上 下
20 / 76
幼少 ―友達を求めて―

第20話 逃走劇

しおりを挟む
 ―――スレクトゥの自由区に居を構えている、とある孤児院。その中で、

(おかしい、ここは絶対に何かがおかしい)

 大柄な茶髪の少年――グンターはそう思っていた。
 
 グンターは今、少し開いた扉の向こうにいる大人二人を見ている。
 一人は自分たち面倒を見てくれているこの孤児院の院長ザイテという男。彼はいつも胡散臭い笑顔を浮かべている胡散臭い好々爺といった感じの男で一応清潔感はある。

 もう一人は服装が成金のような小太りな男だった。
 手にはいくつもの高級そうな指輪がついているが、お世辞にも品がいいとは思えない。またその体形や顔も醜く、豚のようだ。

 しかし、そんな二人にも共通点がある―――。

 それは両者ともが欲望に塗れた下種の顔をしていたということだ。


「―――は――――――か?」

 成金男が何か言っているが、肝心な内容が聞こえない。

「も―――――――ます。」

 ザイテがそれに答える。

(ここにいてはいけない気がする。あいつらに伝えなくては)

 グンターはその場を後にし、親友であるラヨスとルウのところへ予感を伝えに行く。

「グンターがそう思うなら、信じるよ。早くここを出よう」
「わたしもグンターを信じるわっ」
「・・・ありがとう。」

 ラヨスとルウが自分を信じていると言ってくれたことがグンターはうれしかった。

 3人はほかの小さな子供たちを起こして、いざという時に貯めていたわずかな食糧とわずかな着替えだけを持って孤児院を後にする。

 孤児院の警備はざるだった。


 ◇◇◇


 私はザイデという。1年前にこの孤児院の院長になった者だ。

 あと少しで大きな金が手に入る。ここにいるガキどもを売るのだ。

 そのために今、私の目の前にいる成金奴隷商人の豚にも笑顔で接している。

「1週間後までに準備は整いそうか?」

 (汚い、唾を飛ばしながらしゃべるな)

「もちろんでございます」

 しかし、私はいたって丁寧に返答する。
 私はできる男だからな。ここでこいつの心証を悪くしたところでいいことは一つもない。
「おお、それは何より。高値で売れそうなガキはいるか?」

 こいつは馬鹿なのだろうか。普通商品の下見くらい事前に済ませておくだろう。

「3人ほどございます。一人はルウという女子、今は薄汚れていますが磨けば光ります。二人目はグンターという男子、身体が大きく力が強い、なのに馬鹿ではない。三人目はラヨスという男子、容姿も悪くないですし、何より頭がいい。あなたの店で使ってみては?」

 いやな顔せず、すらすらと三人の子供《注目商品》の特徴を言う。やはり私はできる男だ。

 その後、段取りなどを話し合い、豚は帰っていった。

「ふふっ、一週間後が楽しみだ」

 夜が明け、空が白み始める。

「世界が私を祝福しているかのようだ……どれ、かわいい私の子供《商品》たちを見に行くとしよう。」

 検品は大切だ。機嫌よく、子供商品たちが寝て並んでいる部屋をのぞきに行く。


 ―――いなかった。


「っ―――!いない。―――子供商品たちがいないっ!」

 どこに行った奴ら、まさか感づいた?いいや私はできる男だ、そんなへまはしない。

 孤児院の中を探すがいない。くそっ・・・手間取らせやがって―――!

 孤児院の裏に行き、私が雇っているならず者たちを見つける。

「金は払う、この3人を見つけてほしい。すぐにだっ!」

 グンター、ルウ、ラヨスの似顔絵を渡して命じる

「ああ?随分と慌てた様子じゃねぇか、報酬は女にしてくれや。なんでもいいからよ」

「・・・わかった、早く捕まえてくれ。多少強引でも構わん」

「はいよ~――あ、そうだ。女たちはどこにいる?」
「地下室だ」
「うわ~陰湿。あんたもヤッてんの?」
「‥‥‥」
「ま、できる男の院長さんはヤんないか―――おーいお前らー行くぞー!ガキ狩りだ!報酬は女だとよー!」
「うへぇっ、マジか!」
「ちっ、昨日二発も打っちまった!くぅ~ついてねぇ~」

 そう言って、ならず者たちはゆっくりと歩いて行った。

 早くしろっ、と言いそうになるが我慢する。複数対一人だ、勝ち目はない。

「落ち着け、私はできる男だ‥‥‥。」


 ◇◇◇


 1週間前に孤児院から逃げ出したグンター達は今、いつも遊んでいた「秘密基地」に身を隠している。

 今日で食料が尽きた、随分ともった方だと思う。
 しかしこのままでは飢えてしまうのは自明だった。
 幸いなことにここセレクトゥにはスラムが存在しない。スラムとは低所得者や無所得者が住むところ一帯を指し、一定レベル以上の都市には必ず存在する。
 スラムは奪い、奪われが当たり前の世界、弱肉強食なのだ。子供でさえも徒党を組み、力強く生きている。だがここにはそういったスラムのようなものがない。そのため、いきなり襲われたりなどはしなかった。しかし、ならず者のような者はいる。
 ならず者とは高収入ではないが、最低限の生活ができるほどには金を持っているゴロツキのことだ。
 最近はそのならず者が近辺を周回しているため身動きが取れないでいた。

(判断を誤った)

 グンターはそう思わずにはいられない。逃げ出した直後にはいなかったのだ。そのままここに留まるのではなく、騎士団の詰め所に向かい、助けを求めればよかった。
 子供しかいない集団が助けを求めればここの兵たちは助けてくれただろう

 だが今はそれも叶わない。今もなお、うろうろと徘徊しているならず者たちは何かを探しているようだ。

(俺たちだろうな)

 その証拠に「お~い、出ておいで~、子供たちや~い」と言いながら歩いている馬鹿がすぐそばを通ている。明日のことを考えられるくらいの余裕は持っているやつらだ。捕まったら何されるか分かったもんじゃない。

 その時―――
「うわぁ~ん、あああぁぁぁ!」

 我慢できなくなってしまったのだろう一人の小さな子供が泣き出してしまう。

(まずい―――!)

 グンターは泣いてしまったこの口を急いで塞ぐ、しかしすでに手遅れであった。

「み~つけた♪」

 近くにいたならず者の眼と目が合うが慌てたりはしない。
 ならず者は5人おり、武器は鉄バールのようなもの。勝てそうにないことを悟る。
 ただそれでも慌てない。守らなければいけない者たちがいるから。

 強く決心し『秘密基地』から出る。

「お前ら、誰を探しているんだ?」

 グンターは思考する時間を稼ぐために、惚ける。

「ぎゃはは、わかっていてるよなぁそれ」
「可哀そうになぁ、あのナルシスト院長に追っかけまわされて」
「今ここで抵抗しても無駄だぜ?な?大人しくこっちに来いって」
「ま、その後には売られるんだけどな!」
「「「「「ぎゃはっははははははは!!!!!」」」」」

 思い思いの言葉を口に出し下品に笑うならず者たちは着実にこちらに近づいてきた。

(売られるだと!?抜け出して正解だったぜ…今捕まりそうだけどな)

 皮肉を考えることができるほどグンターは冷静だ。
 だからこそわかる、このままでは全員捕まる。

「二人とも小さな子供たちを連れて、『秘密通路』の中に隠れろ俺が時間を稼ぐ、タイミングを見計らって騎士団詰め所まで行ってくれ」

 後ろにいる親友2人にしか聞こえない声で呟く。

「無理だ」

 ラヨスが答える。

 聡明な彼はわかっていた、このままでは全員捕まると。
 彼はわかっていた、「秘密通路」に隠れても、しのげるのは一時的なものだと。
 彼はわかっていた、グンターが自分一人を生贄にしようとしていることを。

 幸い?なことに今ならず者たちが存在を認識しているのはグンターと泣いてしまった子供一人、と予測する。他の子供たちが何人いるか正確な数は掴まれていないはずだ。

(僕もグンターと一緒に戦うか?)
 悩むラヨス。
 じれったく思ったルウが「わたしもやるわっ」と『秘密基地』から出ようとしていた。

「待ってルウ」

(駄目だ、ルウ一人に小さい子たちを任せられない)

 ルウはグンターの覚悟に気づいていない。

「わかった、僕がこの子たちを「秘密通路」に隠す。それまでの時間を稼いでくれ」
「ラヨス、あなたビビったのっ!?」
「ルウちょっと黙っててくれ。グンター、頼んだぞ。」
「ああ」
「ルウ、君はそっちじゃない。こっちに来てくれ」

 状況が分からず、置いてきぼりにされるルウ。だが、そういうものなんだと自分を納得させラヨスに続く。
 気持ちの切り替えの早さが彼女の良さだったりする。

 頼れる親友二人の背中をちらりと見たグンターはこれでいい、と小さな子供たちを任せ一人死地に乗り込む。

「なあ、教えてくれよ。本当に知らないんだ」

 必死に時間を稼ぐ、今度は仲間を逃がすために。

「惚けても無駄だぜ?一緒にラヨスとルウってガキがいるのはわかってんだ」
「ルウってのは、かわいい顔してんだろ?おれぁ、ガキでもいけるぜ!」
「「「「ぎゃははは!」」」」

 ならず者たち馬鹿は馬鹿なので、時間稼ぎに気づかない。

(よし、)

 グンターは内心ほくそ笑む。すでに十分な時間が稼げていた。

 ふらふらとした足取りでならず者たちに近づき最後の一芝居を打つ。
 意味はないがラヨスとルウに聞こえればいいなと思いながら大声で――。

「だから俺たちじゃねえって!!なぁ、信じてくれよぉ・・・。」

 その叫び声は確かに親友たちに届いた。

 そして―――友達を求めるボッチにも届いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

拝啓、お父様お母様 勇者パーティをクビになりました。

ちくわ feat. 亜鳳
ファンタジー
弱い、使えないと勇者パーティをクビになった 16歳の少年【カン】 しかし彼は転生者であり、勇者パーティに配属される前は【無冠の帝王】とまで謳われた最強の武・剣道者だ これで魔導まで極めているのだが 王国より勇者の尊厳とレベルが上がるまではその実力を隠せと言われ 渋々それに付き合っていた… だが、勘違いした勇者にパーティを追い出されてしまう この物語はそんな最強の少年【カン】が「もう知るか!王命何かくそ食らえ!!」と実力解放して好き勝手に過ごすだけのストーリーである ※タイトルは思い付かなかったので適当です ※5話【ギルド長との対談】を持って前書きを廃止致しました 以降はあとがきに変更になります ※現在執筆に集中させて頂くべく 必要最低限の感想しか返信できません、ご理解のほどよろしくお願いいたします ※現在書き溜め中、もうしばらくお待ちください

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

前世が官僚の俺は貴族の四男に転生する〜内政は飽きたので自由に生きたいと思います〜

ピョンきち
ファンタジー
   ★☆★ファンタジー小説大賞参加中!★☆★        投票よろしくお願いします!  主人公、一条輝政は国際犯罪テロ組織『ピョンピョンズ』により爆破されたホテルにいた。 一酸化炭素中毒により死亡してしまった輝政。まぶたを開けるとそこには神を名乗る者がいて、 「あなたはこの世界を発展するのに必要なの。だからわたしが生き返らせるわ。」 そうして神と色々話した後、気がつくと ベビーベッドの上だった!? 官僚が異世界転生!?今開幕! 小説書き初心者なのでご容赦ください 読者の皆様のご指摘を受けながら日々勉強していっております。作者の成長を日々見て下さい。よろしくお願いいたします。 処女作なので最初の方は登場人物のセリフの最後に句点があります。ご了承ください。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

Switch jobs ~転移先で自由気ままな転職生活~

天秤兎
ファンタジー
突然、何故か異世界でチート能力と不老不死を手に入れてしまったアラフォー38歳独身ライフ満喫中だったサラリーマン 主人公 神代 紫(かみしろ ゆかり)。 現実世界と同様、異世界でも仕事をしなければ生きて行けないのは変わりなく、突然身に付いた自分の能力や異世界文化に戸惑いながら自由きままに転職しながら生活する行き当たりばったりの異世界放浪記です。

処理中です...