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令嬢たちのお茶会
しおりを挟むそれから一体、何通のラブレターを書かされたことだろう。
ほとんどが、女性の宛名なのが不思議だった。女性が女性に恋文?
そして例外なく、最後に、「シグモント」とサインせよ、と迫って来る。
シグモント。俺の名だよね? いや、うぬぼれたらいけない。依頼人の令嬢の兄か弟、あるいは若い叔父の名に違いない。彼らは身内の令嬢たちに、自分の恋文の代筆を頼んだのに違いない。それを、彼女たちは俺に丸投げしたというわけだ。
それにしても、シグモントという名が流行りなのだろうか。ある年代の貴族たちが生まれた子息に、一斉にこの名をつけたとか?
「わたくしには二通お願いしますわ。姉に頼まれましたの。姉には小さい子どもがおりまして、今日は来られないから。シグモント様にお会いできなくて、大層、残念がっていました」
レモン色のドレスの令嬢が言って、微笑んだ。
「一般的に、宛名はお相手の名を書くんですよ? 貴女やお姉さまの名ではなく。貴女やお姉さまの名前は、手紙の末尾にサインなさるべきです」
手紙の基本を、教えてあげた。それなのに、令嬢は首を横に振った。
「宛名は私の名、そして送り人はシグモントでお願いします。あ、姉の分も忘れないで下さいね」
周りには令嬢たちがぎっしり、室外であっても、香水の香りでむせ返るようだ。彼女たちの熱気で、軽く汗ばんでくる。頭がぼうっとしてきた。俺は、考えることを放棄した。言われた通りに、次々と恋文を書いていく。
「シグモント様!」
名を呼ばれた。机の脇に、栗色の髪のご婦人が立っていた。俺の長屋へ来てくれたあの貴婦人だとわかった。今日はベールはつけていない。初めて見る彼女は、目鼻立ちのくっきりとした、異国風の顔立ちをしていた。思っていたより、さらに若い。
「さあさあ、皆さん。シグモント様にもお休みを差し上げて下さいな」
群がっていた令嬢たちが、深々と頭を下げた。蜘蛛の子を散らすように、立ち去っていく。
「到着のお名前は聞こえたのに、お姿が見えないと思ったら、さっそく彼女たちに捕まってしまったようですね。よくいらっしゃいました。イメルダです」
イメルダ? 聞いたことのあるような名だ。
思い出そうとした時、彼女の輪郭がダブって見えた。ははん、と思った。
「ご懐妊ですね?」
「ええ」
イメルダは嬉しそうに笑った。
「シグモント様のお手紙の効果です。主人が訪れてくれましたの」
どこへ、は、言わずもがなだ。
「効率の良い媾合でしたわ。おかげさまで、子を授かりました。結果に満足しております」
「えと……おめでとうございます?」
疑問符がついてしまった。だって、効率のいいまぐわい、って。ま、うっかりできちゃったよりいいけど。
夫さんの「愛人」はどうなったのだろうか。気になったが、聞くべきではないのかもしれない。夫婦の間は、夫婦にしかわからない。彼女が満足なら、それでいいと思った。
口の端を扇で隠し、イメルダが顔を寄せてきた。
「それで、貴方から手紙を貰うと、願い事が叶うという噂が広がったのですわ」
「僕は貴女に手紙なんか書いていませんが」
どういう伝言ゲームだ? 俺が書いたのは、彼女の御主人へのお誘いだ。寝室へ来てくれるように、という。
いろいろ身も蓋もない気がしてきた。
「噂ですもの。無責任なものですわ」
扇の陰で、嫣然とイメルダは笑った。ひどく不穏な雰囲気だ。
……まさか、悪霊に憑依されているのでは?
失礼を顧みず霊視しようとした、その時。
「なんだ、これはぁ!?」
素っ頓狂な声が、空中庭園に轟いた。
芝を踏みしめ、どすどすと足音が近づいてくる。ここは建物の屋上だ。あんなに踏みしめたら、最上階の天井が抜けるのでは?
「怪しからん。実に怪しからん。俺のシグが……、」
燦燦と降り注いでいた陽の光が遮られた。
誰かが俺の前に立ちはだかった。
冷たく、恐ろしい気配が吹き下りて来る。
「俺のシグが、俺以外の人間に恋文を書くなんて!」
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