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第3章 胸騒ぎの青嵐

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 健太と真実の様子が気になり、加奈と英人はこっそり様子を見に行った。

 というか、「健太がいつもと違うから」という英人に加奈も連れていかれた、という方が正しい状況なのだが。結果的には、斎にヤキモチを妬いた健太とそれをなだめる真実のやり取りで終始し……とはいかず。

 のぞき込むわけにもいかないので、声を聴いていただけだったが、どうやら抱き合っているらしく、途中真実が声を荒げた後は……真実主導で初めてキスを交わしたらしい。
 拗ねながらさらにねだる健太の声を聴いて、加奈は赤面し、無言で英人に手を引かれその場を離れた。

 よく見れば英人の顔も少し赤くなっている。ついこの間、二人もファーストキスを交わしたが……その後、まだ機会がない。

「健太さん、斎君のこと、知っていたみたいね。聞いてた?」
 話題を変えようとして、加奈は今回の諍いの発端である斎の横恋慕について英人に尋ねてみた。
「いや、今日のメンバーで知らないのは、多分本人だけだと思うけど。なんでか、俊は……微妙だけど」
「え? みんな知っているの?」

「と思うよ。さっきの斎とのやり取りだって、斎が彼女に構って欲しくて絡んでいるの、丸わかりだよ。俺だって加奈が他の男に絡まれているのを見たら、ムカッとする。……この間みたいに」

「あれは……別に」

「分かってるよ。一方的に絡まれただけだって。ただ、加奈がそう思っていなくても、他の男が近寄ってくるのが、腹立たしいんだよ。しかもその男に、明らかに下心があるって分かると余計に。斎も、今日は結構露骨に絡んでいたから、道中で何かあったんじゃないのか? 何か、和矢もニヤニヤしていたし」

「帰りは、あの二人、こっちに乗せて帰らない?」
「え?」
「だって、美矢ちゃん達、駅まで送ったら、あの四人で帰るんでしょう? 何だか、大変なことになりそうだし……」
「あの二人も駅に放置していけばいいじゃないか」
「だめよ。健太さんの性格から考えて、多分無理だと思うし。車だって斎君の家のものでしょう? あの人義理堅い感じがするから、色々引っ掛かりはあっても、そこは曲げないと思うし」

「……はあ、こっちも同意見らしいし……うん、せっかく進展したなら、このムードで二人きりにしてやってもいいな。巽達に言い含めよう。それで恩に着せておこう」
「……あんまり、吹っ掛けないであげてね」

 英人の脳内会議で、健太の性格分析(シンヤ担当)と恩返され計画(Eight対策)がされたらしいことを悟って、加奈が一応とりなす。

「あのさ、本当は僕も、帰りは加奈と二人きりがいいんだよ? そこを曲げているって、分かってる?」
「分かってます。だから、今日は斎君と和矢君を乗せてね?」
「……だったら、ごほうび、欲しいな」
「ごほうび?」
「よく考えたら、僕達、ちゃんとしたハグって、したことないんだけど、な」
「ハグ……って、ハグ、よね?」
 再び加奈は赤面してしまう。そして、そのタイミングで真実達が戻ってきて。

 あ、これ、絶対誤解されてる! いえ、話は聞いちゃったのは事実だけど、見てないし、最後まで聞いてはいないから!

 同じように真っ赤になった真実の顔を見て加奈はそう判断し、なるべくさりげなさを装うが。その後、ぼんやり健太に手を引かれて歩いている真実は、確実に誤解していると思う。

 なので、英人の要求にきちんと返事をしていないことも忘れて、ひたすら真実の様子が気になり、展示物も落ち着いて見られなかった。
 そうこうするうちに、プラネタリウムの上映時間が近付き、四人は会場へ移動した。

 最新式のプラネタリウム設備だと聞いていたが、ロビーにも星空をモチーフとした様々な装飾がされており、入る前から宇宙空間にトリップしたような気分になる。連休中ということもあって混雑しており、他のメンバーと一緒に入るのは難しそうだった。入場の行列の少し前方に俊と美矢の姿が見えた。

「せんぱーい、よかった! すごく混んでますね」
 珠美が声をかけてきて、運よく合流できた。もちろん巽も一緒である。
「斎君達は?」
「あ、プラネタはいいって。二人とも展示の方に夢中で。あと、丁度いい生贄スケープゴードも来たので、押し付けてきました」
 巽がホッとしたように告げる。真実に二人を押し付けられて、大変だったのかもしれない、が。
「スケープゴード?」
「一年生の木次君と偶然会って。兄さんの話を聞きたいっていうから、押し付けてきました」
「巽ったら。押し付けてなんかいないわよ。あの人、斎先輩の信奉者だし、本人は『僥倖!』って叫びそうなくらい喜んでいたもの」
「『僥倖』……ね」

 今年の一年生の流行りなのか、新入部員の優茉や絵梨もよくその言葉を口にする。

 先月末のデッサン会でも、優茉が『あー! 今日のモデルは美矢先輩! それを見つめる高天先輩! このアングル確保! これこそ僥倖! 尊い!』と小さく叫びながら描いていたっけ。
 そして、その言葉通り、モデルの美矢だけでなくそれをまっすぐ見つめる俊までキャンバスに描かれていた。ちなみに絵梨は美矢単独だったが、背景に山のような白百合が描きこまれていた。優茉と違って静かに描いていると思ったら、すごく描きこんでいた。まあ、確かに美矢の雰囲気にはぴったりだけど。というか見本もないのによく描けたものだと、逆に感心してしまった。

 その二人に比べると、唯一の一年生男子の木次政宗は、やや大人しい、というか影が薄い。俊ほどではないが、物静かで口数も少なく、ある意味「美術系男子」という感じだが。

「そうなんだ、斎君の信奉者、なのね……」
「だと思いますよ。部活中も斎先輩の周りをウロウロしていますし。斎先輩のことを『美術にしか能がない』って言った同級生の一年生と大喧嘩したって聞きましたし」
「別に間違ってないけどね。能がない、っていうか、興味がないっていうか。でも、あんな風にうっとり兄さんの話を聴いているところを見ると、ちょっと将来が心配です……」
「『ぜひ拝聴させてください!』って目、キラキラさせていたものね。あれ? もしかして、今日いたのって……ホントに偶然?」
「……そこは触れないでおこうよ」

 近い将来、その強烈な一年生三人の手綱を握る予定の二年生二人が、顔を見合わせてため息をつく。もう一人美矢もいるが、ちょっと荷が重い気がする。

 そうね。三人のことは、二年生に任せるわ。

 加奈は心の中でフライング気味にバトンを渡す。しっかり者の二人なら大丈夫! とちょっと無責任に応援して見せて。

「あ、入場始まったみたい」
 まだぼんやりしている真実を健太が引っ張って行列を進む。
「……真実先輩、どうしたんですか?」
「う、うん、まあ、色々あって」

 斎と和矢がいないうちに、帰りの算段を話しておこう。ゆっくり行列を進みながら、加奈は珠美に事情を耳打ちした。

 無言でうなづき、親指を立てて承諾する珠美の目が、ものすごく嬉しそうなのが気になる。できれば、二人にも別行動してほしいが、ダメかもしれない。

 まあ、あの二人の車に斎を乗せていくよりマシかな。

 妥協して小さくため息をつくと、加奈は英人と共にプラネタリウムに入場した。



 その姿を、じっと見つめる目に、気付かないまま。
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