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最後のはじまり

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「来月、結婚式なんだ」

 幼なじみの杏子きょうこが、言った。

 お盆に開かれた高校の同級会。
 女子達がワクワクした顔でアイツを取り囲んでいる。
 
 照れくさそうに左手の薬指をひらひらさせて。
 右手にはウーロン茶のグラス。
 飲んでもいないのに、上気した頬は、相変わらず化粧っ気がない。

 それでも、並んでいる女子一同の中で一番輝いて見える。

 その指に輝く石以上に。


 何となく面白くないのは、昨日の中学の同級会で聞いた結婚報告をまた聞いたから、ではない。

 そもそも、小学一年生の時から同級生クラスメートとして高校卒業まで同じ教室で過ごしたから、お盆の同級会シーズンには何度も顔を合わせてしまう。

 クラス替えや受験で何度も離れる機会はあったのに、6・3・3の12年間、昔の学習机のCMじゃあるまいに、一緒に過ごしてきた。

 おまけに家は同じ町内で、通学経路も一緒。
 漫画や小説なら色恋沙汰に発展してもおかしくない、運命的な関係。

 はっ! 運命だって? 笑っちゃうね。

 チャンスはずっとあったのに、それがチャンスとすら気付かなかった、俺ってバカ?
 何していたんだ、12年間? いや、せめて最後の3年間、何度だって気持ちは動いていたんだ。


 思い返せば。



 最後の大チャンスは、高校の卒業式。


 卒業式、っても、小中に比べて半月も早い高校の卒業式は、増して春の遅い北国では、まだ冬の最中だ。

 進路が分かれて、今度こそ同じ学校にも、当然同級生にもなり得ない、長い同級生関係の、最後のイベントである卒業式。

 なのに。

 杏子は居なかった。

 前夜、40度の高熱を発し、出席出来なかったのだ。
 まだ時期遅れとはいえないインフルエンザにかかったのだと言う。

 間が悪すぎだろ? この時、俺は陰キャ理系男子としてはおこがましいにもほどがある、人生最大の決意をして臨んでいたというのに。

 しかし、まだチャンスはあった。最後の最後、春休み中に中学の同級会があったので、会うことは出来たのだ、けれど。

「私、告白されちゃった」

 回復したせいか、いつも以上にハイテンションで、しゃべりまくっているものだから、聞くともなしに耳に入ってきた言葉に、ドキッとした。

「突然『ずっと好きだったんです』って電話してきたんだけどさあ、こっちは病み上がりでボーッとしてるから上手く受け答えできないじゃん? だから、思わず」

 他のヤローと話している最中だったけど、話の内容なんて聞こえてない。もう、意識はアイツの声に全集中。
 俺はガン見したい気持ちを押さえつつ、さりげなく体をずらして、杏子を視野にとらえる。

 で? 何て答えたんだ? それって相手はあのヤローか? いや、そんな嬉しそうにしているところをみると、他にもいたのか? オーケーしたのか?

 おそらく一秒もない科白の合間に、俺の脳内はコンマ一秒レベルでツッコミまくり。
 早く聞かせろ-!


「『は?』って言っちゃった、思いきり疑問形で」

 は?

「『だめですか?』って言うから、よく意味が分かんなくて、『はい?』って言ったら、『すみません』って、電話切れちゃった。惜しかったよー。せめて名前くらい聞けばよかった……初めてだったのになあ」

 そうか、そんな流れになっていたのか。

 電話したのはクラスは違うが、同じ学年ので、野球部で8番ライトをやってたノッポの奴だ。
 選択科目の美術で机が隣だったのが縁で、割と一緒に行動するようになった。

 ガラヤン、と呼んでいた。

『相手にもされなかった』

 泣いて電話してきたガラヤンが、杏子の科白を聞けば、名前くらい名乗れば良かったと、歯噛みしたに違いない。

 バカねー、と他の女子に笑われて、照れ隠しのように苦笑いする杏子を見て、俺はホッとしながら、同時に心がポッキリ折れたのを感じた。

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