上 下
14 / 29
通りすがりの未知人――ストレンジャー――

1

しおりを挟む
 週末の朝は、ナミが朝ごはんに腕をふるうことになっている。
 いつもは朝からバタバタしている土岐田家であるが、週末は割合ゆったり過ごせるので、朝ごはんもじっくり味わうことができる。
 時間のゆとりがあるので作りたいと言ったナミのため、最初は瑛比古さんがナミと一緒に『親子でクッキング!』としていたのだか、気がつけばナミが主導するようになり、今ではナミに任せて瑛比古さんの休息日になっていた。

「チイニイたん、今日は何を作るんでしゅか?」
 朝の7時前だというのに、メイは元気一杯である。
「ホットサンドとコーンスープ、あとサラダだよ」
 土曜日の朝は六時から、近所の直売所で朝市があり、新鮮な農産物が格安で手に入る。
 先程、メイを連れて二人で買い出しに行ってきた。
 常連のナミには、いつもオマケして貰えるが、メイを連れて行くとオマケ率が格段にアップする。
 今朝も規格外のトマトとキュウリをサービスしてもらった。
 メイは可愛いからなあ。
 しかし、決してサービスだけが目的ではない。他に二つ理由がある。
「まあ、かわいいお嬢ちゃんね」
「お兄ちゃんとお買いものなんてえらいなあ」
 という、賛辞が嬉しくてたまらないのだ。
 もっとも、直売所のおじちゃんおばちゃん達にとっては、ナミも十分に可愛らしいので、そのナミがメイを自慢げに連れ歩く様子が、微笑ましくて仕方がないのである。
 その上、可愛らしい二人が、
「トマトさんピカピカ!」
「採りたての野菜は新鮮なんだよ」
「しんしぇん!」
「この市場の野菜は美味しいね」
 などと持ち上げるので、ますますサービスしてしまう、というのが真実である。
 まあ、結果的にサービスしてもらっているので、ナミが真実を知らなくても万々歳、なのであるが。

 そんな採りたて新鮮なサービス野菜を前に、ナミはメイのリクエストに応えつつ、調理を開始する。
「チーズも入れてくだしゃい。むにゅーってなるの」
「とろけるチーズとハムに、トマトとキュウリも入れるからね」
「わーい」
 瑛比古さんが甘やかしたせいか、初めは野菜が苦手だったメイも、最近はほとんど偏食しなくなってきた。メイを連れ出すもう一つの理由がそれだ。
(瑛比古さんに割合偏食があるせいだと思われるが。ナミに偏食がないのは美晴さんの躾の賜物である)
 直売所の裏には畑が広がっており、メイを連れて収穫を体験させてもらったり、野菜の生育を見せてもらったりしたおかげで、野菜に興味を持ち、食わず嫌いせず食べてくれたおかげで、トマトやキュウリ、レタスなどはすぐクリアー出来た。
 ニンジンはこの間のグラッセで食べられるようになった。
 ハンバーグの真ん中にマッシュポテトと炒めた挽き肉を混ぜて団子にしたものを入れて作った『なんちゃって特大ハンバーグ』は、兄二人にも好評だった。
 あとはピーマン、ナスをどう料理するかだな。
 家計をにらみつつ、メイの健全な成長を図ることに執念を燃やすナミである。
 ハルから栄養学の教科書や資料の栄養成分表を借りて(看護学校の授業にあると聞いて、ナミはその授業だけ潜り込みたくなった)、最近は献立づくりの参考にしている。
(栄養成分表、と言っても、ただのプリントとかではなく、れっきとした書籍なんである。日本内外の様々な食材を網羅しつつ、カロリーだけでなく、水分・タンパク質・脂質・糖質・ビタミン・ミネラル、おまけにその食材の豆知識まで微に入り細に入り載っている。食材だけでなく、加工品やファストフードまで載っているので、ハルが看護学校を卒業したら譲ってもらう約束までしているナミである)
「中兄ちゃん、起こしてきてくれる?」
 朝練こそないが、休日も部活のキリには、早めに朝ごはんを用意してある。
 お弁当用ご飯を炊いたので、おにぎりも握ってある。(パンだけでは足りないので)
「おっきいニイたんは?」
「疲れているから、ギリギリまで寝かせてあげよう」
 ハルの憔悴しきった顔が目に浮かぶ。

 実習で疲れただけ、と言っていたが、それだけとは思えない。先週はそこまで疲弊していなかった。ここ二、三日、特に疲れている感じがする。
 ハルはキリと違って高校では体育会系の部活はやってこなかった。中学ではバスケ部に入っていたが、高校進学後はボランティア関係の部活に入っていた。「バスケは楽しみ程度で十分。部活だとしんどいし」とあっけらかんと言っていた、とキリに聞いたことがある。
 確かに運動部に比べたら体力的には楽かもしれないし、遠征やユニフォーム代などの出費も少ない。それだけが理由ではないかもしれないが、今思うと、家計のことやスポーツ活動に付き物の親の送迎の負担も、ハルは気にしていたんじゃないだろうか。瑛比古さんの給料と美晴さんのパート代もあったので、当時それほど家計が逼迫していたとは思えない。ハルが見ていたのは、その先、自分達が高校大学と進学していく未来のことだろう。
 弟達に十分な学費を与えるため、というほどの思いがあったのかは分からないが、ハルはあまり深く考えず、無意識に弟妹を優先する傾向がある。長男気質なのかもしれないが、自分は後回し、という考えが身についてしまっているのだと思う。

 ただ、頼まれごとをすると断れない性格で、気が付くと何かしら役目を引き受けていることが多かった。生徒会の役員も、やっていたと思う。ハルの高校(今はキリが通学し、かつて瑛比古さんが卒業した高校でもある)の文化祭に行った時は、学校中のイベントのどこかしこに駆り出されているハルの姿ばかり目にしたものである。
 ちなみにキリは志望校だったにも関わらず、文化祭に行ったことはなかった。この地区の高校のほとんどが文化祭を行う時期が、高校野球県予選開会式の日程に重なることが多く、そちらの観戦を優先していたからである。なので、進学した今年も、文化祭に参加する予定はないらしい。本当に野球一色の青春である。
 だからといってキリが家族をないがしろにしているわけではない。むしろ、キリが遠慮して野球をやめるようなことになれば、ハルや瑛比古さんが、自分達の不甲斐なさを嘆いてどれだけ気落ちすることか、分かっている。分かっているが、気が付かないふりをして野球に打ち込んでいる姿を見せている部分もある。考えていないようで、キリだって色々気にしている。そんな父や兄達を見ているから、小学生の自分まで、何となく達観してしまうのだ、とナミは思う。

 ともかくも子供達が、あるいは弟妹が笑顔で自分の好きなことに取り組んでくれる姿を見たくて仕方がない、似たもの親子なのだ。ただ、その苦労を「大変大変」と言いながら結構気負わずこなしている瑛比古さんに比べて、そんな愚痴はこぼすことなく、なのに目に見えてコツコツ努力していることが伝わってしまうハルの不器用さは、ナミの目にも明らかである。手先は決して不器用ではないし、努力を惜しまない。そんな兄を誇らしいと思うと同時に、そこまで自分を追い込まなくても、とナミは思ってしまう。
 なのにハルは笑顔を絶やすことなく、疲れた様子を見せまいとさえしていた、家族の目には明らかでも。そんな兄の負担をなるべく軽減したくて、家事分担を肩代わりしようとしたこともあった。
 けれど、そうすると益々ハルは兄弟に負担を掛けまいと、休みでも早く起きて家事をしようとする。

 結局、ナミの楽しみだから、という理由をつけて、休日の朝ごはんと日々の夕ごはんはナミの担当、ということで落ち着いた。
 決してハルの料理の腕がイマイチだからでは……それも少しあるが。
 用事が無い限り、ナミの朝ごはんが出来るまで、起きてこないように、と付け加えて。
 さすがにハルもナミの気持ちを汲んで、週末は朝寝坊を満喫する事にしたようで、自分から起きてくることはない、めったに。
 が。

「おはよう」
 メイがキリを起こしに行ったのと入れ違いに、ハルが起きてきた。
「おはよう……大兄、何か用事あったっけ?」
「あ、うん。ちょっと病院行ってくる……忘れ物しちゃって」
 嘘だ。
 ハルが何か誤魔化そうとする時は、貼り付けたようなアルカイックスマイルになる。
 何か隠している。
 昨日までの様子と相まって、ナミにはそう思えてならなかった。
 あんなにぐったりしていたのに、週末、こんなに早くから起き出してくるなんて、何か事情があるに違いない。
「ふーん、朝ごはんは?」
「悪い、帰ってきたら食べる」
「ちょっと待ってて」
 ナミは組んでいる最中の食パンの具を、とろけるチーズから普通のプロセスチーズに替えたものを作った。
 そのまま軽く押し付けて、ザクザク四等分の四角形に切り分けた。
「はい。耳つきだけどいいよね」
 ラップにくるんで、紙袋に入れたそれを、ハルに向かってつき出す。
「急いで帰って来なくていいから。慌てないで」
「……サンキュー」
 それだけ言うと、そそくさと玄関に向かう。
 見るからに落ち着きのない兄の様子が、ナミには不安だった。
「あ、ついでに頼む」
 振り返って、ハルが付け加える。
「何?」
「親父には、黙っておいて」
 返事も聞かず飛び出したハルの背を見送り……ナミは頭を抱えこみ、確信した。

 多分それ、ムリだと思うけど。

 分かりやすすぎる長兄の姿を追うように、察しの良すぎる父の姿を認めて、ナミは自分の考えが正しいことを、思い知らされた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

お昼ごはんはすべての始まり

山いい奈
ライト文芸
大阪あびこに住まう紗奈は、新卒で天王寺のデザイン会社に就職する。 その職場には「お料理部」なるものがあり、交代でお昼ごはんを作っている。 そこに誘われる紗奈。だがお料理がほとんどできない紗奈は断る。だが先輩が教えてくれると言ってくれたので、甘えることにした。 このお話は、紗奈がお料理やお仕事、恋人の雪哉さんと関わり合うことで成長していく物語です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

児童保護局2060 すべての子どもにしあわせを

輪島ライ
SF
西暦2060年。財政破綻に伴い極右政権が成立した日本では、児童虐待の防止に実効性を持たせるために『児童保護法』が制定されていた。児童保護局の職員として働く新谷淳平は、虐待を受ける子どもたちの保護に奔走する。 ※この作品は「小説家になろう」「アルファポリス」「カクヨム」「エブリスタ」に投稿しています。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...