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幼少 ―初めての王都―

第56話 王太子殿下

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 出迎えの準備といってもこれと言った準備はない。やることがあるのだとすれば会話と食事をやめ改めて身なりを整えただ静かに待つだけだ。
 隣でネクタイを締めるようにして首元にあるふぁっふぁした白いやつを微調整している父上と髪を整えているリア姉を見習い、無意味に首元を触ったり無意味にうなじあたりを触って準備していますよ感を出す。
 さわさわ、さわさわ。
 さわさわさわさわ。
(まだかな…?)
 っぽい雰囲気づくりに勤しみ丁度飽きてきた頃、ルッツさんが再び声をあげるために息を吸い込んでいる姿が見えた。

「国王陛下並び王妃殿下、王太子殿下―――ご入場でござます」
「―――――!」

 ルッツさんの声と同時に一つ上の階から途轍もない圧力、存在感を感じる。
 謁見の間で感じたものあの圧に近い。おじい様が出どころというわけだ。
 先ほど俺が降りてきた階段を今度は王族の3名が降りてくるのが見える。
 会場中の人々がおじい様圧の出処を注視するなか俺は興味の対象をおじい様から王太子ロドヴィコ様に変える。

(あの方が母上の唯一の同腹の兄弟か…)

 謁見の間でその存在を確認することはできたのだが、あの時は圧に充てられて容貌を見ることができなかった。
 今年で40になると聞いていたのだが20代と言われても違和感がないくらいに若く見える。おじい様は年齢通りの見た目であるからしてこれはおばあ様からの遺伝か?
 となると母上にも俺にもその可能性があるということか。ラッキーだぜ。

 階段を降り終えた三名は舞台上に上がってゆく。王族とはこの国の頂点に君臨する一族のことを指す。公の場で対等な目線で話すことなど許されない。

「アルトアイゼン王国第21代国王フリードリヒ7世である。まずは開催地の急遽変更にもかかわらずこのような素晴らしき会を開いたヴァンティエール辺境伯及びその家臣たちを余は称賛したい。またそなたたちが我が愛しき孫たちを祝うため王国各地よりアイゼンベルクに集まったことを余は大変うれしく思う。―――」

 おじい様の声が会場中に響く。
 魔法は使われていないはずなのに耳元で話されているかのようだ。

 初めに名乗りをし開催地の急遽変更にかかった手間を労った後少々のお話が。
 その内容は直前の時間変更に関することだった。
 どうやら御前会議が前倒しになってしまったらしい。なので出席するためには時間を少々早めなければならなかったのだとか…。そしておじい様だけは挨拶が終わり次第王城へ戻らなければならないのだとか…。
 恐らくおばあ様がこの言い訳を考えたのだろう。御前会議ならば仕方ないとこちら側はあきらめがつくし、俺とリア姉と話せなくすることでおじい様への罰にもなる。なかなかに策士だ。

「―――オレリア、アルテュールよ。余はそなたらの輝かしい未来を願っている。励め」

 おじい様が俺とリア姉に目を合わせながら挨拶を締めくくった。
 完璧なまでの自業自得なのだが、このまま王城へ帰るのはあまりにも可哀そうだ。
 そう思った俺はおじい様の最後の言葉に対して大きく返事をする。

「「はい!」」

 そして何故かハモった。

 横を見ると顔を少し赤くしたリア姉が。俺と同じこと思い同じ行動をとったらしい。

 どこからか生暖かい視線が俺たちに降り注ぐ中、おじい様がマントを翻して退場する。

 ここからでは遠くてよく見えないがおじい様は笑っている気がした。


◇◇◇


「オレリア、アルテュールおめでとう。あなた達がここまで無事に大きく成長したことをわたくしはとても嬉しく思います」

 おじい様が会場から早々に退場した後、俺とリア姉は王妃殿下と王太子殿下に挨拶しに行っていた。普通王族への挨拶は身分が高い順になっているのだが一応この会の主役なので身分に関係なく挨拶のトップバッターを務めている。
 なので今まさにおばあ様からお祝いの言葉を受け取っている俺とリア姉の後ろ、会話内容が聞こえるか聞こえないくらいの近さで公爵家の御仁が待機していた。俺たちの次に挨拶をするためだ。

(気が散るんでどこか遠くへ行ってほしい…)

 不敬なことを考えながらもおばあ様とリア姉の会話はしっかりと聞いている。聞き逃せばそれ以上に不敬だからな。

「オレリア、貴女は以前に増して美しくなりましたね。女は美貌が武器です。磨き続けなさい」
「はい」

 10歳に何を教えているんだと言いたくなるがこれは本当のことなのだ。
 恋愛結婚が極少数、絶滅危惧種の貴族世界では残念なことに中身よりも外見が重要視される。女性は特にだ。
 ばあちゃんのような例外は存在するが、前時代的な家父長制が主流となっているこの世界では基本的に男は仕事に女は家庭にという傾向が強い。
 女性が当主を務めている上位貴族家がエルさんのところしかないのもいい例だ。
 故に貴族の女性に求められるものというのは賢さよりも夫を華やかに飾り付ける美貌なのだ。

 ただ俺の周りの女性は全員化け物じみて賢く、強いので全くピンとこない。
 勿論それは姉上にも当てはまる。おばあ様はそれも承知の上で言っていることだろう。それほどまでに外見は大事なのだ。

 リア姉の頼もしい返事を聞き満足げなおばあ様は話をすぐに切り上げて俺の方を向く。後が控えているため時間がない。

「よろしい―――アルテュール、例の一件はうまくまとめられたようですね。その調子で頑張りなさい。ただ、頑張り過ぎるのもいけませんよ?何か辛いことがあればいつでもわたくしやアデリナを頼りなさい。あなたはまだ幼いのですから」

 例の一件とはハッツェンの処遇についてである。大っぴらに公表していないが王家ほどであれば些細な情報でも入ってくる。
 おばあ様にお墨付きを貰えたのであれば一安心だ。たとえ不評を買っていたとしてもハッツェンの処遇は変えないけど―――。
 あとおばあ様にもっと甘えてもいいらしい。おじい様や父上にいじめられた時はぜひその胸に飛び込ませてもらおう。

「はい、心に刻んでおきます」

 なるべく頼もしく聞こえるように返事をする。

「よろしい」

 その言葉を最後におばあ様は口を閉ざし、今度は王太子殿下が口を開く。

「久しいなオレリア、そして初めましてだアルテュール。私はロドヴィコ・メアレ・ネフェン・ディア―ク=アイゼンブルクという。知っていると思うが君の母アデリナと同じ血を分けた兄だ。会えたことをうれしく思う」

 第一印象が大切だ。しっかり挨拶しよう―――

「初めましてアルテュール・エデル・ヴァンティエール=スレクトゥと申します。本日は―――」
「私も陛下や王妃殿下に向ける親しみのある口調で頼む」

 ―――と意気込んで挨拶したのだが途中で止められ、もっとフランクにと頼まれた。
 こちらとしては問題ないので、すぐに訂正しよう。おじい様とおばあ様という前例があるのですぐに慣れそうだ。

「―――分かりました」

 俺の返事に満足がいった王太子殿下は大きく頷き「呼び方はおじ様で頼む。」と追加注文してきたので「分かりましたおじ様」と答えた。親にそっくりだな。
 時間がないのですぐ会話に入る。

「うむ、聞くところによればお二人に頼みごとをしたというではないか。私にもしてくれぬか?」

 いや、マジでそっくりだな。理由がほぼおばあ様と同じだ。

「いいのですか?」

 一応の確認を挟む。

「遠慮はいらん。」

 すぐに返ってきた。

「ではお言葉に甘えまして‥‥‥」と言ったところであれ?と止まる。

(…何お願いしよう。)

 会話の流れがおじい様おばあ様の時と酷似していたので流れに身を任せてしまった。困ったぞ。
 いやぁ、やっぱりなしで。と断るのは当然なしだ。
 ―――礼儀的にもそしておじ様のメンタル的にも。

 あのおじい様の子供なのだ。外では全く表情に出さず、家に帰ってからさめざめと泣くタイプの可能性が大いにある。
 おじい様とおばあ様にはヴァサア流格闘術の講師と魔法の講師という人材を頼んだ。
 普通に考えれば同じ人材という枠組みから選ぶのだろうが今のところぱっと浮かぶような欲しい人材はいない。欲しけりゃ自分で探す。
 勉強の先生でもいいのだがそれは既に父上が用意してくれているだろう。魔法の講師は例外だったのだ。

(マジでどうしよう…)

 俺が沈黙してから数秒から十数秒が経ち、隣のリア姉が心配そうに俺を見つめる中、いよいよすんません、やっぱりないです。というのも一つの選択肢じゃないのか?と思い始めた時だった。

 ―――初めて王都の門を潜り抜けた直後に見たロマンが脳内という大空を駆け抜ける。

「あ、」

 思いついた…。

「思いついたか?」

 沈黙した俺を待っていてくれたおじ様に感謝だ。今度から流れに乗って会話しないようにしよう。

「はい、お待たせしてしまい申し訳ないです。」
「よい―――して、何を望む」



「―――騎竜を間近で見てみたいです」

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