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幼少 ―初めての王都―

第71話 繰り返される過ち

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 楽しい時間というのはあっという間に終わるものである。それは日本でも異世界であっても変わらない―――。
 出てくる食事《お子様ランチコース》に舌鼓を打ち、待ち時間には会話を楽しむという一連の動作を飽きることなく何回も繰り返していたら最後の一品を食べ終えていた。

「…うぅ、苦しい」

 リア姉と俺、そして数名の従業員しかいない大きな部屋、その中央。品のある大きな椅子の上でぐでんと四肢を伸ばし何とか呟く。
 既におじい様、おばあ様、ロドヴィコおじ様の王族3名はこの場にいない。王族というのはやはり多忙なようで食事が終わるなりすぐに出て行ってしまったからだ。
 第一、いたらこんな格好しない。

(あぁ、食いすぎた……)

 ハッツェンの言うことを聞いておいてよかったと心底思うよ。第三騎士団に向かう前のあの時、お菓子を摘まむのをやめるのがあと少し遅かったら口の中に魔法時計の『異空間収納』を指定して、口に運んだ料理を――――――

「っ……!……っぶな…」
「アル、大丈夫?」

 完全なる自業自得で発生させた吐き気を何とか抑えていると隣で食後の紅茶を嗜んでいたリア姉に心配される。

「…もちろん」
「食べ過ぎた?」
「…はい」
「なら少しの間、ここで休ませてもらいましょう」
「…うん」

(あぁ、リア姉のやさしさが染みるぜ)

 従業員を呼んで、「ここの紅茶は美味しいわね。もう一杯くださる?」と俺が回復するまでの時間を稼いでくれているリア姉を見ながら思う。天使ですか?と。

 そして10数分後。リア姉が3杯目の紅茶を完飲したところで俺の体は多少の自由が利くようになっていた。

(うん、これなら歩けそうだ)

「リア姉、ありがとう。もう大丈夫そう」
「そう、よかったわ。行きましょうか」

 若干前傾姿勢になりながらも部屋を出て、長い廊下を従業員に連れられて出口へと向かう。
 従業員の歩くスピードが行きよりも一段階遅いことに恥ずかしさを感じながらも無事、馬車が待つところまで歩くことができた。

「とても有意義な時間を過ごさせてもらった。機会があればまた来るよ」
「ありがとうございます。またのご来店、従業員一同心よりお待ち申し上げております」

 店のオーナーらしき人に挨拶した後、リア姉が馬車に乗り込むのを待ってから乗り込み、馬車が発進するまでは何とかだらけるのを堪える。

「アグニータ、出発して頂戴」
「畏まりました、お嬢様―――出してください」

 ガタンッ

「ふ~~」

 従業員たちに見送られながら馬車が出発し、少しして店が見えなくなったところで俺はようやく身も心もだらけることができた。

 しかし、言わねばならないことがあるので口だけは動かす。

「アグニータ、王都北側上位区に向かう前に西の中位区に向かわせるようにしてくれ。用事を思い出した」

「畏まりました。帰りはいつごろになりますでしょうか」

「話が早くて助かるよ。ん~っと、19時ごろで頼む。それとリア姉、ごめんね。急に進路変更させて」

「かまわないわ。その代わり気を付けるのよ?」

「うん」

「―――では、17時ごろに迎えの者を出すようにしておきますので」

「ありがとう。あ、ハッツェンとマリエルは付き合ってくれ」

「?はい、アル様」
「わかりました、若様」

(これで良し)

 アグニータが出発時と同じように御者に指示しているのを見ながら、今度こそは全身から力を抜いた。


 ◇◇◇


「アルテュール様、何をされるおつもりなのですか?」
「服屋で服を買うおつもり」
「えっと…」
「若様、ハッツェンが聞いているのはそのようなことではありません」
「……わかってるよ」

 中位区に着き馬車から降りた俺とハッツェン、マリエルは今、服屋目指して歩いている。
 その道中、ハッツェンの何のためにどこで、どのようなことをするのか、という質問にふざけて答えたら叱られてしまった。

 満腹状態であれ以降しゃべる気力がなくなった俺はなぜ中位区に突然行くようにしたかを説明せずにいた。なので当然の報いである。

 満腹状態から少し回復して喋ることが辛くなくなったのでそろそろ説明するとしよう。何のために中位区に来たのか、そしてなぜ服屋に向かっているのかを。

「二人とも王宮での約束を覚えているかい?」

 俺の藪から棒発言に二人は当然、黙りこくる。
 俺としてもここで覚えてますと言われるなんて考えていない。なんなら言い出しっぺの俺でさえ先ほどの昼食会で偶然思い出したくらいだ。

 しかし、少ししてからマリエルだけはあぁ、と納得したような顔をした。

「…覚えていらっしゃったのですか」
「もちろん」

 驚いたような、感心したような表情で俺にそう言ってくるマリエルに俺は動揺を隠すため当ったり前じゃーん、とドヤ顔をする。
しかし、この状況ちとまずい。

 こうなってくると焦るのは一人状況を理解できていないハッツェンだ。
 外だからあまり動揺しないように、しかし必死に王宮での出来事を思い出そうとしている。
 ただ残念なことに王宮での出来事と言えば彼女の頭に浮かぶものはただ一つ、エミリオナンパ事件のことだけ、やらかしてしまった自分のことだけだろう。
 ほかの記憶を消し飛ばすくらいには大きな出来事だったから仕方ない。あれさえなければ絶対に彼女は覚えている。というか覚えているマリエルのほうがおかしい。

 時間が過ぎるのと共に俺《主》との約束を思い出せないことへの焦りと過去の自分の行為に対する後悔で顔色が悪くなっていく。

(まずい…)

 まさかマリエルが覚えているなんて本当に思いもしなかったのだ。しかしマリエルが覚えていた以上、最初にした俺の質問は悪手でしかない。

「そう!王宮でおじい様と個人的な対面をする前に「今度3人で一緒に楽しんでもいいところに行こう」って言ったんだ。約束というよりかは俺の冗談に聞こえてしまったか!ははっ、それなら仕方ない。気にするなハッツェン」
「…申し訳ございません」
「…おぅ」

 俺は慌てて泥船にしか見えない助け舟を出すが、当然即沈没。だって本当に泥船だから。
 マリエルにあ~ぁという目で見られる。

(…お前のせいだぞ)

 ハッツェンに「気にするな」と言いながら完全なる濡れ衣をマリエルに心の中で着せていると適当な服屋を見つけたのでそこに入店する。

 カランカラン

「いらっしゃいませ~」

 客の入店を知らせるベルが鳴り、少しの間をおいて店の従業員が出迎える。

 中位区といえどもさすが王都の服屋。王族との食事会に参加できる服装の俺を見ても一切、いや笑顔が若干引き攣っているか。だが取り乱してはいない。
 これが下位区、王都以外の都市の中位区となってくると緊張で声が出ない、または土下座じみた行為をするようになる。

「中位区に出入りできる庶民が着るような衣服を見繕ってほしい」
「?畏まりました。そちらの椅子にお掛けになってお待ち下さい」

 俺の発言にクエスチョンマークを浮かべながらも従業員は店内の服を探し始めた。
 その間の待ち時間、黙っているのは良くないと思い、どうして服屋に寄ったのかを二人に説明する。

「服屋に入ったのは、周りの目を気にせず3人で一緒に楽しむためだ。そのためには俺が今着ている服はもちろん不要だし、お前たちが来ている侍女の服も不要。目立ってしょうがないからな」

 するとマリエルが「なるほど、そのようなお考えを…」と言ったのち、いまだ元気のないハッツェンのほうを向き小さな声で話しかけた。

「―――ハッツェン、若様のお言葉を聞いたでしょう?ならば今あなたがするべきことは謝罪ではなく感謝であるはずよ。それにあれは若様が悪いわ。あなたが気にすることではないの」

(おいコラ)

 しれっと最後に俺をディスったマリエルだが、言っていることは間違っていない。それに何よりハッツェンを励まそうとしているようなので黙って見守る。

「でも…」

「ハッツェン、あなたが悲しむと若様も悲しむわ。それでいいの?」

「それは……ダメです」

「でしょ?なら切り替えなさい」

「そうですね……ありがとうマリエル。…でもアル様は何も悪くありません」

「…はいはい」

 いつの間にこの二人はこんな仲良くなったのだろうか。
 ただそれは今さほど重要なことではない。重要なのはハッツェンが元気になったか否かだ。
 ハッツェンの顔を見る。

(ふぅ、よかった)

 マリエルとの話し合いが終わったハッツェンの顔色は変わっていた。もちろんいい方向、いつもの彼女の顔にだ。

「あ~、なんだかハッツェンにまた服を買ってあげたい気分になった…あとマリエルにも同じように服を買ってやる」
「ありがとうございます。アルテュール様」
「ありがとうございます、若様」
「おう」

 ハッツェンにはお詫びの印に、マリエルには感謝の意を込めて服をプレゼントしよう。

(どうせ今の服からは着替えてもらう予定だったからな、丁度いい)

 そう考えると俺はまた別に品を用意したほうがいいんじゃないかと思うようになったが嬉しそうな二人の顔を見てまあいいか、となった。クズである。

「お客様、お待たせいたしました。こちらの衣服などはいかがでしょうか」

 そうこうしているうちに従業員が戻ってきた。その腕には服一式がかけられている。

(うん、まぁいいだろう)

 服をパッと見てそう判断した。
 もしかしたら俺の要望より身分に重きを置いて市井の者が着る服よりもワンランク高い服を持ってくる可能性があったのでとりあえず一安心だ。二度手間にならずに済んだ。

「ああ、それでいい」
「っ――お買い上げありがとうございます」

 俺がそう言うと従業員は肩の力を抜く。
 見るからに安堵していた。
 ただこれだけじゃ買い物は終わらない。
 もう少し頑張ってもらおう。

「それと私の後ろにいる二人に服を贈りたいのだが」
「…ご希望などはございますでしょうか」
「そうだな……あっ…」

 えっ、まだあるの…とうっかり返答の間を空けてしまった従業員を放っておいて一人、とんでもないことに気づいてしまった俺は考える。

(やっちまった…何やってんだ俺)

 ついついハッツェンとマリエルに服をプレゼントしようなどと言ってしまったが、女性に服を買ってあげるという行為の恐ろしさをこの前、身をもって知ったばかりなのに…。
 そう、王都二日目に寄った服屋で聞かれた「アル様、これとこれどちらがいいと思いますか?」―――俺は同じ過ちを繰り返そうとしているのだ。
 しかも、今回は二人もいる。
 難易度は二倍ではない。二乗だ。

 自分の軽はずみな行動を後悔しながらも必死に何か解決策はないかと唸りながら考える。

(…あ)

 そこで俺は閃いた。

 何も俺が選ぶ必要はないのではないか、と。
 俺が選ぶなんて言っていないのではないか、と。

 いや、俺が選ぶことに意味があるんじゃないか、と頭の片隅でつぶやくもう一人の自分を自分が無視する。

「二人は見ての通り容姿が優れているから服を華やかにする必要はない。むしろ二人の美しさを際立てるような、それでいて市井の標準を上回らないような―――そんな服をくれ」
「畏まりました。お掛けになってお待ちください」

 従業員が先ほど同様、服を探すためこの場を離れていく。二着だからその分時間もかかるだろう。

(さてと……)

 だから俺はこの待ち時間で無心で居続けなければならない。

((((((そこまでわかっているのなら自分で選びなさいよ))))))

 ―――店中の女性を敵に回したから…。
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