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第2章 萌芽に薫る風

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 うん、順調、順調。

 ハンドルを握りながら、健太は走行具合を確かめる。普段乗らないタイプの車種のため何度か試しに流して慣らしてあるが、この車で高速に乗るのは初めてだ。唐沢家で用意したミニバンは、装備も一級でナビにドラレコは最新式、安全機能も充実、とまるで車のCMみたいだが、機能が多すぎて正直健太には扱いきれない。
 とにかく道に迷わず安全にたどり着ければよい、というシンプルな目標設定にして、ナビにお世話になるだけで他の機能は無視する。あ、でもバックモニターは便利だ。勝手に画面に出るし、これは活用させてもらう。

 健太自身のマイカーは、中古で手に入れた軽自動車で、ナビもドラレコもついていないし、本当にとりあえず乗れればよい、という程度だが、小回りが利いて不満はない。真実もそこに文句を言うような性格ではないが、斎に運転手を命じられた後、慣らし運転に付き合ってもらったら、最新の装備は興味深いのか色々操作して、健太より詳しくなっている。おかげで設定は真実任せだ。正直、自分にとっては真実が一番のナビゲーションシステムである。
 高速道路も乗ってしまえば快適で、道に迷うことがない分気が楽だ。

 インドに渡る時、備えとして運転免許証を国際免許に切り替え、その後現地で国際免許証を取得して運転自体はしてきた。手続きは煩雑だったが、再度取得し直す手間を考えると、ともかく更新し続ける方がよいと判断したためだ。身分証明書としては日本の免許証もあった方が便利だと弓子にアドバイスをもらい、手続きをして取得し直した。

 日本の交通マナーも色々取り沙汰されているが、インドもなかなかハードだった。要するに、自己主張の激しいドライバーが多く、煽り運転どころか追い越し追い抜きは当たり前、車線無視をしてクラクションの嵐、というのが日常茶飯事で、日本などまだ平和な方だと感じる。
 とはいえ、安全運転に越したことはない。健太の運転する車には、高確率で真実が同乗する。大切な少女を危険な目に会わせるわけにはいかない。なので、斎に車を借りた時も、まず自分だけで運転してみてから、真実の同乗を許した。

「健太、運転うまいんだね」
 途中、休憩のためにサービスエリアに立ち寄ると、俊が感心したように話しかけてきた。
「まあ、高速はとりあえずまっすぐ走ればいいしな。それに、運転技術より、この車がいいんだよ。振動も少ないし。メンテナンス、しっかりされてるしな。さすがは唐沢だよ」
「機動力は大切だからね。そこには経費をかけているよ。君もあんなタイヤが外れそうな車に乗っていないで、あの程度の車にしたらどうだい?」

 斎が英人の青いSUV車を示しながら、健太のマイカーを揶揄する。

「バカ言え。あんな高級車、買えるか。しかも外装から足回りから凝りまくってオプションだらけじゃないか。一度乗せてもらったけど、見えないところもかなりいじってるぞ? 大学生が乗る車じゃないぞ。ああいうところ、あいつお坊ちゃんだよな」
「君も人のこと言えないだろ? お坊ちゃん育ちは一緒だろ?」
「俺は、そこまで浪費してない」
「へえ? カメラ機材にかなり使ってるみたいだけど?」
「あれは仕事道具だからいいの!」

 一応自覚はあるので、健太は開き直る。確かに収入の多くをカメラに投じている事実は否めない。学生時代購入できなかった反動もあるかもしれないが、浪費しているつもりはない。もともとが高価な上、専門家のメンテナンスも必須で、予備もいる。それだけの話だ。

「まあ、価値観は人それぞれだからね。でも、せめて彼女のプレゼントには少しお金をかけてもいいんじゃないかい? 森本さん、六月生まれだろ? 真珠はピンキリだけど、いいものは値が張るよ? 準備しているのかい?」
「……ムーンストーンの方がいいっていうから、今回はそれを」
「ちゃんと彼女に確認してるんだ? そうだね。クリエイティブな仕事をしている割には、君、服飾のセンスいまいちだし、それが正解だね。ブレスレット? ネックレス?」

「……指輪」

「うーん。結構君もベタというか、独占欲が強いというか。値段はそこそこで、でもすごい所有権のアピールしているし。ちなみに右手用?」
「左だよ! 薬指だよ! いいだろ? バタバタしていてクリスマスには準備間に合わなかったから、絶対誕生日は指輪とプロポーズって決めていたんだから!」

「……え? ちょっと気が早すぎない?」
 斎の毒舌に翻弄される健太を面白そうに見物していた和矢が、思わず口を挟む。
 ちなみに、真実と美矢は、お手洗いに行っている。

「いいんだ! 今は約束だけでも。俺の最初で最後の女は、真実って決めているから!」
 だから、お前にはやんないぞ。平静を装いながらも目の奥に不機嫌な色を浮かべる斎に向かって、心の中で宣言する。

「あのさ……誕生日って、そういう、宝石の類? の方がいいのかな?」
 困ったように俊が問いかけてくる。
「そんなことないだろ? 英人や健太みたいに収入がある成人ならともかく、高校生なら小遣いの範囲で構わないだろう? セキコーはバイト禁止だし。気持ちが大事だよ。二人が誕生石にこだわるのも、そこらへんが理由だし。……で? 俊は何を準備したんだい?」
 斎が珍しく優しいアドバイスをしたと思えば、本心はそこらしい。
「……言わない」
「ちぇ。まあ、俊のことだから、美矢ちゃんの好きそうなモチーフの画集か写真集ってとこかな?」
「え? なんで?」
「ほお、図星だね?」
「斎! 俊をからかうの、やめろよ? ……大丈夫、内緒にしておくから。俊が選んだ本なら、きっと喜ぶから」
 健太は安心させるように俊に約束する。分かりづらいが、かなりショックを受けている。
 本とはいえ画集や写真集は高校生には高価なものだ。美矢を喜ばせたくて、きっと懸命に選んだに違いない。

「そうだよ。美矢、本は好きだし、喜ぶよ、きっと。……で、内容は?」
「和矢! もう! お前ら俊をからかうなら、英人の車に行けよ! 巽たちとチェンジして!」
「いやだよ。そうじゃなくても今日は不機嫌なのに。まったく。コドモだよね」

「……僕が、何だって?」
 背後から、不機嫌そうな声が掛かる。

「この後の行程を確認したいんだけど……来たらマズかった?」
「別に。こいつらが俊をからかうから、お前の車に行けって言ったんだ」
 不機嫌さを隠さない英人に、健太は平然として答える。
「それは御免だね。斎はともかく、和矢が来たら、安全運転に差し支える。……今も後ろで、絶対断れって言ってるし」
「Eight? シバ? そう言うなよ? まあ、今日はガマンして乗せていくけど」
「……健太が大変なら、乗せてもいいけど……」
「いいから。無理すんな。さっきのは冗談だから。それより、安全運転でいこう、な?」
 英人は素直にうなづき、行程を確認して自車に戻る。




「……ああだからね。ホントに、健太はさっさとプロポーズでも何でもして、森本さん安心させた方がいいな、やっぱり」
 さすがの斎も毒気が抜かれてしまい、大人しく二人の関係を認める。
「っていうか、何なんだい? あの変わりようは。まあ、以前の様子はまた聞きでしかないけど。どう? 俊?」
 目の敵にされて、ちょっと面白くない和矢は、俊に同意を求める。

「本当は穏やかで優しい性格だって、健太も言っていたし。シバがやったことだろう? 今は落ち着いているし、いいじゃないか?」
「……うん、そうだね」

 そうだった、健太が絡むと、俊も素直一直線だった。
 何なんだろう? このカリスマは。
 自分もちょっと健太には甘いところがあるのも認めるし、斎も気付いていないかもしれないが、真実のことを差し引いても、健太に絡みがちだ。
 そもそも手元に置きたいと思うくらい関心を寄せているので、斎の中の「好き」ランキング上位に食い込んできていると思う(斎の好悪の判断は「好き=関心がある」か「無関心」の二極である)。

 ただ、英人の副人格の「シンヤ」だけが、健太には特別な執着を持っていない。それは、嫌っているとか、関心がないとか、そういう感情の問題ではない。好意は寄せているのは分かるが、理性的に対応している。
 おそらく英人の中の「シンヤ」は、和矢の父の「真矢」がリスペクトされて生まれたと思われる。そして、健太の人格形成にも父の存在は大きく影響している。
 英人や健太の中で、理想とする父や兄の完成形が「真矢」なのだろう。
 実の息子の和矢よりも、父と二人の関わりは深い。単純な年数だけなら和矢と大した差はないが、自分がうっすらとしか覚えていない幼少の頃に父と離別したのとは違い、自我形成に大きな影響を与える幼年から少年期に父と過ごした、という、その違いが大きいのかもしれない。
 自分の中には朧げにしか存在しない父の姿が、二人には息づいている。それが、嬉しいのか悔しいのか、複雑な気持ちだ。

 ほとんど父の記憶を持たない美矢には、もしかしたらこの気持ちは分からないかもしれないし、話すつもりもない。父の幻を二人に見て、嫉妬と思慕という相反する感情を抱いているなんて、妹には知られたくない、というのが本音ではあるが。
 
「おまたせ! もう出発する?」
「コーヒー買ってきたわよ。ハイ、先輩はブラックで。兄さんはカフェオレね」
飲み物を抱えて帰ってきた美矢と真実に合流し、二台の車は現地に向かって再出発した。
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