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幼少 ―初めての王都―

第55話 一室にて

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  アイゼンベルク城内には今代の国王フリードリヒ7世――すなわちクローヴィスが設けた部屋が存在する。
 その部屋は血で血を洗う後継者争いを経験したクローヴィスが家族同士仲良くと願いを込めてつくったもので王族の憩いの場となっていた。

 ―――アルテュールがマリエルに指示を出して誕生会の準備を急ピッチで進めている頃そこに3人の王族の姿が…

「あなた様、これで何度目ですか?」
「むぅ…」
「‥‥‥」

 ソファに座り何度目になるか分からない予定変更を独断で行った夫に対して静かに怒《いか》るイアマとその対面でソファに座りながら唸るクローヴィス、そして触らぬ神《イアマ》に祟りなしと少し離れた椅子に座り沈黙を貫く王太子――ロドヴィコだ。

 ロドヴィコはアルテュールの母アデリナの唯一の同腹の兄弟であり、次期アルトアイゼン王国国王でもある。
 今年で40歳と王太と呼ばれるには少し年齢をとり過ぎているのかもしれないがこれは致し方ないことだ。
 現在進行形で妻に叱咤を受けている今代の国王――クローヴィスは稀代の賢王と呼ばれており民からも慕われているため、在位が長引きなかなか世代交代が起こらないのだ。クローヴィスの場合、今のロドヴィコくらいの年齢の時は既に賢王として君臨していた。
 しかしロドヴィコ自身はそのことにヤキモキすることなく着実に王としての器を成長させていっている。普通ならば王太子時代が長すぎるがゆえに妙に擦れて歪んだ中年が誕生しているところなのだが彼は違った。

 ロドヴィコは20代後半とサバを読んでも違和感がない母親譲りの若々しい顔を実の父クローヴィスの方へ少し向け心の中で嘆く。

(これさえなければ父上は完璧なのだがな…)

 これとは当然クローヴィスの爺馬鹿なところのことだ。
 ただ心の中で嘆きはするものの直接クローヴィスには言わない。既にあれは不治の病気だと割り切っていた。

 ロドヴィコは後ろで束ねている父親譲りのくすんだ黄金の髪を撫でながら、もう一方の手でポケットから懐中時計を取り出し現在の時刻を確認する。

(はぁ、私がまた二人の間に入らなければならないのか…)

 いくら国王でも約束の時間は守らなくてはならない。ましてや今回はその国王自身が予定時刻を早めたのだ、遅刻などあってはならない。
 今もなおクローヴィスに淡々と言葉のナイフを刺し続けているイアマも刺され続けているクローヴィスも時刻を把握しているはずなのだが口論の嵐は止みそうになかった。

 いつものようにロドヴィコが仲介するのを両者とも待っていたからだ。

(仕方あるまい…)

 ロドヴィコは一度目を瞑り、開く。―――蒼い瞳は覚悟の色に染まっていた。そして暴風吹き荒れる嵐の中に突っ込んでいく。


 ◇◇◇


「そろそろかねぇ…」

 絶賛パーティ中のヴァンティエール辺境伯家王都別邸、その中のとある一室―――椅子に座り片手に紙束、片手にティーカップ姿のフリーダがひとり呟く。服装はいつもより豪華だ。

 そんな彼女は今、無属性の第一位階魔法『探索《サーチ》』を使いながら今年度分の王立魔導学園の卒業論文に目を通すという器用なことをしていた。
 先ほどの独り言は王城からずっと感知していた膨大な3つの魔力がいよいよ近づいてきたことから出たものだ。

(はぁ、面倒な役回りを私に押し付けたねベルトラン)

 フリーダは既に冷えきった紅茶で喉を潤した後、論文を金庫にしまい部屋を出て図書館にて勉強をしていたミラを連行。二人で玄関に向かう。

 夕方と呼ぶにはまだ少し早い空の下、遠くの方から一際目立つ馬車がやってくるのが二人にはわかった。
 近づくにつれ馬車に施された細かい装飾が見えてくる。その中には王家の紋章である『黒狼』の装飾が。

 ―――フリーダがベルトランにお願いされたのは王族のお出迎え及びパーティ会場への案内だった。

「先生…恨みますよ…」

 獣人族とエルフ族の混血であるミラは視力の良さから玄関から出てすぐに馬車の『黒狼』が見えていたらしく、自分が嵌められたことに気づくと恩師であるフリーダに呪詛を吐く。
 何をするのか教えてもらえずに王立魔導学園の次席の証である純白のローブだけを着せられてここまで連行されてきたのだ。ご愁傷様である。

「王族と会える機会なんて滅多なことがない限り巡ってこないんだ、何事も経験さ」

 恨みの矛先であるフリーダは気にしていなかった。

 王族と会う直前とは思えないような緩い雰囲気は馬車が二人の目の前に到着するまで続いたが、ガチャっという馬車の扉が開く音で変わる。

「お久しぶりでございます、陛下。お出迎えに上がりました」
「ご苦労」

 フリーダが公向けの口調で手短に挨拶するとそれに応えクローヴィスが威厳の籠りまくった声で労いの言葉をかける。
 ただ、ねぎらいの後の言葉はなかった。
 いつもであればここからほんの少しではあるが世間話をするのだがそれがない。

(何か変だねぇ、イアマに何か言われたのかね)

 ルーリーが泣きじゃくっていた時にはうまく働いていなかった持ち前の勘の良さが仕事をする。
 フリーダはイアマの方を見た。
 息子の嫁であるアデリナと非常によく似たイアマの顔はぱっと見いつも通りだがイアマをよく知るフリーダはその顔に不機嫌な色が混じっているのに気が付く。

(どうやら当たっているみたいだね。原因は陛下の暴走、と)

 フリーダの予想は大正解だった。

 クローヴィスは必要最低限の言葉しか発してはならないと王城のあの一室でイアマに言われていたのだ。そしてこの制約はロドヴィコがイアマに差し出した落し所でもある。優秀なロドヴィコでも完全な非がクローヴィスにある状態で喧嘩を両者引き分けにすることはできなかったためだ。

「ご案内いたします」

 フリーダの言葉をきっかけに5人はパーティ会場に向かってゆく。
 ミラは必死に影を薄くしていた。


 ◇◇◇


 ヴァンティエール辺境伯家王都別邸は王城と比べれば小さいが、王城を比較対象に持ってこれるほどには―――どこぞの5歳児が何度も間違えるくらいには広い。
 パーティ会場までの道のりがそこそこあるわけだ。

「その娘は王宮に仕える予定なのか?」

 パーティ会場へ移動する途中、ロドヴィコは馬車を降りた時から気になっていたミラのことについて少し前を歩くフリーダに質問する。

「いや、ヴァンティエール辺境伯家に仕える予定さ」

 屋敷内という準プライベート空間に入った際、王妃に「いつも通りの口調で」と言われたフリーダの口調はいつも通りに戻っていた。
 ミラは自分のことが話のテーマになったこととあまりにも不敬なフリーダの口調に内心冷や汗ものだが、自分は話さなくていいしロドヴィコが気にした様子もなかったので我関せずとフリーダの横を歩く。

「では何故に今、フリーダ殿の付き添いをしているのだ」

 ロドヴィコはフリーダの返答の意図が読めなかった。
 王族の覚えをめでたくするために貴族が王族と会う際、自身の子息や優秀な人材を一人自分の傍らに付けることはそう珍しくない。
 ロドヴィコはミラをそういった類の人物だと思っていたのだ。
 しかし、フリーダから出た言葉は真逆のもの。
 では何故…。ロドヴィコの疑問は当然だった。

 そんなロドヴィコの内心が手に取るように分かるフリーダはいたずらな笑みを浮かべた。ミラは知ーらね、としている。

「なに、この子の後学のためにさ。それに王族の方々をお迎えに上がるのに婆一人では花がないだろう?」

 王族の覚えをめでたくするのではなく上手く活用するというまさかの返答。ほとんど意味のない後半の王族フォローにロドヴィコは苦笑いだ。

「流石はフリーダ殿だ。王国広しと謂えどここまで肝の据わった者は見たことがない」
「褒めてくれるのかい?光栄だねぇ」

 ケラケラと笑うフリーダ。ロドヴィコの皮肉は全く効いていないようだ。
 これ以上の会話は無意味だと悟ったロドヴィコは会話の内容を変える。

「アルテュールはどのような子供なのだ。アデリナの子であるからして優秀なのは違いないのだろうが、やはり気になってな」

 サラッと妹のアデリナを褒めたロドヴィコは当然アルテュールと会ったことがない。この質問は純粋な興味からだ。

「そうさねぇ、。これが一番アルに似合った言葉だろうねぇ」

アルテュールは貴族らしくない―――。

 アルテュールが聞けば「そりゃそうだろ、中身庶民だもの」というのだろうが、生憎神様と本人しかそのことを知らないため他者の目にはアルテュールは貴族らしくない子供と映る。
 非常に鋭い勘を持ったフリーダも流石にアルテュールが転生者であるとは思っていないようだ。

 フリーダの興味深い返答にロドヴィコは唸る。

「なるほど、貴族らしくない…か。随分と面白い子のようだ」
「会った時のお楽しみさ」
「はは、違いない」

 そこで会話が切れる。2階の控室に着いたからだ。

「私はこれにて失礼いたします」

 口調を直したフリーダがミラと共に下がるとともに1階の会場から「国王陛下並び王妃殿下、王太子殿下―――ご入場でござます」と張りのあるルッツの声が届く。

 ――瞬間イアマの言いつけを守り今まで一言も喋らなかったクローヴィスが王の威光を放出した。

 ロドヴィコでさえ一瞬呼吸することを忘れてしまうような圧倒的なまでの圧力。
 ただ、ロドヴィコには制約を与えられたクローヴィスが「おじいちゃんはここにいるぞーーー!!」と孫に存在感を振りまいアピールしているようにしか見えなかった。

(父上、母上に後で怒られても私はもう仲介しませんからね…)

 王城で巻き起こったような嵐に日に二度も突っ込んでいくのはごめんだ、とロドヴィコはさぞお冠に違いないイアマを恐る恐るを見る。


 ―――しかし、そこにあったのはどんな炎よりも熱い視線を父親に向けていた母親の姿だった。

「‥‥‥」

(‥‥‥アルテュールはどのような子なのだろうか、楽しみだ)

 ロドヴィコは考えることをやめ、存在感を振りまき続ける国王《父親》といつの間にかいつも通りに戻っていた王妃《母親》の後ろに続いて拍手喝采に包まれながらパーティ会場へ続く階段を下りてゆく。
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