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第2章 萌芽に薫る風

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 待ちに待ったゴールデンウィーク!

 昨年は来日したばかりで、美矢は休み中にも関わらず転入の手続きのため学校を訪問したり(そして休み中にも関わらず対応してくれる人間がいることに驚いた。日本人って本当に勤勉なのだと思ったものだ)、大至急制服をあつらえたりしていたが。

 初めて会った実の叔母(つまり弓子)とまだ緊張しながらも一緒に暮らし始め、愛おし気に自分たち兄妹を見つめるその視線に戸惑いと気恥ずかしさを感じながらも、初めて身内の人間だけで生活することに妙な安心感を感じた。

 すでに記憶にもない父の若い頃の写真を見せてもらい、それが弓子によく似ていて、父とのつながりを感じたり。美矢自身は父の顔すら覚えていなかったが、和矢が懐かしそうに写真の中の男性を見つめていたことから、それが初めて見る(記憶の上では)父の姿のだと確信した。和矢の顔立ちは、美矢と同じく母親譲りであるらしいが、写真の少年(当時高校生だったらしい)の顔立ちは、どことなく似通っていた。

 四月終わりから五月初めの長い休みは日本特有のもので、それを『黄金週間』と呼ぶ感覚が、美矢にはイマイチ分からなかった。
 美矢の通っていたナショナルスクールの生徒にももちろん長期休暇はあったが、家族ごとにスケジュールを立てて休養していたので、日本のように全国一斉に休みを取る、という感覚が分からなかった。

「今の時期はどこも混んでいるから、今度落ち着いたら遠出しましょう」という弓子のアドバイスで家で過ごしていたが、全国で休みが集中してしまっては、どこもかしこも混むに決まっている。ちっとも楽しくないではないか、と思っていたが。

「連休に、県都まで出掛けないか?」
 俊に誘われ、ようやく遠出してくれる気になったことを密かに喜び。
「はい。何日がいいですか?」
「えっと……三日は、どうかな?」
「三日……五月三日、ですか?」
「うん。……誕生日、なんだってね」

 まさか、俊が自分の誕生日を知っていてくれるとは思わなかった。何となく和矢の存在を裏に感じたが、嬉しいので見ないふりをしようと決め。

「はい。先輩もですよね? 誕生日」
「うん。すごい偶然だね」
「そうですね」

 まさか、誕生日が同じだとは思っていなかった。もうだいぶ前にこの事実を知った時(情報源は珠美である)、心が浮き立った。
 もちろん日本全国、世界各地を見れば、同じ日に生まれた人間は山といるだろう。けれど、自分が恋した相手が、一年違いとはいえ自分と同じ日に生まれたなんて!
 美矢だって十六歳の乙女だ。たまたま誕生日が同じ、というだけの事実に、運命を覚えたりもする。

「で、どこに行きましょうか? 県都なら、駅前とか?」
 人込みでショッピングは、きっと俊は苦手だろうな、と思いつつも、美矢もあまり詳しくはないので、駅ビルのショッピングモールくらいしか思い当たらない。
「県立歴史博物館がリニューアルしたんだけど。もしよかったら」
「歴史博物館、ですか?」

 何となくここにも兄の暗躍を感じて(歴史と博物館なんて和矢の大好物ばかりだ)、ほんの少し、身構える。
「うん。最新式のプラネタリウムができたんだって。興味あるかな?」
「ええ、それなら。行ってみたいです」

 ……実は俊、和矢から「プラネタリウムの情報を前面に押し出して誘いなよ」とアドバイスを受けていたので。俊は単純に「ああ、遠野さん(妹)は星が好きなのかな? そういえばイルミネーションも喜んでいたもんな」と、好意的に受け止めていたが。
 和矢の本心は「どうせ歴史とか日本文化って聞くと僕に関連付けて避けるかもしれないな。せっかく俊が思いついたのに、もったいない。ついでに僕が行くチャンスも遠くなる」という深慮(下心ともいう)もあったりした。

 妹の性格を的確にとらえている兄の思惑通りに事は運び。
「あ、駅から遠いので、斎が家の車で送ってくれるって。それと和矢も一緒に」
 了承した後に、重大事項を告げられ。
 まんまと兄の作戦に乗せられた気がする美矢であった。


「……スミマセン。毎度毎度、巻き込んで」
「いいのよ。別に。私も行ってみたかったし」
 斎の家の車、とは言っていたが。
 運転手が健太だと、予測してしかるべきであった。
 そして、健太がいるならば、当然、恋人の真実もいる。

「でも、笹木さん、運転はあまりしてなかったんじゃ?」
「最近はそうでもないよ。やっぱり田舎のここらへんじゃ、車がないと生活しづらいし。小さいけど、マイカーも買ったんだけど。でも、今日みたいな大きな車は慣れていないから、練習がてらここ二、三日、山の方を流してみたけど。案外大丈夫そう」

 言外に、真実も同乗してドライブデートをしていたんだな、と分かる。
 となると気にかかるのは、真実と健太の進展具合である。
 五歳も年上の男性と交際していれば、……その、普通より発展的なオツキアイ、というものをしていそうな気もするが。

 年齢差で言えば加奈と英人も同じくらいなのだが、あちらはようやくファーストキスにこぎつけた程ゆっくりだと珠美から聞いた(さらに珠美は、新入部員の女子二人から聞いた、と。たまたま目撃していたらしい)。

 ただ、何となく、そんな色艶めいた雰囲気は二人からは感じないのだが。健太が真実に惚れ抜いているのは見ていてわかるし、その真実に無体を強いることもないだろう、という気はする。

「さて、の車は、美矢ちゃん達と、和矢君と斎君でいいのよね?」
「……はい」
 こっちの車――健太の運転する、斎の家所有の七人乗りミニバン。
 あっちの車――英人の運転する青いSUV車。五人乗りだが、加奈と珠美と巽が同乗する。

「何だか、相変わらず話が大きくなってません?」
「健太が行くって聞いたら、自分達も、って聞かなかったみたいよ、あのお子様は」
 英人の中のEightのことを言っているのだろう。落ち着いてきたようでも、相変わらず健太に対する依存心は健在らしい。

「真実先輩も大変ですね」
「うーん? それが、私はあんまり眼中にないらしいのよね。まあ、それなり? でも恋人はいいらしいのよ。というか、仕方がないって思っているみたい。それよりも、弟ポジが譲れないみたいで。今回、大丈夫かな?」
「笹木さんの、弟ポジション、ですか?」
「うん。何となくだけどね、和矢君と高天君にかなりヤキモチ妬いているみたいなのよ。まあ、高天君には美矢ちゃんがいるから、そこまでじゃないみたいだけど。和矢君には、かなり過敏になってる気がする。何か、気配というか、オーラが変わるのよ。加奈がなだめてくれているみたいだけどね」
 ……すでに、波乱万丈の道行きの予感がする。

「あ、そうだ、これ。ハッピーバースデー! 帰りは別行動だって聞いたから。今渡しておくね」
 真実がバッグから可愛らしいパステルイエローでラッピングされた包みを取り出し。
「帰ってから開けてね。高天君より先にプレゼントしたなんて知られたら、いい気はしないかも、だし。しまっておいて」
「ありがとうございます! そうですね。家まで内緒にしておきます」

 真実の気遣いに感謝しつつ。
 兄さん達(斎を含む)も、このくらいの気遣いしてよ! 真実先輩カップルとのダブルデートならともかく、人の初バースデーデートにわざわざついてこなくてもいいのに!

 美矢の軽くはない不満を載せつつ、ドライブは始まった。
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