1 / 3
転移前1
しおりを挟む
「まるっきり異世界転移物で草」
クラス中が嘗てない緊張感に包まれ誰もが言葉失う中、場に似つかわしくない軽薄な口調で現実味のない台詞を誰かが吐いた。自然とクラス中の視線が声主に集まる。もちろん俺もそいつに眼を向けた。
「な、なんだよみんなして。僕が何か間違ったことを言ったか!?突然、床が光ったと思えば何もない白い空間に居て、これから異世界に送り込むからスキルを選べって、まるっきり異世界ものじゃないか!?」
視線が集まるとは思っていなかったのか。声主である清水は興奮気味に今俺たちが置かれている状況を口早に捲し立てる。それから何を思ったのか突然声高らかに「ステータス!」と叫び、数瞬の後に奇声とも呼べる歓声を上げた。そして口を閉ざし一心不乱に指先を動かす。目の前の何もない空を叩くように。
「やば、気狂《きちが》いじゃん」
誰かが言った。あまり褒められた言葉遣いではないが俺もそう思う。どう見ても正気じゃない。けれども俺たちのように正常な感想を抱いた人間は少数派だったようだ。少し前まで同じように呆然としてただ白い床にへたり込んでいたクラスメイト達が次々に叫び出す。
「「「ステータス!!!」」」
(だからなに?それ)
自分の名誉のために言葉の意味は分かるとだけ言っておこう。『status』——『社会的地位』を表す英単語のことだろ?だがしかしその言葉を叫ぶ意図が俺には分からない。
突如光った教室の床、何処までも白い空間、聞こえて来た謎の声、清水を筆頭に始まった謎のコール。新興宗教立ち上げの場面に立ち会っているのだろうか。
しかし自分だけがみんなと違う行動をしているというのは結構来るものがある。空気読み大国日本に生まれ育った者としての勘が警鐘を鳴らす。右に倣えと。
(あぁ、こうやって宗教は生まれたのか)
多分そうだけど多分違う。意識を別方向に逸らしても状況が良くなるとは思えないので今は諦めて信徒の一人になってみよう。「ステータス!」。きゃぁ恥ずかし。
「お…?」
原因不明の羞恥に悶えていると突如目の前に大量の文字列が浮かんだ。支えも何もないのに自立し浮かんでいる。新技術だろうか、新技術なのだろうな。何せつい先ほど教室の床が光ったのだから。度重なる不可解な事象の数々に一人納得して、件の文字列に眼を通す。そこにはこう書いてあった。
<異世界を生き抜くためのスキルを各群から一つずつ選択しましょう>
また文章の下にはそれぞれAランク、Bランク、Cランクと名付けられた三つの大枠と夥しい数の固有名詞が並んでいる。そして一番下には米印から始まる文章が。
<※既に他転移者が取得したスキルを選択することは出来ません>
有無を言わさず白い謎空間に放り込んだにしては丁寧な文章である。
(で、結局なに?この中から三つ選べばいいの?)
まぁ俺にはさっぱりなわけだが。こういう時は理解していそうな人物に頼るのが一番だ。ということで謎の文字列から目を逸らしクラスメイト達に注意を向けた。そして驚愕する。明らかに名簿上の総数と視界に映る人間の数が一致していなかった。減っていたのだ。
予想外の事態に作戦変更。取り敢えずは一番近くの人間に声を掛けるとしよう。明るい髪色にピアス、沢田かな。今思えば清水を気狂いと呼んだのは彼女なのかもしれない。近づいてもこちらの存在に気付く素振りを見せなかったので肩を叩く。
「ッ来るな!」
しかし肩に触れた瞬間沢田は猫を想わせる俊敏さで距離を取り俺に向かって吠えた。え、変なとこ触ってないよな。肩と見せかけてお尻とかないよな。気分は痴漢の冤罪を掛けられた中年サラリーマン。
「あぁすまん、そこまで驚くとは…――」
「東雲ッ、あんたがそんな卑怯な奴だとは思わなかったよ!最低だ!」
――…思わなかった。言い切るより先に言われてしまった。しかも末尾に最低まで付けて。…あ、東雲って言います俺。東雲礼二。五十音順で席を決めているから沢田とは前後席の関係。だから良く話していた。割と仲良しだと思っていたので今の言葉には傷ついた。
「なんかしたかな俺」
「は?後ろからこっそり近づいてきといて惚ける気?」
「いやいや普通に近づいたよ、沢田が気づかなかっただけだろ。ストーカーのように言わないでくれ」
「いやいやいや、だとしてもだよ。今の状況で人に声掛けるってどういう神経してるわけ?信じらんない」
え~そこまで言う?と喉元まで出かけた言葉を引っ込める。平常心を失っている状態の沢田に対してこれ以上語り掛けても無駄だ。周りに助けを求めようとした。しかしみんな俺ではなく沢田の理解者のようだったから。仲間外れだ。
「なんか…ごめん」
「分かったらさっさとあっちに行って」
沢田に言われるがまま距離を取りもう一度手元を見る。しかし既にそこに文字列はなく、仕方なしにもう一度ステータスと叫んだ。再び現れる原理不明の文字列。目を凝らしてスキルであろう固有名詞を一つずつ確認する。
体力増強、危険察知、隠蔽、怪力。ふ~ん、で?
「分からんて…」
だが分からない。これを押すとどうなるのだろう。なんかイライラしてきたな。何故俺に理解出来なくて他のみんなには理解できる。最初はみんな同じだったはずなのに。
(俺とみんな、何処から違った?)
文字列を睨み考える。どの段階で俺は一人浮き始めたのだろうかと。
授業中に教室の床が光った時か――違う、誰も何も出来ないまま光に吞み込まれていった。では白い空間に放り出された時か――これも違う、みんな状況が理解できずにただ呆然と立ち尽くすか座り込むしかなかった。
(ならば…)
文字列から再び目を逸らしある場所を見つめる。そこには誰もいない。しかしそこは清水がいた場所だった。
(そうだ…あいつだ。清水が狂い始めてからみんなもまた狂い始めた)
地に足が付く感覚がした。消去法で選んだ自他の分岐点。十数分遅れてはいるが皆と同じ道に戻ってきた確信があった。
(確かあいつは…)
十数分前まで記憶を辿り清水の言動を思い出す。彼は”まるっきり異世界転移物でくさ”と言って次に”ステータス”と叫んだ。それから喜声を上げたかと思えば一転して真面目な面で空をタップし始め、今はもうこの場にいない。
(…ん、何故ステータスと叫べた?)
やはり清水の言動が分岐点のようだ。彼は俺と違い事前知識があった。でなければ何も情報を与えられておらず右も左も分からない状況でピンポイントに”ステータス”という単語を当てられる…なんて奇跡起こり得ないから。
そして他のクラスメイトにも清水ほどの精度ではないが同様の事前知識があった。清水の狂言を引き金に錆び付いていた知識を思い出す。事前知識がゼロなのは東雲礼二ただ一人。
「なら無理じゃん」
何気なく沢田に話しかけた時とは違い目の前の問題は”解いておいた方が良い問題”から”解かなければならない問題”に変化している。しかしその問題は自力解答が不可能であり、また常識に則れば人に頼ることを許さない。この時人は…俺はどうするべきなのか。
(常識…ポイっ)
それ即ち他人の事情など知ったことかと常識を溝に捨て形振り構わず頼るべきである。たとえ先ほどの沢田のように心無い声をぶつけられると分かっていてもだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。料理人を志す俺に対して無口な親父が授けてくれた数少ない教えの一つ。
既に沢田の姿までなくなっていた。もう一つ前の席の黒井に問いかける。
「ねぇ、これ何か知ってる?」
「…こ、こっち来んな…殺すぞ」
「あ”?」
「ひぃごめんなさいっ」
殺してみろよ、糞ナード。強気の姿勢も忘れない。この状況が何なのか知ってる?と言外に一睨みすると伝わったのか、黒井が慌てて喋り出す。
「えっと、その、これは多分異世界転移というやつで、あ、異世界転移って言うのはラノベの異世界ファンタジーにありがちな設定の一つでよく魔王を倒す目的で王族とかの特権階級に呼び出されるやつなんです。で、同じ異世界転移物でもいくつか種類はあって大枠は主人公のみが異世界に送られる単身転移型と主人公とその周りが巻き込まれて一緒に送られる集団転移型に分けられてですね、それから……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ黒井」
しかしあまりにも早口で尚且つ内容が現実離れしていたためほとんど理解することが出来ていない。堪らず待ったを掛けると黒井は残念そうに口を閉じた。それから何かを思い出したかのように高速で空を指で叩いてからニヤリと笑い…
「精々頑張ることだな、くたばれ陽キャ!」
捨て台詞を吐いてその場から消え失せた。
(陽キャってなんだ?…まぁいいか、次)
恐らく黒井には逃げられたのだろう。脅したのが良くなかったか。次はもう少し優しく聞くべきだなと思いつつ三度視線を辺りに彷徨わせる。クラスメイトの数はより減っていた。付け加えると誰も俺と目を合わせようとしない。
(ならば無理やり合わせるまで)
なるべく優しい声をと心掛けて現状で一番近くにいる人物。小動物のように震えながら指を動かす小谷の顔を覗き込んだ。
「小谷さん、こんにちわ」
「ぴゃあ!?」
可愛らしい鳴き声と共に視界一杯に映り込む端正な顔。こんなに可愛かったのか。頭の片隅でそんな感想を浮かべつつ本題は忘れない。
「俺、ラノベとか異世界転移とかよく分からないんだ。だから教えてくれないかな?今の現状とか目の前に浮かんでるこのスキルってやつを」
「えと、あの…」
「ダメかな…?」
「う……」
なるべく優しく問いかけているのだけど何だろう、この圧倒的弱い者虐めをしているような後ろめたさは。小さな身体を更に小さくした小谷はやがて動かなくなってしまった。周囲からは蔑む様な視線を送られている…気がする。なら助けてやれよ、ついでに俺のことも助けろよ。
「……た」
「た?」
「……対価は?東雲くんは私に何をしてくれますか?」
(勘違いでした。弱者は俺です)
固まって何を考えているのかと思えば、彼女は小声ながらもはっきりと俺に対価を求めて来た。強かじゃないか。
「え~っと…」
「…その、なるべく早くしてください。有用なスキルを他の人に取られてしまうので」
考えるための時間稼ぎを試みるが失敗に終わる。心の何処かで小柄で気弱な女子と嘗めていたが考えを改めなければならない。それに今の言葉で小谷は俺のような情弱でないことが分かった。ならば差し出そう、現状俺が彼女に出来る精一杯を。
「あっちの世界で美味いもんを沢山食わせてやる。俺は料理人だ」
訪れる静寂。気が付けば白い謎空間には俺と小谷のただ二人。さぁどう出る?
「なっ…」
な?
「どっ…」
ど?
「どうして私がご飯大好きなこと知ってるんですか!」
「……え?」
それは知らなかったなぁ…。
クラス中が嘗てない緊張感に包まれ誰もが言葉失う中、場に似つかわしくない軽薄な口調で現実味のない台詞を誰かが吐いた。自然とクラス中の視線が声主に集まる。もちろん俺もそいつに眼を向けた。
「な、なんだよみんなして。僕が何か間違ったことを言ったか!?突然、床が光ったと思えば何もない白い空間に居て、これから異世界に送り込むからスキルを選べって、まるっきり異世界ものじゃないか!?」
視線が集まるとは思っていなかったのか。声主である清水は興奮気味に今俺たちが置かれている状況を口早に捲し立てる。それから何を思ったのか突然声高らかに「ステータス!」と叫び、数瞬の後に奇声とも呼べる歓声を上げた。そして口を閉ざし一心不乱に指先を動かす。目の前の何もない空を叩くように。
「やば、気狂《きちが》いじゃん」
誰かが言った。あまり褒められた言葉遣いではないが俺もそう思う。どう見ても正気じゃない。けれども俺たちのように正常な感想を抱いた人間は少数派だったようだ。少し前まで同じように呆然としてただ白い床にへたり込んでいたクラスメイト達が次々に叫び出す。
「「「ステータス!!!」」」
(だからなに?それ)
自分の名誉のために言葉の意味は分かるとだけ言っておこう。『status』——『社会的地位』を表す英単語のことだろ?だがしかしその言葉を叫ぶ意図が俺には分からない。
突如光った教室の床、何処までも白い空間、聞こえて来た謎の声、清水を筆頭に始まった謎のコール。新興宗教立ち上げの場面に立ち会っているのだろうか。
しかし自分だけがみんなと違う行動をしているというのは結構来るものがある。空気読み大国日本に生まれ育った者としての勘が警鐘を鳴らす。右に倣えと。
(あぁ、こうやって宗教は生まれたのか)
多分そうだけど多分違う。意識を別方向に逸らしても状況が良くなるとは思えないので今は諦めて信徒の一人になってみよう。「ステータス!」。きゃぁ恥ずかし。
「お…?」
原因不明の羞恥に悶えていると突如目の前に大量の文字列が浮かんだ。支えも何もないのに自立し浮かんでいる。新技術だろうか、新技術なのだろうな。何せつい先ほど教室の床が光ったのだから。度重なる不可解な事象の数々に一人納得して、件の文字列に眼を通す。そこにはこう書いてあった。
<異世界を生き抜くためのスキルを各群から一つずつ選択しましょう>
また文章の下にはそれぞれAランク、Bランク、Cランクと名付けられた三つの大枠と夥しい数の固有名詞が並んでいる。そして一番下には米印から始まる文章が。
<※既に他転移者が取得したスキルを選択することは出来ません>
有無を言わさず白い謎空間に放り込んだにしては丁寧な文章である。
(で、結局なに?この中から三つ選べばいいの?)
まぁ俺にはさっぱりなわけだが。こういう時は理解していそうな人物に頼るのが一番だ。ということで謎の文字列から目を逸らしクラスメイト達に注意を向けた。そして驚愕する。明らかに名簿上の総数と視界に映る人間の数が一致していなかった。減っていたのだ。
予想外の事態に作戦変更。取り敢えずは一番近くの人間に声を掛けるとしよう。明るい髪色にピアス、沢田かな。今思えば清水を気狂いと呼んだのは彼女なのかもしれない。近づいてもこちらの存在に気付く素振りを見せなかったので肩を叩く。
「ッ来るな!」
しかし肩に触れた瞬間沢田は猫を想わせる俊敏さで距離を取り俺に向かって吠えた。え、変なとこ触ってないよな。肩と見せかけてお尻とかないよな。気分は痴漢の冤罪を掛けられた中年サラリーマン。
「あぁすまん、そこまで驚くとは…――」
「東雲ッ、あんたがそんな卑怯な奴だとは思わなかったよ!最低だ!」
――…思わなかった。言い切るより先に言われてしまった。しかも末尾に最低まで付けて。…あ、東雲って言います俺。東雲礼二。五十音順で席を決めているから沢田とは前後席の関係。だから良く話していた。割と仲良しだと思っていたので今の言葉には傷ついた。
「なんかしたかな俺」
「は?後ろからこっそり近づいてきといて惚ける気?」
「いやいや普通に近づいたよ、沢田が気づかなかっただけだろ。ストーカーのように言わないでくれ」
「いやいやいや、だとしてもだよ。今の状況で人に声掛けるってどういう神経してるわけ?信じらんない」
え~そこまで言う?と喉元まで出かけた言葉を引っ込める。平常心を失っている状態の沢田に対してこれ以上語り掛けても無駄だ。周りに助けを求めようとした。しかしみんな俺ではなく沢田の理解者のようだったから。仲間外れだ。
「なんか…ごめん」
「分かったらさっさとあっちに行って」
沢田に言われるがまま距離を取りもう一度手元を見る。しかし既にそこに文字列はなく、仕方なしにもう一度ステータスと叫んだ。再び現れる原理不明の文字列。目を凝らしてスキルであろう固有名詞を一つずつ確認する。
体力増強、危険察知、隠蔽、怪力。ふ~ん、で?
「分からんて…」
だが分からない。これを押すとどうなるのだろう。なんかイライラしてきたな。何故俺に理解出来なくて他のみんなには理解できる。最初はみんな同じだったはずなのに。
(俺とみんな、何処から違った?)
文字列を睨み考える。どの段階で俺は一人浮き始めたのだろうかと。
授業中に教室の床が光った時か――違う、誰も何も出来ないまま光に吞み込まれていった。では白い空間に放り出された時か――これも違う、みんな状況が理解できずにただ呆然と立ち尽くすか座り込むしかなかった。
(ならば…)
文字列から再び目を逸らしある場所を見つめる。そこには誰もいない。しかしそこは清水がいた場所だった。
(そうだ…あいつだ。清水が狂い始めてからみんなもまた狂い始めた)
地に足が付く感覚がした。消去法で選んだ自他の分岐点。十数分遅れてはいるが皆と同じ道に戻ってきた確信があった。
(確かあいつは…)
十数分前まで記憶を辿り清水の言動を思い出す。彼は”まるっきり異世界転移物でくさ”と言って次に”ステータス”と叫んだ。それから喜声を上げたかと思えば一転して真面目な面で空をタップし始め、今はもうこの場にいない。
(…ん、何故ステータスと叫べた?)
やはり清水の言動が分岐点のようだ。彼は俺と違い事前知識があった。でなければ何も情報を与えられておらず右も左も分からない状況でピンポイントに”ステータス”という単語を当てられる…なんて奇跡起こり得ないから。
そして他のクラスメイトにも清水ほどの精度ではないが同様の事前知識があった。清水の狂言を引き金に錆び付いていた知識を思い出す。事前知識がゼロなのは東雲礼二ただ一人。
「なら無理じゃん」
何気なく沢田に話しかけた時とは違い目の前の問題は”解いておいた方が良い問題”から”解かなければならない問題”に変化している。しかしその問題は自力解答が不可能であり、また常識に則れば人に頼ることを許さない。この時人は…俺はどうするべきなのか。
(常識…ポイっ)
それ即ち他人の事情など知ったことかと常識を溝に捨て形振り構わず頼るべきである。たとえ先ほどの沢田のように心無い声をぶつけられると分かっていてもだ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。料理人を志す俺に対して無口な親父が授けてくれた数少ない教えの一つ。
既に沢田の姿までなくなっていた。もう一つ前の席の黒井に問いかける。
「ねぇ、これ何か知ってる?」
「…こ、こっち来んな…殺すぞ」
「あ”?」
「ひぃごめんなさいっ」
殺してみろよ、糞ナード。強気の姿勢も忘れない。この状況が何なのか知ってる?と言外に一睨みすると伝わったのか、黒井が慌てて喋り出す。
「えっと、その、これは多分異世界転移というやつで、あ、異世界転移って言うのはラノベの異世界ファンタジーにありがちな設定の一つでよく魔王を倒す目的で王族とかの特権階級に呼び出されるやつなんです。で、同じ異世界転移物でもいくつか種類はあって大枠は主人公のみが異世界に送られる単身転移型と主人公とその周りが巻き込まれて一緒に送られる集団転移型に分けられてですね、それから……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ黒井」
しかしあまりにも早口で尚且つ内容が現実離れしていたためほとんど理解することが出来ていない。堪らず待ったを掛けると黒井は残念そうに口を閉じた。それから何かを思い出したかのように高速で空を指で叩いてからニヤリと笑い…
「精々頑張ることだな、くたばれ陽キャ!」
捨て台詞を吐いてその場から消え失せた。
(陽キャってなんだ?…まぁいいか、次)
恐らく黒井には逃げられたのだろう。脅したのが良くなかったか。次はもう少し優しく聞くべきだなと思いつつ三度視線を辺りに彷徨わせる。クラスメイトの数はより減っていた。付け加えると誰も俺と目を合わせようとしない。
(ならば無理やり合わせるまで)
なるべく優しい声をと心掛けて現状で一番近くにいる人物。小動物のように震えながら指を動かす小谷の顔を覗き込んだ。
「小谷さん、こんにちわ」
「ぴゃあ!?」
可愛らしい鳴き声と共に視界一杯に映り込む端正な顔。こんなに可愛かったのか。頭の片隅でそんな感想を浮かべつつ本題は忘れない。
「俺、ラノベとか異世界転移とかよく分からないんだ。だから教えてくれないかな?今の現状とか目の前に浮かんでるこのスキルってやつを」
「えと、あの…」
「ダメかな…?」
「う……」
なるべく優しく問いかけているのだけど何だろう、この圧倒的弱い者虐めをしているような後ろめたさは。小さな身体を更に小さくした小谷はやがて動かなくなってしまった。周囲からは蔑む様な視線を送られている…気がする。なら助けてやれよ、ついでに俺のことも助けろよ。
「……た」
「た?」
「……対価は?東雲くんは私に何をしてくれますか?」
(勘違いでした。弱者は俺です)
固まって何を考えているのかと思えば、彼女は小声ながらもはっきりと俺に対価を求めて来た。強かじゃないか。
「え~っと…」
「…その、なるべく早くしてください。有用なスキルを他の人に取られてしまうので」
考えるための時間稼ぎを試みるが失敗に終わる。心の何処かで小柄で気弱な女子と嘗めていたが考えを改めなければならない。それに今の言葉で小谷は俺のような情弱でないことが分かった。ならば差し出そう、現状俺が彼女に出来る精一杯を。
「あっちの世界で美味いもんを沢山食わせてやる。俺は料理人だ」
訪れる静寂。気が付けば白い謎空間には俺と小谷のただ二人。さぁどう出る?
「なっ…」
な?
「どっ…」
ど?
「どうして私がご飯大好きなこと知ってるんですか!」
「……え?」
それは知らなかったなぁ…。
1
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊
北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。
目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し
gari
ファンタジー
突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。
知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。
正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。
過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。
一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。
父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!
地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……
ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!
どうする? どうなる? 召喚勇者。
※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
平凡冒険者のスローライフ
上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。
平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。
果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか……
ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
大和型戦艦、異世界に転移する。
焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。
※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。
器用さんと頑張り屋さんは異世界へ 〜魔剣の正しい作り方〜
白銀六花
ファンタジー
理科室に描かれた魔法陣。
光を放つ床に目を瞑る器用さんと頑張り屋さん。
目を開いてみればそこは異世界だった!
魔法のある世界で赤ちゃん並みの魔力を持つ二人は武器を作る。
あれ?武器作りって楽しいんじゃない?
武器を作って素手で戦う器用さんと、武器を振るって無双する頑張り屋さんの異世界生活。
なろうでも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる