上 下
22 / 41
2 天空への旅

5.タバシン河の祭礼

しおりを挟む
 タバシン河上流のフィラン神殿から漕ぎだした船が、中洲島に静かに停泊した。船からは美しく飾られた神輿が担ぎ出され、荘厳な音楽が鳴り響く中、島の中央の頓宮へ運ばれていく。

 少しして、下流からも船がやってきた。テンドール神殿からやってきた船にはやはり神輿が載せられ、先ほどと同じように恭しく頓宮へ向かって担がれていく。


 「お前はここで待っていて」

 中洲島の船着き場で母は言った。
 彼女は、巫女の装束に身を包んでいた。島には大勢の聖職者たちが来ている。その中に紛れ込むつもりなのだ。確かに、巫女が子ども連れでは、都合が悪い。

 中津島には大勢の人々が集まっており、そうした人々を目当てにした物売りもたくさんいた。中でも、猫の頭くらいの大きさの赤い飴が気になってならない。市が立つ時によく売られている、棒にリンゴを刺して飴をからめた菓子だ。
 昔、食べたことがある気がする。でも、いつ食べたのか思い出せない。俺は、宮殿で暮らしていたのだ。あんなものを食べる機会があったのだろうか。

「いい子だから、どこへも行くんじゃないのよ。私が来るまでここを動いたら駄目。わかった?」
「うん」
赤い飴に気をとられ、上の空で返事をする。
「どこを見ているの? うん、じゃなくて、はい」
「はい」
母に目を戻し、慌てて俺は訂正した。

 数日前に立ち寄った村で、フィラン神殿の噂を聞いた。雨期の洪水を鎮める為に人柱に立てられた娘たちの死骸が起き上がったという、怪異譚だ。神殿の神官たちが総出で娘たちの霊を鎮め、ようやく埋め直すことに成功したという。

「同じようなことがテンドール神殿でも起こったという噂もある。もっともこちらは、厳重な戒口令が敷かれていて詳細はわからないけれど」
母は口を濁した。
「ねえ、ホライヨン。前に私が言ったのを覚えている? あの人の遺体はばらばらにされて、周囲には厳重な結界が貼られていると」

 そういえば、母は依然、そのようなことを言っていたっけ。けれどそれが、俺たちがここに来たこととどう関係しているのだろう。

「今回、祭りの準備の途中で、何らかの事故でその結界が破られたのだとしたら? 真っ先に反応したのが、堤防の死骸。フィラン神殿を洪水から守る為に人柱となった娘たちが蘇った。同じころ、恐らくテンドール神殿近くに打ち捨てられていた死人たちも呼び寄せられた。それはどういうことかわかる?」
「ええと……」

「頭の悪い子ね。いいわ、教えてあげる。あの人の……お前のお父様の御身体の一部が、フィランとテンドールの両方の神殿に安置されているのよ! あの人の体には、強靭な生命力が宿っている。だから、近くに埋められていた死体たちが蘇ってしまったのよ。その数から考えると、神殿にあるのは、どちらも、腕よりもよほど大きな体の部分だと思われる」
「脚だね! 父上のおみ足だ!」
そこだけは幼い俺にも分かった。弾む声で俺は答えた。
「そうよ! いい子ね、ホライヨン。フィランとテンドールの両方の神殿に恐らく片方ずつ……あの人の脚が祀られているんだわ!」

「でも、なら、なんで中洲島に来たの? フィラン神殿とテンドール神殿へ行かなくちゃ!」
「それはね。祭礼で両神殿の神体がここへ運ばれてくるからよ。なんでも今回の神事には、珍しく国王が降臨するという。お前の叔父、あの驕慢なサハルがね。あいつがわざわざ祭礼にやってくるなんて、きっと何か訳があるはず。多分……」
母は眉間に皺を寄せた。
「悪辣なサハルの考えそうなことだわ。土属性といえば聞こえはいいけど、操る鬼どもは地下の暗黒世界に属している。あの男の術は地上の術ではなく、妖魔の術よ。あいつは清浄な神域を苦手としてる。神の結界で守られた脚を奪還するには、神殿の外に出た時を狙うしかない」

 黒魔法、妖魔の術、鬼。
 次々と繰り出される恐ろしい言葉に俺は身震いした。
 現在のエメドラード王サハルは、彼は俺の叔父でもあるはずだ。彼は、そんなに恐ろしい男だったのか。

「本当になぜあの男は、一度捨てた兄の遺体を再び回収しようと思いついたのか……」
母は眉間に皺を寄せた。
「いい、ホライヨン。前に預けた革袋を絶対になくしちゃだめよ。サハルの手に渡ったら、きっと恐ろしいことになる」
「うん」
「うんじゃなくて、はい」
「はい」
「必ずここで待っているのよ」

 俺が返事をする間もなく、母は前を歩く僧について歩き始めた。袈裟をつけていない下っ端の僧だ。母の姿に気がつき、僧が馴れ馴れしく彼女の腰に手を回すのが見えた。






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

兄弟カフェ 〜僕達の関係は誰にも邪魔できない〜

紅夜チャンプル
BL
ある街にイケメン兄弟が経営するお洒落なカフェ「セプタンブル」がある。真面目で優しい兄の碧人(あおと)、明るく爽やかな弟の健人(けんと)。2人は今日も多くの女性客に素敵なひとときを提供する。 ただし‥‥家に帰った2人の本当の姿はお互いを愛し、甘い時間を過ごす兄弟であった。お店では「兄貴」「健人」と呼び合うのに対し、家では「あお兄」「ケン」と呼んでぎゅっと抱き合って眠りにつく。 そんな2人の前に現れたのは、大学生の幸成(ゆきなり)。純粋そうな彼との出会いにより兄弟の関係は‥‥?

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

王道にはしたくないので

八瑠璃
BL
国中殆どの金持ちの子息のみが通う、小中高一貫の超名門マンモス校〈朱鷺学園〉 幼少の頃からそこに通い、能力を高め他を率いてきた生徒会長こと鷹官 仁。前世知識から得た何れ来るとも知れぬ転校生に、平穏な日々と将来を潰されない為に日々努力を怠らず理想の会長となるべく努めてきた仁だったが、少々やり過ぎなせいでいつの間にか大変なことになっていた_____。 これは、やりすぎちまった超絶カリスマ生徒会長とそんな彼の周囲のお話である。

傷だらけの僕は空をみる

猫谷 一禾
BL
傷を負った少年は日々をただ淡々と暮らしていく。 生を終えるまで、時を過ぎるのを暗い瞳で過ごす。 諦めた雰囲気の少年に声をかける男は軽い雰囲気の騎士団副団長。 身体と心に傷を負った少年が愛を知り、愛に満たされた幸せを掴むまでの物語。 ハッピーエンドです。 若干の胸くそが出てきます。 ちょっと痛い表現出てくるかもです。

ツンデレ貴族さま、俺はただの平民です。

夜のトラフグ
BL
 シエル・クラウザーはとある事情から、大貴族の主催するパーティーに出席していた。とはいえ歴史ある貴族や有名な豪商ばかりのパーティーは、ただの平民にすぎないシエルにとって居心地が悪い。  しかしそんなとき、ふいに視界に見覚えのある顔が見えた。 (……あれは……アステオ公子?)  シエルが通う学園の、鼻持ちならないクラスメイト。普段はシエルが学園で数少ない平民であることを馬鹿にしてくるやつだが、何だか今日は様子がおかしい。 (………具合が、悪いのか?)  見かねて手を貸したシエル。すると翌日から、その大貴族がなにかと付きまとってくるようになってーー。 魔法の得意な平民×ツンデレ貴族 ※同名義でムーンライトノベルズ様でも後追い更新をしています。

笑わない風紀委員長

馬酔木ビシア
BL
風紀委員長の龍神は、容姿端麗で才色兼備だが周囲からは『笑わない風紀委員長』と呼ばれているほど表情の変化が少ない。 が、それは風紀委員として真面目に職務に当たらねばという強い使命感のもと表情含め笑うことが少ないだけであった。 そんなある日、時期外れの転校生がやってきて次々に人気者を手玉に取った事で学園内を混乱に陥れる。 仕事が多くなった龍神が学園内を奔走する内に 彼の表情に接する者が増え始め── ※作者は知識なし・文才なしの一般人ですのでご了承ください。何言っちゃってんのこいつ状態になる可能性大。 ※この作品は私が単純にクールでちょっと可愛い男子が書きたかっただけの自己満作品ですので読む際はその点をご了承ください。 ※文や誤字脱字へのご指摘はウエルカムです!アンチコメントと荒らしだけはやめて頂きたく……。 ※オチ未定。いつかアンケートで決めようかな、なんて思っております。見切り発車ですすみません……。

処理中です...