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3 英雄トーナメント

12.漁夫の利

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 体重をかけてホライヨンの振り下ろした拳を、ルーワンが横跳びに飛んで避ける。

「おのれ、躱したな!」
 すかさず飛び上がり、二度三度、ホライヨンはルーワンめがけて打ち込む。
「俺のことをアホウドリと言いやがって。違うぞ。俺は、鷲の王だ!」
「ふうん」
「お前が言ったんじゃないか!」
「そうだっけ?」」

 再び振り下ろされた拳を避けながら、ルーワンがにやりと笑う。
 ホライヨンの顔が歪んだ。

「くそっ、すばしこい奴め。あのな。俺は嬉しかったんだぞ。鷲の王って言われて」
「へえ?」
「だって、家来がいるなんて、どんなに誇らしいか!」
「知恵の足りない鳥どもなのに、家来がいるのがそんなに嬉しいか」

 ホライヨンの一撃を横に飛んで避け、ルーワンが嘲る。

「うるさい、黙れ。馬鹿なやつほど可愛いんだ」
「同族だからか。呆れた奴だ」

ルーワンは背負った鞘から剣を抜いた。

「そろそろ、こっちからもお返しする」
「あ?」

ルーワンが真剣を突き出し、ホライヨンは後方にのけぞって、切っ先を逃れた。
「俺、剣を持ってないんだよな」

「ホライヨン!」
 叫んでタビサが煌めく何かを投げた。
 剣だ。

「え? 母上。まともにこいつと殺し合えと?」
「そうよ! 売られた喧嘩は買わなくちゃ」
「年下の文官ですよ?」
「従弟であっても息子であってもよ!」

 ホライヨンには意味が分からなかったが、タビサの叱咤激励を受け、しぶしぶ剣を構える。
 ルーワンが横に剣を構えた。
 ホライヨンが切り込み、双方の剣が火花を散らした。


 「ルーワンに死なれたら困るでしょ」
少し離れたところで観戦中のサハルの耳元で、誰かが囁いた。

「あいつは死なないさ。なにせ、緑色の肌をしているからな」
「でも、ホライヨンは強大です。英雄トーナメントの優勝者だ」
「大丈夫。ルーワンを仕込んだのは俺だ」
「なるほど。彼は、貴重ですからね。なにしろ、

 ぎょっとしたようにサハルは隣を見た。
 そこにいたのは、いつもの従者ではなかった。

「ジョルジュ……」
「お迎えに上がりました、サハル殿下。いえ、陛下」


 「ちょ、ちょっと待て!」
天空に舞い上がったホライヨンがだらりと剣を垂らした。
「待つか。下りて来い、卑怯者が!」
地上でルーワンが鼻を膨らませた。

「もし、僕が空を飛べないのをペナルティーだと考えていやがるなら……」
「叔父様!」

 ルーワンを無視して、ホライヨンが金切り声を上げる。
「賊だ! こらっ! 叔父様をどこへ連れて行く!」

 ぎょっとしてルーワンも振り返った。
 すらりとした金髪の男が、馬車の扉を閉めたところだった。一条の赤い髪が閃いて、すぐに馬車の中に吸い込まれた。

「叔父様!」
「義父殿!」

 空中のホライヨンと、地上のルーワンが同時に叫ぶ。
 馬車は、勢いよく走り始めた。

「ダメだ! 叔父様は僕の物だ!」
「義父殿をどこへ連れて行く!」

 空と地上から、ホライヨンとルーワンが、凄まじい勢いで逃げる馬車を追い始めた。
 御者台から金髪の男が身を乗り出した。

「悪いね。彼には先約があるんだ」
軽薄な青い目が笑っている。

「あっ、お前は!」
 鷲の目を持つホライヨンには、それが誰かはっきりとわかった。
「あの時のインゲレ人!」
 無銭飲食をしたロンダを捕まえた時に会った男だ。
「くそっ、お前のお陰で、危うく英雄トーナメントで負けそうになったんだぞ!」

「インゲレ人?」
 地上のルーワンが、驚いたように繰り返す。
「前に会った! 英雄トーナメントの直前に! 無銭飲食をしたインゲレ人をこらしめた時!」
「なんでその時に捕まえておかなかったんだよ?」
我を忘れ、ルーワンが喚き散らす。
「叔父様をさらうなんて、知らなかったんだよ。くそう! インゲレ人なんて、やっぱり大嫌いだーーーーっ!」

 ホライヨンの絶叫を聞いて、馬車の男がにやりと笑った。

「嫌いで結構。ところで、もっと前に、君らは僕に会ったことがある。当時から、君ら二人は、いけ好かないガキだったけどね!」

 「ちょっと! インゲレ王が何の用なの? 隣国の内政に干渉するとは何事?」
 ひときわ高い場所からタビサが問い詰める。
「これはこれは、タビサ殿下。お久しぶりです」
「久しぶりもクソもあったもんじゃないわ! そもそもあんたの姉が、サハルとの婚約を破棄するから、こんなことになったんでしょ!」

 エルドラードとインゲレ、双方の王は、自分たちの王子と王女を婚約させた。けれどこの婚姻は、インゲレ王女ヴィットーリアから、一方的に破棄されてしまった。もともと仲の悪かった両国の講和は、白紙に戻ってしまった。

 婚約を破棄された悪役令息サハルは祖国へ帰った。彼は、元婚約者の懐妊を知らされ、そして、彼女の裏切りを知った。彼女と、自分の兄との。
 激怒した彼は、兄である王を殺し、そして……。

 「おかげさまで姉は幸せに暮らしています。男爵令嬢のポメリアとね」
 苦々し気に、ヴィットーリアの弟ジョルジュは吐き捨てた。
「彼女らの選択のお陰で、私は災難ですよ。とにかく、サハル陛下は頂いていきます。もともと彼は、今は亡き父陛下から、我が国が頂いた方ですからね!」

 言い終わるなり、馬に鞭をくれた。
 二頭立ての馬車には、インゲレ王家の魔法がかけられていたようだ。驚くほどのスピードだ。
 馬車が突進し、内庭の囲いが破られた。
 王宮の外は砂漠だ。熱い砂の上を、馬車は軽快に走り去っていく。

「うわあっ! 叔父様ぁっ!」
「義父殿を返せっ!」

「叔父様ぁーーーっ!」
「義父殿ぉーーーーーっ!」

「うるさい! 耳が潰れる! 音量を落としなさいーーーーっ!」

 大いなる砂漠に、ホライヨンとルーワンの絶叫、そして、自分の耳を塞いで叱りつけるタビサの怒声が響き渡った。
 ……。


 夕日が、少し離れた無人の荒野を照らし出した。
 小さく空気をつんざいて、はるか上空から、何かが落ちて来た。柔らかい音を立てて、枯れ葉が受け止める。

 ダレイオの頭だ。さきほどルーワンが投げ、受け取ったホライヨンが投げ捨てた……。

 木枯らしの吹き抜ける地面をころころと転がったそれは、誰かの足にぶつかって止まった。緑色の足だ。
 地面に転がったまま、閉じていた目が、かっと見開かれた。
 太い腕が伸びてきた。横向きに倒れた頭を拾い上げる。
 小脇に抱え、どこかへ歩み去っていく。






ーーーーーーーーーーーーーー

※お読み下さって、ありがとうございます。おつきあい頂けて、本当に嬉しいです。
 3章はここまでです。

 Mojito先生の「Ennead」のローカライズと言いながら、ますます違う方向へ突っ走りつつあります……が、BL味だけは、これからも死守してまいります。

 ストックが尽きてしまいました。
 私は後からかなり手直しするタイプなので、ご迷惑にならぬよう、ある程度まとまりましてから、更新を再開したいと思います。
 どうか気長にお待ちいただけると嬉しいです。




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