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16.凱旋
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ヴィクトリー号が大きく揺れた。
「ご無事でしたか、サハル殿下!」
ラシャド提督だった。傍らに戦艦アルシノエの艦長もいる。
「貴方の作戦のお陰で、わが軍は大勝利ですぞ。ささ、メラウィーの軍港へと凱旋致しましょう」
「お、おう……」
胸が熱くなった。俺の土魔法が悉く打ち負かされていった陰で(というか、発動さえできないでいた間)、ラシャド提督は粘り強く戦い、海戦の勝利を勝ち取ってくれたのだ。
「お急ぎください、殿下。ヴィクトリー号が錨を上げましたぞ」
くそっ、ヴィットーリア。せっかちな女。
俺は、下を覗き込んだ。相変わらず黒い波が、底知れず広がっている。
「殿下?」
提督は、全てを察したようだった。両腕を広げる。
「殿下。いらっしゃい。僭越ながら、私めがお抱き留め申し上げまする」
「え?」
「さあ、この腕の中へ」
「及ばずながらわたくしも」
ラシャド提督の隣で、アルシノエ号の艦長も両手を広げた。
「艦長、あんたはいいよ……」
そうだ。
俺はやればできる子。こんな狭い距離を跳梁するなんて、朝飯前のはずだ。
ヴィクトリー号の舷側を軽々と飛び越えた。
そしてなぜか、ラシャド提督の腕の中ではなく、アルシノエ号の艦長を真上から踏みつけて着地した。
◇
勝利の報を携え、敵艦の旗をたくさん捕獲したラシャド提督を従え、俺は首都に凱旋した。
そこに、愛しいエルナの姿はなかった。わが息子、ルーワンの姿も。
ただダレイオだけが、満面の笑顔で出迎えた。
「おおお、よく帰った、サハル。わが愛しの弟よ」
「愛しの弟じゃねえよ。エルナはどうした? ルーワンは!?」
「よい。お前さえいれば、それでよい」
「全然良くない! ダレイオの嫁は? なぜ出迎えにこない?」
「構わぬ!」
話にならない。
「おじちゃま!」
暑苦しい塊が空から降ってきた。
甥のホライヨンだ。
「おじまちゃまっ!」
俺の腕の中に着地した彼は、勝ち誇った顔をして笑いやがった。うまく畳めなかった羽が暑苦しい。
「女官長!」
「はいはいはい!」
「早くこいつを俺の目に映らないところへ連れて行け!」
「はいぃぃぃーーーっ!」
女官等が飛び上がって近寄って来た。
「さあさ、まいりましょう、ホライヨン様」
「いやっ! おじちゃまーーーーーっ!」
「駄々をおこねなさりますな。さあ、参りましょう」
「いっやーーーっ! おじちゃま~~~ぁん!」
「これはどうしたことだ! 何でホライヨンは、こんなに嬉しそうなんだ?」
うるさい喚き声の合間を縫って、女官長に尋ねる。彼女の目が宙を泳いだ。
「恐らくでございます。恐らく、けんか相手の従弟様がいなくなって、喜んでいるのでございましょう」
言葉を選びながら言う。俺は何も気がつかなかった。
「なんだ。そういうことか……って! おいこら、ホライヨン! ルーワンがいないからって喜ぶな!」
「あいつ、きらい。あいつ、おじちゃまを、父上っていう」
「そりゃ、俺はあの子の父親だからな!」
「嫌い! ルーワン、大嫌い!」
「こらっ!」
反射的に俺はホライヨンを地面にたたきつけた。なに、羽があるから大丈夫だ。
「あらっ! あらあらまあまあ」
慌てて女官長が拾い上げる。そして、泣きわめくチビを抱えたまま部屋を出て行った。
大方、王妃のところへ連れて行ったのだろう。母親だからといって、ホライヨンをおとなしくさせることなどできるわけがないのだが。
そこへ冷たい声が降って来た。
「私もルーワンが嫌いだ」
思わずぞっとした。
「何を言うんだ、ダレイオ……」
「お前の愛を独占するルーワンが憎い。ルーワンと、そしてエルナと」
「当たり前だろ。俺の息子と、妻になる女性だぞ?」
ダレイオの目が、暗く燃えた。
「ルーワンはいずれ、私を殺す。それが、あの子の宿命だ」
「殺す!?」
思わず息を飲んだ。頭が考えることを拒否する。何を……なにを、兄は言っているのだ?
反射的に思い浮かんだのは、王の世襲のしきたりだ。
「無理だろ。だって、緑の肌の王を殺すことができるのは、王の血を引く子どもだけだ。それも、同じ緑の肌をした子どもに限られる。王妃が緑色の肌をした子どもを産まない限り、あんたが殺されることはない」
ルーワンは俺の子だからな。俺とエルナの間に生まれた子だ。
緑色の肌でなんか、あるわけがない。
ほの暗い笑みが、ダレイオの顔に浮かんだ。
「私を殺すことのないように、あの子はわが王国から追い出した。淫乱なその母親と共に」
……淫乱?
前にもダレイオはエルナのことをそう呼んでいなかったか。
ルーワンは、通常より小さかったことを思い出す。つまりエルナは、俺がこの国を出てから懐妊した可能性が……?
……ルーワンは、ダレイオを殺す。
……ダレイオを殺せるのは、ダレイオの子どもだけ。緑色の肌の。
そして肌の色の変化は、生まれてから起こることもある。
……エルナの産んだルーワンの肌の色が、緑色に変わった?
俺は、ダレイオを見つめた。
見つめ続けた。
……。
「ご無事でしたか、サハル殿下!」
ラシャド提督だった。傍らに戦艦アルシノエの艦長もいる。
「貴方の作戦のお陰で、わが軍は大勝利ですぞ。ささ、メラウィーの軍港へと凱旋致しましょう」
「お、おう……」
胸が熱くなった。俺の土魔法が悉く打ち負かされていった陰で(というか、発動さえできないでいた間)、ラシャド提督は粘り強く戦い、海戦の勝利を勝ち取ってくれたのだ。
「お急ぎください、殿下。ヴィクトリー号が錨を上げましたぞ」
くそっ、ヴィットーリア。せっかちな女。
俺は、下を覗き込んだ。相変わらず黒い波が、底知れず広がっている。
「殿下?」
提督は、全てを察したようだった。両腕を広げる。
「殿下。いらっしゃい。僭越ながら、私めがお抱き留め申し上げまする」
「え?」
「さあ、この腕の中へ」
「及ばずながらわたくしも」
ラシャド提督の隣で、アルシノエ号の艦長も両手を広げた。
「艦長、あんたはいいよ……」
そうだ。
俺はやればできる子。こんな狭い距離を跳梁するなんて、朝飯前のはずだ。
ヴィクトリー号の舷側を軽々と飛び越えた。
そしてなぜか、ラシャド提督の腕の中ではなく、アルシノエ号の艦長を真上から踏みつけて着地した。
◇
勝利の報を携え、敵艦の旗をたくさん捕獲したラシャド提督を従え、俺は首都に凱旋した。
そこに、愛しいエルナの姿はなかった。わが息子、ルーワンの姿も。
ただダレイオだけが、満面の笑顔で出迎えた。
「おおお、よく帰った、サハル。わが愛しの弟よ」
「愛しの弟じゃねえよ。エルナはどうした? ルーワンは!?」
「よい。お前さえいれば、それでよい」
「全然良くない! ダレイオの嫁は? なぜ出迎えにこない?」
「構わぬ!」
話にならない。
「おじちゃま!」
暑苦しい塊が空から降ってきた。
甥のホライヨンだ。
「おじまちゃまっ!」
俺の腕の中に着地した彼は、勝ち誇った顔をして笑いやがった。うまく畳めなかった羽が暑苦しい。
「女官長!」
「はいはいはい!」
「早くこいつを俺の目に映らないところへ連れて行け!」
「はいぃぃぃーーーっ!」
女官等が飛び上がって近寄って来た。
「さあさ、まいりましょう、ホライヨン様」
「いやっ! おじちゃまーーーーーっ!」
「駄々をおこねなさりますな。さあ、参りましょう」
「いっやーーーっ! おじちゃま~~~ぁん!」
「これはどうしたことだ! 何でホライヨンは、こんなに嬉しそうなんだ?」
うるさい喚き声の合間を縫って、女官長に尋ねる。彼女の目が宙を泳いだ。
「恐らくでございます。恐らく、けんか相手の従弟様がいなくなって、喜んでいるのでございましょう」
言葉を選びながら言う。俺は何も気がつかなかった。
「なんだ。そういうことか……って! おいこら、ホライヨン! ルーワンがいないからって喜ぶな!」
「あいつ、きらい。あいつ、おじちゃまを、父上っていう」
「そりゃ、俺はあの子の父親だからな!」
「嫌い! ルーワン、大嫌い!」
「こらっ!」
反射的に俺はホライヨンを地面にたたきつけた。なに、羽があるから大丈夫だ。
「あらっ! あらあらまあまあ」
慌てて女官長が拾い上げる。そして、泣きわめくチビを抱えたまま部屋を出て行った。
大方、王妃のところへ連れて行ったのだろう。母親だからといって、ホライヨンをおとなしくさせることなどできるわけがないのだが。
そこへ冷たい声が降って来た。
「私もルーワンが嫌いだ」
思わずぞっとした。
「何を言うんだ、ダレイオ……」
「お前の愛を独占するルーワンが憎い。ルーワンと、そしてエルナと」
「当たり前だろ。俺の息子と、妻になる女性だぞ?」
ダレイオの目が、暗く燃えた。
「ルーワンはいずれ、私を殺す。それが、あの子の宿命だ」
「殺す!?」
思わず息を飲んだ。頭が考えることを拒否する。何を……なにを、兄は言っているのだ?
反射的に思い浮かんだのは、王の世襲のしきたりだ。
「無理だろ。だって、緑の肌の王を殺すことができるのは、王の血を引く子どもだけだ。それも、同じ緑の肌をした子どもに限られる。王妃が緑色の肌をした子どもを産まない限り、あんたが殺されることはない」
ルーワンは俺の子だからな。俺とエルナの間に生まれた子だ。
緑色の肌でなんか、あるわけがない。
ほの暗い笑みが、ダレイオの顔に浮かんだ。
「私を殺すことのないように、あの子はわが王国から追い出した。淫乱なその母親と共に」
……淫乱?
前にもダレイオはエルナのことをそう呼んでいなかったか。
ルーワンは、通常より小さかったことを思い出す。つまりエルナは、俺がこの国を出てから懐妊した可能性が……?
……ルーワンは、ダレイオを殺す。
……ダレイオを殺せるのは、ダレイオの子どもだけ。緑色の肌の。
そして肌の色の変化は、生まれてから起こることもある。
……エルナの産んだルーワンの肌の色が、緑色に変わった?
俺は、ダレイオを見つめた。
見つめ続けた。
……。
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