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2、素敵な魔法の使い方

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 柏木アリサの通う市立久島くじま高等学校は、至って平凡な高校だ。

 偏差値は普通、各部活動の成績も飛び抜けたものはない。際立った特徴がないのが特徴ともいえる。制服も、男子は黒の学ラン、女子は紺地に白のラインが入っているセーラー服で、学校指定の茶色いショートブーツと、とても地味だ。強いていえば、国際教養科があることによって、校内に外国人教師が多くいるということくらいか。けれども、国際教養科がある高校は全国に珍しいというものでもないので、これも別段特徴といえるものでもないだろう。

 唐突に雨雲が晴れ渡るという事象は、学校でもそれなりに話題となった。もちろん、それは一人の女性が引き起こした現象なのだ、というような具体的な話の内容ではない。こんなこともあるんだね、珍しいこともあるもんだ、くらいのものだ。

 それもそうだろう。一人の女性がまるで魔法のように雨雲を消し去った、だなんて、誰も思いもしないだろうし、アリサがそのことを語っても、きっと誰も信じない。

 本校舎の三階に位置する自分のクラス、二年三組の教室からテラスに出て、空を見上げる。空は今も晴れ渡っていて、再び雨が降るような気配はない。

「お、柏木」

 と、声を掛けられて、アリサは振り返る。

「……なに?」

 そこに立っていたのはこの春に転校してきた同級生の桐宮拓光だった。背は高くも低くもなく、成績も平凡。春のスポーツテストでも平均的な数値ばかり。顔も、人の中に紛れれば目立たない、特徴のない顔。端的に言って、どこにでもいるような普通の高校生だ。強いていえば、笑うと目が無くなりそうになるくらいに細くなるのが、特徴といえば特徴か。

 そんな彼のことがアリサは苦手で、思わず返事もぶっきらぼうなものになってしまう。

 彼とは出会って早々にひと悶着があったので、アリサとしては距離を置きたいところなのに、拓光の方からなにかと関わってくる。彼が鈍感なのか、それともただの馬鹿なのか、いずれにしてもアリサにとっては迷惑極まりない。

「いや、なにって、なんだか嬉しそうだったから」

「嬉しそう? 私が?」

「うん、ニヤニヤしながら空を見てただろ。なにかいいことでもあったのかい?」

 それはまったくの無意識だった。けれども、そんな自分でも意識していない顔を他人に見られるなんて、とても不愉快で、アリサは余計に顔をしかめる。

「別に、貴方には関係ないわ」

「そう、ならいいや」

 そう言って、拓光はそのままテラスのベンチに腰掛ける。

「なんでそこに座るのよ」

「え、悪い? せっかくの休み時間なんだから、雑談でも交わそうよ」

「私は貴方とは話したくないのだけれど」

「そんなこと言わないでよ。もう二学期に入ったとはいっても、俺は転校してきたわけで、他のみんなたちとはどうしたって埋まらない時間の差がある。その差を埋めるために、まずは友人である君ともっと親睦を深めたいと思ってるんだけど」

 アリサはその言葉を聞いて、大きく溜め息を吐き出す。

「私、貴方のことを友人だなんて思ったこともないんだけど」

「え、嘘? 酷いなぁ。じゃあ、これからでもいいから友達になってよ」

 なんて、まったくショックを受けたような素振りも見せずに、拓光は笑う。この男は私の言葉を本気だと思ってはいないのだろうか、とアリサは頭を抱える。

 とはいえ、確かにこの久島高校において彼と最も接点があるのがアリサだというのは事実だろう。お互いのクラスは違うとはいえ、春の出来事はそれだけ、特別なことだった。それゆえに、彼とだけ共通で話せる話題もある。ならば、ここで朝の出来事について、彼と話をするのも悪くないかもしれない。

「とても、素敵だと思ったの」

「ん、何が?」

「貴方、言ったでしょう。私が笑って空を見ていたって。その理由よ」

「ああ、なるほど。」

「今日、登校時に一人の女性と出会った。とても綺麗な人よ。その人が雨雲を吹き飛ばして、青い空を広げたの」

 まるで現実味のない、幻想のような、御伽噺おとぎばなしのような話。けれどもそんなアリサの言葉を、拓光は笑わずに聞き、空を見上げる。

「へぇ、それは……すごい。もしかして魔法?」

「さあ。でも、それが魔法だとしたら、すごく素敵な魔法の使い方でしょ?」

「そうだね。すごくいい。とても純粋な、祈りのような力の使い方だ」

「きっと、魔法というものの正しい使い方というのがあるとするのなら、こういう使い方なのだと思う」

 拓光は眺めていた空からアリサへと視線を向ける。

「で、柏木はその人と話したの?」

「いいえ。彼女は空を晴れさせたと同時に消えてしまった。その空に溶けてしまったかのように」

「そっか。でも、またもう一度会うんじゃない?」

「どうしてそう思うの?」

「だって、その人が柏木の前に現れたっていうのは、ちょっと偶然とは思えない」

 それはアリサも感じていた。他にも数百人が通うこの久島高校の生徒の中で、いや、もっといえば、十数万人が暮らすこの秋馬市において、柏木アリサの前に魔法と思しきものを操る女性が現れた。これは、何らかの意図があるようにしか思えない。

 なぜなら、柏木アリサは魔女だからだ。
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