【完結】山梔子

清見こうじ

文字の大きさ
上 下
7 / 9

しおりを挟む
「……彼女らの証言に、特に不審な点はないんだよなあ。被害者が被害妄想ぎみで、友人が少なかった、っと言う点では、他の人間からも証言取れているし」

「天涯孤独で、最近失恋したらしいって会社の同僚も言ってるし……こりゃ自殺に断定でよさそうだ。あわよくば妬んでいた同じアパートの住人を巻き添えにしようとしたんだろうな。階下の目撃者の二人も、たまたまデートと仕事帰りで一緒になっただけで。夜勤明けの看護師の方は、越してきたばかりでほとんど面識がないし」

「でも酷い話ですね。さも身勝手な隣人に迷惑をかけられている風を装うなんて」

「ブログに公開するとかじゃなくて、メモリーに書き込んでポケットに入れておく辺りは、どういう心理なのかな」

「個人を特定されたくなかった、とか? 遺書代わりだったんじゃないですか? あわよくば殺人を疑ってもらおうとか」

「そういう巧妙な所がありそうだな。粘着質な性格だったみたいだし。まあ、結局は穴だらけだった、ってとこだが」

「じゃ、自殺、ということで報告上げます」







「とりあえず乾杯!」
「声大きいってば」
「大丈夫よ。家の中だし」
「……でも、こんなに上手く行くとは思わなかった」
「ま、あの人のUSBメモリー拾ったのが幸いよね。名前も入っていたし」
「大体ああいうものに妄想書きこんで持ち歩くのが変なんだって!」 
「あ、あれ多分小説にでもするつもりだったんじゃない? 字数が40×40だったし」
「妄想小説!? 笑えるー!」
「だから不自然じゃないように字数設定変えておいたわよ。だけどホント笑っちゃうよね。私が水商売してる淫売で、アンタが花を愛でるだけのヒッキーだもん」
「あなたはまだいいわよ。化粧は派手だけど美人ってなってたし。私なんか化粧も出来ないのっぺり厚化粧だよ? ヒドイし。今時スマホも携帯電話も持ってないとか、何時代の人よ」
「まあ、アンタは一見清楚な美人で、あの人が理想としてたらしいし。自分と入れ換えてたんでしょ……もっとも、出会った頃のアンタはあんな感じだったよね」
「もう3年も前じゃない! ……あの後で、あの人引っ越してきたのよね? 偶然とはいえ、恐ろしいわね」
「ね、あのまま、あの人の妄想進んでいたら、あの事も書いたのかな?」
「まさか! せいぜい痴情の縺れで、あなたと私が刺し違えて、仲良くあの世に、って程度でしょ?」 
「そんなもんよね。実際にはそんなもんじゃ済まないのにね」
「事実は小説よりも奇なり、ってことね」
「まあ、仮にあの人が何かを知っていたとしても、死人に口なし、ってこと」
「あは! 山梔子くちなしがきっかけなだけに、おあとがよろしいようで……」


 事実は小説よりも奇なり。

 確かに、きっかけは山梔子。

 山梔子の匂いに頭がクラクラして。

 前からこころよく思っていなかったあの二人がトラブって。

 そのあげくに刺し違えるようなことにでもなったら、きっと胸がすくように、気分がいいに違いない。

 そう思って、パソコンで文章を打ち始めて。

 書いているうちに、どんどん筆が乗って、会社でも仕事の合間に入力して。
 会社のパソコンに記録が残ると不味いので、わざわざメモリーに保存して持ち歩いた。
 刺し違える寸前まで書いて、ちょっと筆が止まってしまい、しばらく筆を休めている間に、メモリーをなくしたことに気付かず。
 
 そうしたら、まるで私の文章をなぞるかのように、二人に新しい恋人ができて、カフェで見せつけられ、アパートで自慢され。

 メモリーをなくしたことに気付き、見られたのかもと思ってお隣の彼女に探りを入れると。

「ピンクの猫の付いたメモリー? 知らないなあ……あ、そういえばお隣がそんなの持ってたの、見たかも。夕方、帰ってきた時だったかなあ」

 誰かに見られたら困るという思いの一心でいると、お隣の彼女がメールで帰宅時間を聞いてくれた。

 深夜1時すぎくらいだというので、1時少し前からドアの外で、手すりにもたれて帰りを待っていた。

 車の停まる音がして、階下を見下ろすと、夜目にも鮮やかな派手な服が目に入った。
 
 思わず身を乗り出した、その時。



 山梔子の、匂い……!?









しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

甘いマスクは、イチゴジャムがお好き

猫宮乾
ホラー
 人間の顔面にはり付いて、その者に成り代わる〝マスク〟という存在を、見つけて排除するのが仕事の特殊捜査局の、梓藤冬親の日常です。※サクサク人が死にます。【完結済】

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

意味が分かると怖い話 考察

井村つた
ホラー
意味が分かると怖い話 の考察をしたいと思います。 解釈間違いがあれば教えてください。 ところで、「ウミガメのスープ」ってなんですか?

少し怖いホラー短編集(文字数500以下)

仙 岳美
ホラー
文字数500以下のショート集です、難しく無いので気楽にどうぞ。

狼の仮面

YHQ337IC
ホラー
【監督】狼の仮面 ~狼出没中。あなたは無事生き延びられるか!?狼パニックムービー 狼のマスクを被った人間が狼を装って人を襲い金品を奪うという事件が起こった。被害にあった人間は全員死亡している。警察だけでは対応できないと判断が下され、政府は対策に乗り出した。しかしいくら待っても狼が現れる気配はない。これは政府が秘密裏に狼の駆除を行っていたのだ。 そんな中、とある男がネットオークションで狼に変身する薬を落札してしまう。…という映画が起こす怪事件。

こわくて、怖くて、ごめんなさい話

くぼう無学
ホラー
怖い話を読んで、涼しい夜をお過ごしになってはいかがでしょう。 本当にあった怖い話、背筋の凍るゾッとした話などを中心に、 幾つかご紹介していきたいと思います。

処理中です...