上 下
41 / 76
幼少 ―初めての王都―

第41話 本物の貴族

しおりを挟む
 ―――この世界の名前の数には意味が込められている。
 簡単に言えば王族は3つ、貴族は2つ、平民は1つと名前の数でその人の階級を示すようになっているのだ。
 例えば、我らが父上は貴族なので名前は二つ
 ベルトラン・カーリー・フォン・ヴァンティエール=スレクトゥ
 名前に当たるのはベルトラン・カーリーの二つ、フォンは貴族家の当主である証、ヴァンティエールは家名で、スレクトゥは治めている領地の中心の名前。これは一定以上の都市じゃないとつかない。
 例えば北方連盟の一つであるハイマート子爵は領都がハイマーラントだけど家名の後には付いたりしない。悲しいかな都市とは言えないほどの規模だからだ。
 なので、家名の後ろに自都市の名前が付くことは一種のステータスになっている。

 次に王族―――
 国王陛下を例に出そう。かの御仁は当然王族なので名前が3つ。
 クローヴィス・エディング・アダルフォ・シュヴァルツ=ヴォルフ=ディアーク=アイゼンベルク
 名前に当たるのはクローヴィス・エディング・アダルフォの3つ。シュヴァルツ=ヴォルフが国王である証(貴族でいうフォン)、ディアークが家名、アイゼンベルクが治めている領地の中心の名前。
 ―――うん、長い。超~長い
 ちなみに我らが母上も王族なので名前が3つある。
 アデリナ・イルーゼ・アンナ・ヴァンティエール=スレクトゥ
 今はヴァンティエール家に嫁いでいるので家名はヴァンティエールだ。当主ではないのでフォンはつかないし、国王でもないためシュヴァルツ=ヴォルフもない。

 最後に平民、名前は一つだ。
 例えばグンター、彼の正式な名前はグンター・ヴァイゼンハオスだ。グンターの後についているのは名前ではないし家名でもない。
 グンターという名前はアルトアイゼン王国では珍しくない。ヴァイゼンハオス(孤児院の)と名前の後に付けることで「孤児院のグンター」となりグンター界でも識別することが容易になる。だから、イーヴォもルーリーも領地に残っている子供たちも名前の後ろに「ヴァイゼンハオス」が付いている。
 最後の一年は最悪のものだったがそれ以前の孤児院はまともで楽しかったらしいし、何より家族の証になる。「俺が変えなくてもいいのか?」と聞いたが「このままでお願いします」と言われた。
 本人たちが望むのならそのままでいいだろう。【ヴァイゼンハオス】ってかっこいいしな・・・。

 長々と話したが、ここまでくると「じゃあ俺《アルテュール》は?」という当然の疑問にたどり着くことだろう。
 今までの俺はアルテュール・ヴァンティエール=セレクトゥ、名前は一つ。
 この世界には回復魔法という超常現象があるがそれ故に医療技術が未発達であるし、戦争や魔物、野盗なども数多存在しているため一人一人の命が軽い。
 これは貴族も例外ではない。幼少期に死んでしまう子供もそれなりにいるのだ。なので国土が広いアルトアイゼン王国内では生まれたばかりの子供をいちいち貴族として陛下が認めていると手間がかかるという理由から7歳の貴族の子弟が全国から集まる適正の儀にてまとめて陛下が認める。これをもって貴族(仮)から本物の貴族となるのだ。
 厳密に言えば俺は平民《貴族(仮)》だったということになる。
 ヴァンティエールという家名があったから貴族に準じた扱いを受けていただけであって俺自身は平民と何ら変わらない。エミリオが強気なのも俺が本当の意味での貴族にはなっていないと踏んでのことだろう。
 しかし例外は存在する。その例外とは国王陛下に謁見したことがある者だ。
 適正の儀や代替わりの挨拶のような特例を除くと陛下に謁見できる者は身分が相当に高いか、それに見合う功績を残したかのどちらかになる。
 俺の場合は陛下が会いたいと思ったからというこれまた特例ではあるが、謁見したという事実は変わらない。
 なので、あの時俺はアルテュール・ヴァンティエール=セレクトゥと名乗ったがこれ以降は貴族の証である二つ目の名を名乗ることを許されるため貴族に準じた存在ではなく、本物の貴族と同じ扱いを受ける。
 完全な棚ぼたではあるが、なったのだ。7歳に満たない年齢で本物の貴族になるという例外に。

「――俺はアルテュール・・ヴァンティエール=スレクトゥだ。この二人は俺のお付きなんだ。手を出すのなら他の者にしろ。」

 騙しうちみたいになってしまったが仕方ない、俺がチビだからといって突っかかってきたエミリオが悪い。

 そのエミリオはというと驚きの表情をすぐに元のへらへらとした顔に戻している。

「あぁ、君が噂に聞くヴァンティエールの長男か・・・。いや、これは失礼したね、名乗ってくれないから気づかなかったよ。」

 自分は女性に声を掛けただけでヴァンティエールに喧嘩を売っているわけではない。むしろ俺の存在に気づかずにいた自分≪エミリオ≫を認識していたのであれば、先にそちらが名乗っていないとダメじゃないか、同じ身分なんだから・・・。と言いたいわけだ。
 まぁ通用しないことはない。この一瞬でよく思いついたものだ。ただ、こちらも言い返さないとその言い分を認めたことになってしまう、俺の方が悪いということになってしまう。

「敢えて俺の存在を無視していたのはそちらでは?礼を払わない者に払う礼などない。俺は確かにあなたと目が合ったはずだ。にもかかわらず口説いていた。どちらが無作法かは決まり切っている。」

 あくまでも俺は礼節を重んじようとした。しかしその礼節を軽んじたのはエミリオ、お前だ。
 エミリオがまた言い返そうとしてくるが、かぶせるようにして決着をつけべく言葉を続ける。
 少し長い間を取っただけだ、エミリオの会話を遮ったりしていない。

「―――ただここで口論しても仕方ない。それに今は国王陛下をお待たせしてしまっている。どいてくれないか?」
「―――!」

 国王陛下を待たせている。さすがにこれには反論できなかったようで口に出しかけた言葉を強引に飲み込むそぶりを見せるエミリオ。
 反論すること、それ即ち国王陛下をお待たせすることを良しとしてしまうからだ。

 ―――邪魔だ、退け。

 目線でエミリオに伝える。

 エミリオはへらへらして「それはいけませんね。」と言い、道を譲っているがぎこちない。
 その顔が挙動が。

「覚えておけよ、、、」

 すれ違いざまにエミリオは俺に対してそう呟く。

「―――仮面はがれてんぞ」

 その顔は既にへらへらとしたものではなく屈辱の色で染まっていた。


 当事者たちからしてみればこれ以上の面倒を嫌った俺が争いを避けた形だが、傍から見ればヴァンティエール家に道を譲るリミタ家に見えることだろう。

(ふ~、何とかなったかな?流石に気持ちが浮つき過ぎていたな・・・。気を引き締めないと。)




「アル様、申し訳ございませんでした。」
 少ししてハッツェンが申し訳なさそうに謝ってきた。ぷりぷりモードのことを言っているのだろう、そのせいでエミリオに絡まれたのだと。

「別にいいよ。俺も一緒になって楽しんでいたしね。マリエルもごめんな、王宮案内にナンパに色々と。今度3人で一緒に楽しんでもいいところに行こう」
「「畏まりました。」」

 先ほどの反省を生かして二人とも気を引き締めたのか堅っ苦しい返事をするが、口角が少し上がっていた。喜んでくれて何よりだ。

「さあ、戻ろっか。そろそろ時間だと思うしね。」
「「畏まりました。」」

 どこか軽い足取りで三人が進む王宮の外は茜色に染まりかけていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

転生王子の異世界無双

海凪
ファンタジー
 幼い頃から病弱だった俺、柊 悠馬は、ある日神様のミスで死んでしまう。  特別に転生させてもらえることになったんだけど、神様に全部お任せしたら……  魔族とエルフのハーフっていう超ハイスペック王子、エミルとして生まれていた!  それに神様の祝福が凄すぎて俺、強すぎじゃない?どうやら世界に危機が訪れるらしいけど、チートを駆使して俺が救ってみせる!

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

若返ったおっさん、第2の人生は異世界無双

たまゆら
ファンタジー
事故で死んだネトゲ廃人のおっさん主人公が、ネトゲと酷似した異世界に転移。 ゲームの知識を活かして成り上がります。 圧倒的効率で金を稼ぎ、レベルを上げ、無双します。

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...