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差し出された献身と友情

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 部屋に一人残されたモーリツは、頭を抱え、机の前でうなだれていた。

 ……確かに、面会を許されるとしたら、まずは、プロケシュ少佐だ。

 モーリツとグスタフは、プロケシュを警戒していた。彼が、ゲンツの私塾に通っていたからだ。
 ゲンツは、宰相メッテルニヒの秘書官だ。そしてメッテルニヒは、かつての敵ナポレオンの息子を毛嫌いしている。


 ……けれども彼は、最初から、プリンスの心の裡にいた。

 プロケシュは、トルコから持ち帰ったアレクサンダー大王のメダルをプリンスに与えた。このささやかな贈り物に彼は大喜びし、紐を通して肌身離さず身に着けていた。

 モーリツやグスタフがいくらプロケシュには警戒するよう説いても、聞き入れなかった。しまいには、なぜそのような意地悪を言うのかと怒り出す始末だった。


 ……自分はプロケシュ少佐には敵わない。

 父は、息子のことを、よくわかっていた。


 ゆるゆると、モーリツは、顔を上げた。鉛のような重い腕を上げ、ペンを取った。彼は、プロケシュ=オースティンに宛てて、長い手紙を認めた。




あなたはまもなく、彼に、再び会う機会を得るでしょう。……(略)……この世を去るにあたって、彼は、自分を異邦人のように感じているに違いありません。また、多くの人達に囲まれながら、彼は、自分を理解し、また、最後の望みを打ち明ける人を求めていることでしょう。彼の最後の思いを、どうか、受け取ってやって下さい! 僕は、あなたが羨ましい!


(中略)


しかし、どうして、彼を憐れまなければならないのでしょう。彼にとって死は、多分、祝福なのです。彼の地位は、幸せを、殆ど約束してくれない。彼がどうしても受容することのできない、未来の起きるべきことがらの中で、死は、彼にとって最も良いものであったように思われます。彼の名誉……非の打ち所のない……は、受け入れがたい多くの困難に晒されやすいものです。彼の義務は、多様であり、矛盾の塊で、互いに調和が取れないものです。


完全に満たされることのない名声は、彼を困らせ、平凡さは、彼にとって、罪でさえあります。しかし、僕達の喪失は、深い悲しみを呼び起こさずにはいられません。世界が彼を知る前に、明るい光は、消えてしまうでしょう。太陽が登る、まさにその時に。


友情を失うという個人的な喪失感について、今、ここに書くことは、差し控えます。僕の前途に置かれていたその友情こそが、僕の人生で、一番の喜びだったとしても。


あなたには、(もし、遅すぎるのではなかったら)彼に、僕の忠誠を思い起こさせて欲しいのです。いつだって僕は、彼に忠誠を捧げていました、そのことを、彼は知っているはずです。ああ、僕は、彼の最期の瞬間をかき乱すことさえ、できないのか! 今、彼は、いつも以上に、完璧な共感を欲していることしょう。でもその共感は、いつも、彼の目の前にあったのです。いつだって僕は、最大限の献身と友情を、彼に向けて、差し出していた……。









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※文中のモーリツの手紙は、実際に彼が書いた内容です。誤訳があるかもしれませんが、大きな間違いはないと思います。






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