上 下
32 / 41
3 英雄トーナメント

3.無銭飲食

しおりを挟む
 首都ルクールは、英雄トーナメントの挑戦者たちで満ち溢れていた。
 砂嵐ハムシーンに乗るようにしてやってきた彼らは、ふてぶてしい顔つきの、いかにも強そうな者ばかりだ。

 「おいおい、この菓子が、3ギネニだって?」
屋台の店先で男が凄んでいる。
「9ギネニでございます。お客様は3個、お召し上がりになりましたから」
おずおずと店主が答えると、男はいきり立った。
「たかが食いもんに10ギネニも払えるものか!」
「9ギネニで結構でございます」
「結構とはなんだ。あと1ギネニで10だろうが!」
「ですが、あの……」

 困り切った店主の胸倉を男が掴んだ。

「俺はインゲレから来たんだ。今回の英雄大会での優勝者は俺だ。その俺様に、菓子の代金を払えだと?」
「ええと、どなた様にも公平にお支払い頂いておりますです」
「うるさい!」

 男の右手が高く上がり、左手で首元を掴まれたままの店主は、思わず目をつぶった。集まったやじ馬たちも首を竦める。中には泣き出しそうな子どもの姿もあった。

「止めとけ」

 勢いをつけるために振れた手を、後ろから誰かが掴んだ。
 弾みで店主の胸倉をつかんでいた左手が外れた。勢いで倒れかけた店主を、やじ馬たちが支える。

「何をしやがる!」

 叫んで男が振り返った。彼の後ろには、褐色の肌の青年が立っていた。
 ホライヨンだ。彼は、英雄トーナメントに参加する為に、首都《ルクール》まで来ていた。

「無銭飲食はいけないよ」
涼しい顔でホライヨンが言う。
「なんだと? 俺は無銭飲食などしてない。10ギネニは高すぎると言っただけだ」
「だが、店主を怯えさせていたろう?」
言いながら、相手の手を後ろに引っ張る。
「そんなことはない」
外れそうな肩の痛みに耐えつつ、男は喚いた。
「そうかな」

 体つきは男の方ががっしりしていたが、身長はホライヨンの方が高い。その彼に、後ろからしっかりホールドされ、男は身動きが取れない。

「なあ、みんな。俺は無銭飲食なんかしてないし、店主を虐めてもいないよな」
 野次馬を見渡し、男は同意を求める。
「してないだろ? もし無銭飲食をしてたなんて嘘をついたら、後でどういう目に遭うか……」

 凄む男のあまりの険悪さに、人々はしぶしぶ頷いた。

「みろ。みんな俺が正しいと言ってる」
ぎろりと男はホライヨンを睨み据えた。
「お前は俺を侮辱した。タダで済むと思うなよ」
「侮辱なんかしてないさ。気の毒な店主を助けただけだ」
「まだそんなことを言う。俺が正しいと多数決で決まっただろうが」
男の主張に、ホライヨンは鼻で笑った。
「決まってないよ。みんなは、君に脅されただけだ」
「そんなことはない!」

 後ろに捻られた手首が、高く持ち上げられる。あまりの苦痛に男は呻いた。

「放せ!」
「店主に謝ってお金を払ったらね」

 さらに手首が上に吊り上げられる。男の両脚が地面から持ち上がった。

「痛てて! 痛いっ!」
「代金は払わなければいけないよ」
「わかった。払う。払うから!」
手首と肩の痛みに耐えかねたようだ。

「よかった。話が通じて」
「はやく手を放せ!」
「おっと、これは失礼」

 ぱっとホライヨンは自分の手を離した。急に自由になった男の体が、前へつんのめる。肩がぎりりと音を立て、締め付けられていた手首は、赤く変色していた。

「骨折はしてないはずだ。君も英雄トーナメントに出るそうだから、手加減してやった」
「くそっ、この馬鹿力が!」
手首をさすりながら、男が吐き捨てる。
「ごめんよ。インゲレ人だと聞いたから、つい力が入っちまった」

 男は目を剥いたが、もう言い返さなかった。無言で懐を探り、取り出した金を、遠くで震えながら見ていた店主の足元に投げつけた。

「俺に恥を掻かせやがって。お前も大会に出るんだな。覚悟しとけよ」
言い捨てて、逃げるように去っていった。

 ホライヨンは、腰が抜けた店主を抱え上げた。屋台の横に出されていた椅子に座らせてから、宿に帰ろうとした。
 やじ馬たちはとっくに立ち去り、人の輪は、すでになくなっている。

 向こうから、男が歩いてくるのが見えた。
「君は、インゲレ人が嫌いなのか?」
すれ違いざま、彼は、耳元で囁いた。

 見たこともない人だった。人というより、人種である。白い肌に金色の髪、青い目。こんな妙ちくりんな人間は、始めて見た。

 「誰だ、あんた」
思わず尋ねた。
「僕? 誰だっていいじゃないか。僕はインゲレ人だ」
「なるほど。インゲレ人っていうのは、不躾なやつが多いんだな」

「おいおいおい」
男は笑い出した。
「さっきのやつの件は謝るよ。あんなのは、インゲレ人の風上にも置けない。同国人として恥ずかしく思う」
「何もあんたが謝ることはない」

 無愛想にホライヨンは応じた。警戒していたのだ。

「ところで、君は何で、インゲレ人が嫌いなんだ?」
「なんでって……」
改めてホライヨンは考えた。
「よく覚えていないが……。子どもの頃、好きな人を盗られそうになった気がする。インゲレ人に」

 相手の目に青みが増した。

「なんだ。君、覚えていたのか」
「何を?」
ホライヨンはきょとんとした。
「好きな人を盗られそうになったんだろ?」
「それが、よくわからないんだ。僕はずっと母と二人暮らしで、身の回りに特別に好きな人なんていなかった。客が来たこともないから、盗るとか盗られるとか、ありえない。唯一可能性があるのは母さんだが……」
ホライヨンは首を横に振った。
「僕の母さんを盗んでいく命知らずがいるとは思えない。返り討ちに逢うだけだ」
「ほう」

 男が相槌を打ち、ホライヨンは言い過ぎたと思った。

「ところで、あんた、誰?」
「インゲレ人だよ」

 一言答えて、男は立ち去っていった。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

過食症の僕なんかが異世界に行ったって……

おがとま
BL
過食症の受け「春」は自身の醜さに苦しんでいた。そこに強い光が差し込み異世界に…?! ではなく、神様の私欲の巻き添えをくらい、雑に異世界に飛ばされてしまった。まあそこでなんやかんやあって攻め「ギル」に出会う。ギルは街1番の鍛冶屋、真面目で筋肉ムキムキ。 凸凹な2人がお互いを意識し、尊敬し、愛し合う物語。

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

蔑まれ王子と愛され王子

あぎ
BL
蔑まれ王子と愛され王子 蔑まれ王子 顔が醜いからと城の別邸に幽閉されている。 基本的なことは1人でできる。 父と母にここ何年もあっていない 愛され王子 顔が美しく、次の国大使。 全属性を使える。光魔法も抜かりなく使える 兄として弟のために頑張らないと!と頑張っていたが弟がいなくなっていて病んだ 父と母はこの世界でいちばん大嫌い ※pixiv掲載小説※ 自身の掲載小説のため、オリジナルです

影の薄い悪役に転生してしまった僕と大食らい竜公爵様

佐藤 あまり
BL
 猫を助けて事故にあい、好きな小説の過去編に出てくる、罪を着せられ処刑される悪役に転生してしまった琉依。            実は猫は神様で、神が死に介入したことで、魂が消えかけていた。  そして急な転生によって前世の事故の状態を一部引き継いでしまったそうで……3日に1度吐血って、本当ですか神様っ  さらには琉依の言動から周りはある死に至る呪いにかかっていると思い━━  前途多難な異世界生活が幕をあける! ※竜公爵とありますが、顔が竜とかそういう感じては無いです。人型です。

平凡な俺、何故かイケメンヤンキーのお気に入りです?!

彩ノ華
BL
ある事がきっかけでヤンキー(イケメン)に目をつけられた俺。 何をしても平凡な俺は、きっとパシリとして使われるのだろうと思っていたけど…!? 俺どうなっちゃうの~~ッ?! イケメンヤンキー×平凡

異世界に召喚され生活してるのだが、仕事のたびに元カレと会うのツラい

だいず
BL
平凡な生活を送っていた主人公、宇久田冬晴は、ある日異世界に召喚される。「転移者」となった冬晴の仕事は、魔女の予言を授かることだった。慣れない生活に戸惑う冬晴だったが、そんな冬晴を支える人物が現れる。グレンノルト・シルヴェスター、国の騎士団で団長を務める彼は、何も知らない冬晴に、世界のこと、国のこと、様々なことを教えてくれた。そんなグレンノルトに冬晴は次第に惹かれていき___ 1度は愛し合った2人が過去のしがらみを断ち切り、再び結ばれるまでの話。 ※設定上2人が仲良くなるまで時間がかかります…でもちゃんとハッピーエンドです!

処理中です...