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13.水の精霊と土の精霊

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「見事な戦術だったわ。指揮官は貴方だったのね、サハル」

インゲレの旗艦、ヴィクトリー号の甲板に仁王立ちし、ヴィットーリアが大口を開けて笑っている。傍らには憎きポメリアの姿が……あれぇ? 

「ポメリアはどうした?」
「馬鹿じゃない? 私が愛する人を戦闘になんか連れてくるわけないでしょ」
「そういうものか?」
「貴方だって、兄上をおいてきたくせに」
「はあ? なぜここにダレイオの名が? おれが愛しているのはエルナだ」
「エルナ? 誰それ?」

むかっときた。

「俺の初恋の人だ。お前ら姉弟が邪魔さえしなければ、今頃俺の妻だった!」
「フられたわけね」
「違うわ! ええい、問答無用。砲兵、点火準備!」
「待ちなさい」

ヴィットーリアが叫ぶ。

「怖気づいたか!」
「まさか。でも、わかるでしょ? 船は高価なの」
「それはそうだが」

俺の士気が、若干下がった。

「砲弾や火薬もね」
「……そうだな」
「そして、インゲレ私の国エメドラード貴方の国などの弱小国は常に、大国の脅威に怯えている。北のロードシア帝国や東のフェーブル帝国のね」
「俺は怯えてなんかいないぞ」
「貴方は馬鹿だもん」

ヴィットーリアは鼻を鳴らした。インゲレで彼女の婚約者をやっていた頃は、だいたいこんな感じだったから、慣れてる。というか、慣らされてしまった。もはや腹も立たない。
ヴィットーリアの目が、ぎろりと光った。

「互いの戦力温存の為にも、一対一の魔力対決、というのはどう?」

確か、こいつは水属性だったはずだ。どちらかというと、ダレイオと同じように、白魔法を得意とする。つまり、攻撃力より防御力の方が高い。
負ける気がしない。

「受けて立とう」
敵からの、しかもかつて婚約者だった女からの挑戦を断ったりしたら、それこそ沽券に関わる。
「いくぞ、ヴィットーリア!」
何が何でもヴィクトリー号に乗り移って、火薬庫に火をつけてやる。

「あら、いいのかしら。下をご覧なさいな、サハル」
「下?」
「船と船の間よ」

そこはもちろん、海だった。水深は結構、深いらしく、黒々とした水が泡立っている。吸い込まれそうで、眩暈がしてきた。

「貴方の魔法は泥魔法。水には弱いはずよ」
「泥じゃない、土だ!」
「同じことだわ」
「……」

深い海の底は窺い知ることができない。もしあそこに落ちたら……。

ヴィットーリアが邪悪な笑みを浮かべた。
「水の精霊、ウンディーネ、発動!」

空がみるみる曇り始めた。瞬く間に大粒の雨が落ちて来る。雨はみるみるスコールとなって、甲板を濡らした。

「ふう。これでフリント(火打石の一種。砲撃の点火用に使う)は使えなくなったわね」
「くそっ、なんてことを……ノーム! ノーム!!」

俺は土の精霊を呼んだ。ところが、呼べども呼べども応えがない。

「ふふふ。貴方の使い魔は泥の塊。海の上までどうやって来るのかしら」
「泥の塊、言うな!」

だが、ヴィットーリアの言うとおりだ。土の精霊ノームは、水を苦手とする。

「次は私の番ね。ワタツミよ。波を賜れ!」

ヴィットーリアが叫ぶと、はるかかなたの沖が膨らみ始めた。波はみるみる大きくなって、船めがけて押し寄せて来る。

「馬鹿な! お前の船もやられるぞ!」
「あ、そうだった! 海の上では一蓮托生ってやつね。忘れてたわ。普段、単独行動が多いから。天才の宿命よね!」
「つべこべ言ってないで、なんとかしろ!」
「うるさいわねえ。ワタツミの神よ、鎮まり給え」
すると、まるで今までの天変地異が嘘のように、海は穏やかに静まり返った。頭上には太陽が輝いている。
「さあ、あなたの番よ」
「番ったって……」

ノームは出動を嫌がるし、ゴーレムは間違いなく溶けるし……。

「どうしよう」
「あら。負けを認めるのね?」
「いや、まだだ」

やはり、ヴィットーリアの船へ乗り移って、火薬に火を点けるしか……。
考える前に、俺の身体は宙を飛んでいた。というか、考えていたら、舷側を乗り越えて、敵の船に飛び移ることなんてできはしないだろ、フツー。
もちろん、優れた俺の運動能力をすれば、それはたやすいことだった。やはり、体を操るのは心だな。心に脅えがあるから、うまくいかないんだ。





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