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第五章 『渋谷』ダンジョン 中層編

第83話 久々の学校で

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「あ~ぁ、やっちゃった…」

 約二週間ぶりの学校。教室の窓際一番後ろの所謂主人公席で右肘を机に顎を掌に顔は努めてクールに、のミステリアスな俺は昨夜を思い出してため息とともに思わず言葉を漏らす。
 ミステリアスキャラにあるまじき言動だが致し方なし。昨夜の俺はどうにかしていたから。嘆いてしまうのは必然、不可避。

「どっしよっかなぁ~……」

(おぉ…今日は授業もないのに二言も喋ったぞ……独り言だけど)

 しょうもないことに気が付きながら思い出すのは当然昨夜のダンジョンラボ。桜子さんの過去を聞いた後の朝陽さんの『会社、作ってみない?』という提案。
 俺はその提案に乗ってしまった。いや、まぁ別にその提案自体に乗ること自体は大した問題じゃないんだ。
 頼りの冒険者センターが役に立たないってことは俺の所属先として救いを求める先として論外。加えてあの三人、特に朝陽さんと竜胆さんは氷室東郷を敵に回すことに抵抗がないようだった。となるとありがたいことにこの先も俺の味方であってくれる可能性が高い。
 ただ、それは氷室東郷率いる『Seeker’s Friend』を敵に回すということで、裏で通じている冒険者センターの一部、場合によってはその上の存在、政界の一部を間接的に敵に回すことを意味する。冒険者センターに所属している桜子さん、朝陽さんの首、ダンジョンラボのあの一室はもちろんのこと、最悪、幹部である竜胆さんの首ですら敵の掌の上。だから今ある居場所を捨てて自分たちの手だけで一から居場所を作り直す。
 現実的か否かは置いておいて、提案の理屈そのものは分かる。そしてそれがベストとはいかないまでも、現状維持よりもはるかに良い選択肢であることも分かっている。
 問題なのはその100%に近い確率で敵によって潰される提案、計画に対して俺は何の成功の見通しも立てずに参加してしまったこと。要は何も考えることなくその場のノリと雰囲気で熱くなっていいよっ!やってやるっ!と言っちゃったこと。
 俺がやろうとしているのは世界規模の大大企業相手に勝算もないのに喧嘩を吹っ掛けるというものだ。勇敢とは口が裂けても言えない。こういうのは無茶無謀、蛮勇って言うんだ。

「あ~ぁ、やっちゃったぁ…」
「何が?」

 俺の中にいる冷静沈着な現実主義者が『所詮ただの口約束、近いうちに招かれるはずの交渉の席で『Seeker’s Friend』の人間に「こちらこそよろしくお願いします」と言えば、自分だけでなく家族への被害もないだろう。出会って間もない三人との関係と将来、天秤にかけるまでもない』――そう言い聞かせてくる。
『でもその行いは彼女たちが忌み嫌う氷室東郷が、冒険者センターの幹部たちがやってきた裏切りそのものなのではないか』情熱的理想主義者な俺はそう叫んでくる。

「あ~どうしよっかなぁ~」
「だから何がよ!」

 俺のすぐ横では氷室さんがムキぃ~ってなって叫んでくる―――

「……え、なんで?」

 また口から勝手に言葉が出てきた。これで今日五言目。悲しいことに授業中の発言を除くなら新記録かもしれない。

(……じゃなくて)

「それはこちらのセリフよ!私がずっと一人で喋っているみたいじゃない!」とプルプル震える氷室さん、「まぁまぁ、どうどう彩芽」と宥める小松さん。クラスカーストのトップである二人がどうしてか気づけば俺の席にやって来ていた。

(…え、なんで)

 状況は分かったけど分からない。唯一分かっていることはもう一度このセリフを口にすれば今度こそ氷室さんがプッツンしてしまうということ。
 思ったことを何とか口に出さずに抑えられた俺は六言目、まだ見ぬ新世界へと足を踏み入れる。

「お、おはよう…氷室さん、小松さん」
「おは美作」
「…おはよう、美作君」

(((((あいつ、喋れたんだ…)))))

 クラス中から失礼な何かを感じ取ったけどまぁいい。それよりもこの二人がカースト最底辺の俺にわざわざ何の用があるのだろうか。そっちの方が気になった。

「え、で、なに?」

 本当に分からないなら聞いてしまえばいい。

「なにって、おはようを言いに来ただけなんだけど…」

 あ、そうなんだ。

「あ、うん、そう。おはよう小松さん」
「あ、うん。おは」
「おはよう氷室さん」
「え?あ、おはよう美作君………ん?あっ…なんで二回も挨拶するのよっ」

 それな、俺も思った。

「…ごめん」
「あっ…その…別に、謝ることないわ。私こそ朝から煩くしてごめんなさい…」
「………」
「………」
「………」
「…ッ…ではなくてっ。…その…何か悩み事があるのなら…聞いてあげなくもないわ…」

(あ~~~あいあんだすたん)

 もじもじする氷室さんを見て俺はやっと理解する。貴様…さてはツンデ………じゃなくて……教室に入って俺が視界に入ったからおはようを言いに来た、そしたら俺が窓の外を見ながら「あ~ぁ、やっちゃったぁ…」やら「あ~どうしよっかなぁ~」とすっごい悩んでいるようだった、だから声をかけた…ってことだと。

「そういうことか…」

 そりゃああれだけあからさまに悩んでますって態度を取っていれば気にもなるか。
 ただなぁ、言えるわけないんだよなぁ。ダンジョン関連企業の超お偉いさんにつけ狙われているんだ、なんて。
 かと言って、ここで何でもないよと言うのは違うと思う。『府中』ダンジョンで何だか申し訳ないパーティ解散の仕方をしてしまった。にもかかわらず声を掛けてくれて、そのうえ心配までしてくれた氷室さんに悪い気がするんだ。
 そして何よりも学校で女子と会話するという夢のような時間が終わってしまうのも惜しい(こっちが本命だったりする、ごめんなさい)。

(う~ん…どうしよう……あっ)

 ならばあれを試そう。アニメとかでよくある「例えばの話なんだけど~…」「これ友達のことなんだけど~」というやつを。ただ、聞き手には「…Xさんの話じゃん」と思われないように暈《ぼやか》しながら…―――

「もし仮にさ、友達に起業しようと誘われて『いいよ』って快諾したとするじゃん。けど少し後に誰もが知る大企業から就職のスカウトを受けた。
 もう少し付け足すと、前者を選んだ場合はもちろん約束を違えることはないし、万分の一の可能性かもしれないけど起業した会社が大成功を収めれば若いうちからがっぽがっぽ稼げる。逆に後者を選んだ場合は将来安泰のレールの上を歩くことが出来るけど、その代わり少数の友人からは生涯裏切り者と誹られることになる……二人ならどっちを選ぶ?」

(あれ?例え話が例え話じゃなくなっているぞ?)

 自分を取り囲む現状のいい例え話はないものかと思いながら喋り出したら俺の現状そのまんまだった。『Seeker’s Friend』と美人三人衆の固有名詞を抜き取っただけ。これではアニメのおバカな登場キャラと同じく、聞き手に「あ、美作君の話なんだ…」と思われてしまう。

(まずい。)

 別にバレてもただただ重い話されたなぁと二人が思うだけだから大丈夫なはずなんだけど、本能が叫んでいる。それはヤバいと。

「具体的すぎない…?」
「う~ん…それはまた難しい問題ね。美作君は将来起こり得る出来事に悩んでいたのね…」

 しかし俺の心配は杞憂に終わった模様。小松さんは俺が言った例え話こそが今俺を取り囲んでいる現実であると恐らく察している。

「…なわけないでしょ」
「ん?何か言ったかしら、佐紀」
「いや…美作は先のこと見ててすごいなぁって」
「そうね。でも私たちにも起こり得る未来なのよ?」
「…あ、うん、そうだね」

 ただその一方で氷室さんはものすごい勘違いをしている。そのことに何故だかとても安堵した。

(なんでだろ?)

 考えてみる。しかし答えは当然でない。直感を口で説明することが出来ないように、直感を考えることなどできないのだ。

 独りポエっていると「私なら…」と小松さんが口を開いた。

「私なら大企業の方を選ぶかな。んで友達にはごめんってひたすら謝る。友達はもちろん大切だけど、自分はもっと大切。まぁ流石にその友人が彩芽とかだったらそっちを選ぶかな」

(ま、普通ならそうなるな)

 小松さんの答えは当然と言えば当然。多少の人徳を切り捨てれれば、捨てた人徳よりも遥かに大きな利を見込めるからという損得勘定。うん、俺もそう思うよ。

 でも俺が聞きたい答えはそうじゃない。
 というか俺の中では既に答えが出ているんだ。氷室東郷を選ぶのではなく、桜子さんたちの方を選ぶべきだという答えが。ただ理性的な俺が邪魔をする。考え直せ、氷室東郷の手を取るべきだと。

 分かっている。だから迷う。

 そうだけどそれじゃない。めんどくさい男は残る一人、氷室さんを見て期待する。
 
「わ、私なら…」

 大企業よりも彩芽を取るという小松さんの言葉が嬉しかったのだろう。氷室さんは少しにやけながら口を開いた。

「――私なら友人の方を選ぶわ。私の選択で誰かの心が傷つくなら自分が傷ついた方がよっぽどマシよ。実際に選択を迫られていない今ならなんとだって言えると思われるかもしれないけれど、私は必ず選ぶわ。でも大企業を選ぶ人の気持ちは分かるわ、否定しているわけじゃないの。ただそちらの方がずっとカッコいいと思っただけ。私は……私は、自分を誇れる私で在りたいから」

 ただの例え話に対する返答なのに随分と熱く語ってしまった。話し終えた氷室さんはクラスの注目が自分に集まっていることに気が付くと、雪のように白い頬を赤く染めて小松さんにぴとりとくっつく。ありがとうございます。
 そして「あくまでも…私の意見よ…」と俺に呟いた。

 そんな氷室さんに見つめられて。俺の口は独りでに開いていた。

「…もし、さ」
「な、なによ…」
「もし、俺が言ったような事態に本当に直面した人がいてさ。それで、その人が今氷室さんが言ったみたいに、自分に誇れる自分で在りたいって大企業に見向きもしないで友人たちと起業してさ、会社が大成功したら……」

 そこまで言って、一呼吸置く。
 お前、何言ってるんだ?俺の中の冷静沈着な現実主義者が突っ込むけど気にしない。

 今日もまた、俺はその場の勢いに流される。

「その人を氷室さんは…――カッコいいと思う?」

 俺に見つめ返された氷室さんは小松さんにくっつきながら恥ずかしそうに。それでもハキハキとした声で言った―――

「もちろんよ。カッコいいと思わないわけないじゃない」

 ―――カッコいいと。

(カッコいい…カッコいい…カッコいい…カッコいい…いいぃぃぃぃぃ)

 全人類の男を奮い立たせるその言葉はエコーがかって俺の耳に頭に染み込み心を燃やす。世知辛い現実を打ち壊すこの言葉を俺は待っていたのかもしれない。

 将来安泰、出世コース、順風満帆。うん、いい言葉だ。

 しかし、時にはそれらの言葉が束でかかってきてもなお足元にも及ばない、甘美で魅惑的な魔法の言葉があることを俺は知っている。




 美少女からのカッコいい…―――。




 これ以上に価値のある言葉はあるのだろうか、いやない。


 






(氷室東郷?『Seeker’s Friend』?争奪戦?茨の道?―――全部まとめてかかって来いよ。おっさんと仲良く手ぇ繋ぐより、美女三人と一緒にキャッキャウフフの方が何千倍も楽しいからさ!)







 冷静沈着な現実主義者は死んだ。俺に迷いはない。














 ピロリんッ♪

『冒険者センター<BokennsyaCenter.go.jp>
 To自分▼

 美作海様

 いつもお世話になっております。
 冒険者センター企業交渉担当の駿河一徹《するが いってつ》でございます。

 先日『Seeker's Friend株式会社』より美作海様との交渉の席を設けたいとの連絡を受けました。
 本メールは情報の伝達を目的としたものでございます。
 詳細については私、駿河一徹が直接申し伝えますので、お手数をおかけしますが美作様のご都合がよろしい時に渋谷・冒険者センター本部五階受付までお越しください。
「駿河一徹を…」と受付の者にお声がけ下されば参ります。

 ※保護者の方にも本メールと同様のメールを送信しております。

 冒険者センター企業交渉担当 駿河一徹』


「面倒なことは早く終わらせるに限るな。すぐそこだしこのあと行こう」

 カチッ

「美作君、何か言ったかしら?」
「ん?いや、やっぱり表参道のカフェってロマンあるよねぇって…ふへへ」
「あ~…美作……大丈夫?」
「うん、最高」
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