生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第二章 虫愛ずる姫

14 今日の収獲

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「なんじゃ」
姫は立ち上がって、きざはしのてっぺんの、ひさしの間まで出て行った。

 「あ、こら!」
階段の一番下の段の所に、薄汚れた子どもたちの一群を見て、沙醐は叫んだ。
「ダメじゃないの、こんな所まで入り込んだら」

 子どもたちは、揃って不満そうな顔をした。

 この子たちは、近在の子どもらだが、いくら言っても、貴族の姫らの居所であるこの寝殿に、平気で出入りする。
 カワ姫が、虫取りをさせるからだ。


 「いいんじゃ、いいんじゃ。で、メメ、今日の収穫は?」
 カワ姫は、リーダー格の少年に尋ねた。

 メメという名は、ミミズから来ている。ミミズ、メメズ、メメ、という風に進化したらしい。カワ姫がつけたあだ名である。メメだけではなく、ここにいる少年たち全てが、虫にちなんだあだ名を持っていた。

 カワ姫は、階を、どすどす降りて行った。
「はよ見せてたも」

「これ」
差し出された扇の上に、メメが、籠の中身を空ける。

 「げっ」
沙醐は引いた。今度は、青虫である。ただし、大人の親指二本分ほどの太さがある。

 「ふうむ、大きいことは大きいがのう。普通の青虫ではないか」
あろうことか、人差し指の爪の先で、青虫をちょんちょんと突付きながら、カワ姫が断じた。

 「ちぇ、だから姫さまは、ダメなんだ。ひっくり返してごらんよ」
イナゴマロと名付けられた比較的年嵩の少年が口を尖らす。

「こら! 姫に向かって何ですか、その物言いは!」
 沙醐は気色ばんだが、カワ姫は、頓着しない。懐から、箸を取り出した。

 ……なぜ、懐に、箸が?

 沙醐の疑問に気づきもせず、姫は、箸で、青虫をつまんだ。手首を捻って、ひょい、とひっくり返す。
「素手で掴んだら、虫が弱るからの」
すましてつぶやく。

 「腹のところ。足があるとして、その付け根辺りを、見てご覧よ」
 子どもらを代表して、メメが言った。

 青虫に足はない。無いものの辺りを見よとは、変な指示である。
 しかし、子どもらと姫との間には相通ずるものがあるらしく、いささか近眼気味の姫は、巨大青虫の上に、覆いかぶさるように顔を近づけた。

 「姫さま、カブレる……」

 いくら、なりを構わないと言ったって、妙齢の姫君である。顔がかぶれたら、目も当てられないではないか。
 沙醐は気が気ではない。

「大丈夫だよ、この虫は」
メメが、訳知り顔で言った。この少年は、沙醐が茶毒蛾でかぶれたことを知っている。沙醐は、メメを睨みつけた。

 「おお!」
カワ姫が、奇声を張り上げた。
「銀じゃ。銀色に輝いておる!」

「え?」
姫があまりに夢中になるので、思わず、沙醐も覗き込んだ。

「ほれ、ここじゃ、ここを見よ。一列に、ほら」
「あ、ほんとだ!」

青虫の、横腹辺り、確かに、ムカデなどでは足が生えていそうな所に、点々と、銀色の点が規則正しく飛んでいる。黄緑の腹に、いやにメタリックな色合いの点である。

「なんだか、天然の色ではございませぬようですね」
思わず、沙醐は感想を述べた。

「そち、良いことを言う」
虫の腹から目を離さず、カワ姫が言った。
「なんじゃ、この点々は。まるで自然界のものではないような……」
後は口の中で何やらつぶやいている。


 「ほら、凄いだろ!」
得意げにメメが割り込んだ。
「おらが見つけたんだ!」

「最初はおらだ!」
「山椒の葉の裏にいるって、おらが言った!」
子どもらが口々にどよめく。

「うるさい!」
メメが一喝した。

 「ふうむ」
カワ姫がうなる。
「凄いぞ。収穫じゃ!」

「で、……」
子ども達全員に、期待の色が走った。

「うむ」
姫は頷くと、奥に消え、すぐに小さな包みを持って現れた。
「これでよかったのかな? 白檀じゃ」

無造作に、メメに与えようとする。

「姫さま、そのように高価なものを……」

思わず口を挟んだ沙醐を、カワ姫は制した。
「いいんじゃ、いいんじゃ。メメ、よくやった」
「うん!」

 メメは素早く包みを、薄汚れた着物の懐に押し込んだ。
 子どもらは、騒がなかった。分配については後で、ということで話がついていると思われる。

 カワ姫は、青虫に目をやったまま、階段を上ろうとする。あまりにあぶなっかしいので、沙醐が手を貸した。

 「姫さま、一緒に虫取りに行く約束は?」
背後から、メメが呼びかけた。

「ああ、うん」
姫は、手元の青虫に夢中である。

「これから行くんでしょ?」
「今日は、行かん」
「え?」

もう、青虫以外、眼中にない。自分の足元さえ見ていない。
「今日は、この虫を見て過ごす」

「珍しい虫がたくさんいる、ヒミツのハナゾノへ連れて行ってやるって、約束したじゃないか」
「そうだった。でも……」
「この虫も、そこで捕まえたんだ」

「え! それは……。しかし……。そうじゃ、沙醐が行く!」
「は?」

 姫の裳裾を払っていた沙醐は、いきなりふられて、思わずよろめいた。
 悪い予感がする。

「妾の代わりに、虫取りには沙醐が行く。妾は一日、この青虫を観察していないといけないからな。沙醐、頼んだぞ」
「はあ」

「さ、ほら、妾のことはもういい。珍しい虫をたくさん捕まえてきておくれ。期待しておるぞ」


 ……童の頃ならいざ知らず、この年齢になって、虫取り。
 沙醐は目の前が暗くなる思いだった。






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