのけた。
「俺は、好きなように生きる」
「そんな、自分勝手な……」
「この邸は、あやかしでいっぱいだ。居心地がいい。ここにおいてもらうぞ」
「いやいやいや。何言ってくれちゃってるの?」
迦具夜が柳眉を逆立てた。
「漂には、何も言うなよ……」
幻のような声が揺らいだ。
アラマサの姿は、あっという間に、元の獣の姿に戻っていた。
「なんて無責任なやつじゃ。自業自得とはいえ、暁家を没落させた父の暁史が、いっそのこと、気の毒に思えるわ」
カワが憤慨して叫んだ。珍しく、迦具夜も同調する。
「さぞや、息子に期待していたんでしょうにね」
「まあ、いいではございませぬか」
穏やかに口を出したのは、百合根だった。
「姫様方だって、お好きなように生きていらっしゃるのですから」
「あら、姫様方って、私も?」
「もちろんですとも、迦具夜姫」
百合根に言われると、さすがの迦具夜も、反論できないようだった。ぷうーっと膨れて、けれど、何も言わない。
「さあ、いらっしゃい、暁雅殿。当家の庭は、広うございますよ。思いっきり、駆けまわることができます」
諭すように優しく言って、百合根は、その頭を撫でた。
一睡の時とは違って、彼は、されるがままになっている。
「百合根っ!」
一睡が金切り声を上げた。
「そやつは、アラマサだ!」
「はい」
「そやつには、乳があるぞっ!」
「えっ!」
さっと、百合根の顔が、蒼白になった。ふるふると震えながら、アラマサから、後ずさっていく。
百合根は、覚えていないと言っているが、満月の夜の、宴会での出来事を、うっすらとは、覚えているのかもしれない。
あの時、彼女は、危ういところで、アラマサの胸に触ろうとしたわけで……。
「い、い、い、一睡様。甘くした酪(乳製品)がございます。いかがですか?」
上ずった声で、一睡に問いかける。
「酪! いいね! 頂戴!」
してやったりとばかり、一睡が、にやりと笑った。
「でも、マロは、もう少し、ここにいた……、」
「さささ、あちらへ。百合根の部屋へ参りましょう」
言いかけたままの一睡を、引きずるようにして、百合根は立ち去って行った。
「うーむ、百合根はダメね」
「すでに、一睡を押し付けてあるしな」
迦具夜と迦具夜が額を寄せて密談している。
「でも、アラマサは、蛍邸に居座る気でいるわよ」
「ここにいたい、というものを、追い出すのもなあ」
「じゃ、これこれは、カワのペットということで」
「違う! おぬしのじゃ、迦具夜」
「カワにあげる」
「いらん! 妾には、虫がおる!」
「この際だから、虫は止めて、あれにしたら? 気持ち悪い虫より、毛むくじゃらの方が、まだマシよ」
「何? 虫のどこが気持ち悪いのじゃ。あんなにかわいくて、その上、役に立つというのに!」
二人の足元で、毛の塊が、低く唸った。
カワと迦具夜は、顔を見合わせた。
「あのね。これは、カワじゃないと、手に負えないと思うの」
「いいや、そんなことはない。さっきみたいに、時々、男になるじゃろう。人間の。だから、そちの方が、向いておる」
「いらない」
「妾もじゃ!」
二人の目が、同時に、沙醐に向けられた。
「そういうわけじゃ」
「だからお願いね、沙醐」
「へ?」
「あれの世話を頼む」
「暴走して、都の人に、迷惑をかけないように、しっかり見張っててね」
「ええええーーーーーーっ!」
荒れ果てた蛍邸に、沙醐の声が轟いた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
怪異遭遇歴
なたね
ミステリー
怪異の解説を詰め込んだ本。
出版元:怪異解決屋
出版日:20XX年X月X日
この作品は後々出てくる怪異によって、前に出てきた怪異の情報に変更や追加されるものもあるのでたまに読み返してみるといいかも。
怪異解決屋は元にしたネタがあります。
よろしくお願いします。
嫌われ者の悪役令息に転生したのに、なぜか周りが放っておいてくれない
AteRa
ファンタジー
エロゲの太ったかませ役に転生した。
かませ役――クラウスには処刑される未来が待っている。
俺は死にたくないので、痩せて死亡フラグを回避する。
*書籍化に際してタイトルを変更いたしました!
16世紀のオデュッセイア
尾方佐羽
歴史・時代
【第12章を週1回程度更新します】世界の海が人と船で結ばれていく16世紀の遥かな旅の物語です。
12章では16世紀後半のヨーロッパが舞台になります。
※このお話は史実を参考にしたフィクションです。
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
【書籍化決定】神様お願い!〜神様のトバッチリを受けた定年おっさんは異世界に転生して心穏やかにスローライフを送りたい〜
きのこのこ
ファンタジー
突然白い発光体の強い光を浴びせられ異世界転移?した俺事、石原那由多(55)は安住の地を求めて異世界を冒険する…?
え?謎の子供の体?謎の都市?魔法?剣?魔獣??何それ美味しいの??
俺は心穏やかに過ごしたいだけなんだ!
____________________________________________
突然謎の白い発光体の強い光を浴びせられ強制的に魂だけで異世界転移した石原那由多(55)は、よちよち捨て子幼児の身体に入っちゃった!
那由多は左眼に居座っている神様のカケラのツクヨミを頼りに異世界で生きていく。
しかし左眼の相棒、ツクヨミの暴走を阻止できず、チート?な棲家を得て、チート?能力を次々開花させ異世界をイージーモードで過ごす那由多。「こいつ《ツクヨミ》は勝手に俺の記憶を見るプライバシークラッシャーな奴なんだ!」
そんな異世界は優しさで満ち溢れていた(え?本当に?)
呪われてもっふもふになっちゃったママン(産みの親)と御親戚一行様(やっとこ呪いがどうにか出来そう?!)に、異世界のめくるめくグルメ(やっと片鱗が見えて作者も安心)でも突然真夜中に食べたくなっちゃう日本食も完全完備(どこに?!)!異世界日本発福利厚生は完璧(ばっちり)です!(うまい話ほど裏がある!)
謎のアイテム御朱印帳を胸に(え?)今日も平穏?無事に那由多は異世界で日々を暮らします。
※一つの目的にどんどん事を突っ込むのでスローな展開が大丈夫な方向けです。
※他サイト先行にて配信してますが、他サイトと気が付かない程度に微妙に変えてます。
※昭和〜平成の頭ら辺のアレコレ入ってます。わかる方だけアハ体験⭐︎
⭐︎第16回ファンタジー小説大賞にて奨励賞受賞を頂きました!読んで投票して下さった読者様、並びに選考してくださったスタッフ様に御礼申し上げますm(_ _)m今後とも宜しくお願い致します。
Millennium226 【軍神マルスの娘と呼ばれた女 6】 ― 皇帝のいない如月 ―
kei
歴史・時代
周囲の外敵をことごとく鎮定し、向かうところ敵なし! 盤石に見えた帝国の政(まつりごと)。
しかし、その政体を覆す計画が密かに進行していた。
帝国の生きた守り神「軍神マルスの娘」に厳命が下る。
帝都を襲うクーデター計画を粉砕せよ!
私、メリーさん。今、あなたと色んな物を食べているの
桜乱捕り
キャラ文芸
「私、メリーさん。今日、不思議な人間に出会ったの」
都市伝説であるメリーさんが出会ったのは、背後に立っても慄かず、一杯の味噌汁を差し出してきた人間。
その味噌汁を飲んだメリーさんは、初めて食べた料理に衝撃を受け、もっと色んな料理を食べてみたいと願い始めた。
片や、毎日を生き延びるべく、試行錯誤を繰り返す楽天家な人間。
片や、ただ料理を食べたいが為だけに、殺す事が出来ない人間の家に毎日現れる都市伝説。
互いに嚙み合わないずれた思考が平行線のまま続くも、一つの思いだけが重なっていく日常。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる