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1章

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ケヘラン冒険者ギルドは、Aランクパーティーが持ち帰った新たな探索成果に熱狂していた。何故なら彼らによって15階層まで探索が進められたのだ。それに伴い 9階層の宝物庫が報告され、公的機関からの正式な調査団の大規模派遣が検討されることとなった。報告を受けた諸々の機関は、黄金の階層に目の色を変えて対応にあたっていることだろう。



「ねぇピポッチ、このパイ全部食べちゃっていいの?」

「構わない。たくさん食べた方がいいくらいだ。……キラビットばかりだけど」
 
「めちゃくちゃ美味い っす」

「探索中も思ったけどさ、ピポっちの料理ほんと美味いぜ。食べ過ぎて横幅広がるんじゃねえの?」

「ちょっとやだぁ、気にしてるのに!でもすごぉくお腹すくの、どうしてかしら」

「……何故だろう」

白狸亭は現在、満室という快挙を成し遂げていた。

「しっかし15階層とはねぇ。なんでも、10階層以降は巨大な迷路になってるらしくてさ、俺達が迷い込んだのは何だったんだってハナシよ」

「あれは十割一回死んだっす」

「ねぇあたしの槍、持ち帰ってくれてありがと♡」

「おう、全員無事だったんが今回の収穫ってとこだな」

厨房に引きこもって他人事みたいに聞いていたシルガの背後から、店主が声を掛けた。

「魔術師殿も作ってばかりじゃなくて席に着くといいさね。あとはわしがするから」

「え……いや、」

ここまできて気まずげに距離を取る様子はなんとも面白くない。耳ざとく会話を聞いたグイーズは気持ちが焦れ、シルガの傍に寄ると少し乱暴に腕を肩に回してがっしりとホールドした。思ったほど華奢でもないようだと、それで判った。

「そうだぜピポっち!なんだったら俺が手伝うからさ、なぁ店主」

「お前さんのは手間増やすだけ。おとなしく席に着きなされ」

「ひっでえ! まぁほら、こっちこっち」

強引に席に着かせてあれこれ構うと、ほかの二人も続いて構い始める。グイーズは大人しく構われているシルガを満足げに見遣った。


あの後、野営地に転移したグイーズは脇腹に傷を負っていたことを思い出して死にそうになっていた。サークェンの様子を気にかけつつ 何とか魔法薬を取り出して処置し、テント周りに結界石を起動したらそのまま寝てしまった。起きると昼が回っていて、顔面蒼白のサークェンに急かされて白狸亭へ急いだのだ。言いようもない不安に追い立てられて宿へ行ってみれば、ベッドの上で満面の笑みを浮かべてパフェタワーを崩すエルザに二人は愕然としてしばらく固まっていた。

「おま、 腕、 腕がぁぁ……」

「腕、っすよね」

「あるの?ほんとにあるの??飛ばなかった??」

「気のせいよ」

「「気のせい」」

「二人の分もパフェ持ってきた」

「あ、わり、あんがとな」

「あざ……っす」

呆然としていた二人は、シルガが差し出した冷たい菓子をうわの空で受け取った。

「茶でも淹れてくる」

そう言ってまたすぐに出て行くのを引き留める気すら回らないほどに動揺していたのだ。沈黙の落ちた狭い室内に食器の音だけが忙しない。

「で、本当に気のせいで済むと思ってんの?」

「幻覚よ」

さすがに無理があるだろ、と、グイーズは目で訴えた。

「ピポッチがそう言うんだから 幻覚、なのよ。ねぇ、溶けちゃうわよ」

「つーてもさぁ、それじゃ相応の礼も言えねえし。……ってうま、何だこれ」

「そうだけど……」

違和感なく当たり前にある腕をエルザが無意識にさするのをグイーズはじっと眺めた。
確かに切断されたはずの腕は、縫い合わせた跡も何もない。欠損縫合の治癒魔法なんてそれだけでも普通じゃないのにこの仕上がりである。しかしグイーズには、ぐちゃぐちゃにねじ切れ勢いよく飛んで行ったあの状態の腕を縫い付けるのは不可能に思えた。出来たとして、ここまで以前と変わらず動かせるだろうか。可能性として考えられるのは復元、なのだが、それこそ不可能に思える。

「おれは」

無心にパフェを平らげたサークェンがちょっと泣きそうだ。

「ピポッチさんがなんかすげー魔術師でよかったっす」

というか泣いていた。

「よかった、っす。おれの、せいで…… もうなんだっていいっす、ありがとうって、だけ」

「……」

そう言われてみればそうだ。

「相応の礼は、別の形で返さねえとな」

「そうよねぇ、頑張りましょ♡」

「……っす」


ぼんやりと回想していたグイーズは ふと思い出してシルガに 手のひらに収まるくらいの塊を見せた。

「なぁピポっちこれ、何かわかる?」

「……? 何だろう」

シルガの目の前に差し出された結晶は、グイーズの手のひらを青白く照らしている。鑑定魔法を展開してみたが、やはりというか……ごちゃごちゃと断片的で判別できない。

「……を集… 根 ……わからない」

「これさぁ、あの亡霊の中から引きちぎって持ってきちまったんだけど」

「めっちゃ光ってるっすね」

「あんたもタダじゃ帰らない男だけど……呪われてないことを祈るわ」

「不吉なコト言わない。てかさピポっち、呪いってのは何なんよ?」

「情を動力源にして言葉の力を展開する、魔法じゃないけどもう一つの魔法みたいなやつだ。俺には難易度高すぎて絶望的に無理な気がする」

「諦めはやっ」

「魔核とは違うし……何だろうな」

魔核とは、魔法を使う獣から採取出来る 魔力を溜め込むタンクだ。心臓と一体化していることが多く、死が迫ると身体全体に魔力を一斉供給して生き延びようと足掻く。採取が非常に難しいが、これを装填した魔道具は、野営で使った結界石のように動作維持のための魔力を補充する必要がほとんどない。ちなみに、白狸亭の厨房には魔核が割とふんだんに使われているのをシルガは黙っていた。店主も気づいているかもしれないが最早何も言わないのである。
魔法を使う獣に魔核があるのなら人間にあってもおかしくないはず……なのだが、人間は魔核を持たない。何故か、というと、人が言葉を持つからだとシルガは考えていた。そうすると、獣は言葉を持たないのかという話になってくるのだが。

シルガはグイーズの手の中を照らす青白い光を眺めた。澄んだ結晶は中心にほの青い灯りを抱いて揺らめいている。あの禍々しい亡霊から取り出したとは思えないほど清廉な結晶だ。

「不吉なものではない気もする」

「だろ?」

「呪いはのろいでもある。どちらにしても悪いとも良いとも言えない。ところで、グイーズ達は迷宮はもういいのか?」

「あー……もういいわ。俺達ちょっとキルフェガンツに行くけどさ、約束は忘れてねえからな」

「……よろしく頼む」

そういえば条件つけてパーティーに入ったんだった、とシルガは思い出した。

(ほんの三日前は不審者扱いしてたのに)

グイーズ達は明日の朝出発する。今では誓約で縛ればいいなんて考えはなくなっていた。
キルフェガンツはケヘランからずっと南東にある港湾都市だ。どちらかというと工業が中心で造船を主軸にした様々な商いが盛んだ。中には国家予算をつぎ込んだ事業もあり、優秀な付与魔術士が配属され、魔術式の権威が指揮を執っている。


「ピポッチ、ホントありがと。何かあったらゼッタイ頼って頂戴。……あたし本気よ」

「また4人で探索したいっす」

「つーことだから、俺達いつでもメンバー募集中なんで!」

なんだか友達みたいだな、とシルガは思った。
こういう場面に遭遇することを考えたことがなかったので、どう反応すればいいのかわからない。

「俺、も」

シルガは戸惑いながら言葉を紡いだ。

「……募集してる、と思う」

よくわからないが自然とそんな言葉が出ていた。グイーズたちが嬉しそうに歓声を上げると、シルガも何故か楽しくなって胸の奥がムズムズした。

もしかしたら友達なのかもしれない。
そんな気がした。


********


店主が後片付けをするのを手伝うつもりが、シルガは部屋へと追い返されてしまった。
アスレイヤとの約束を破って申し訳ないが、迷宮探索は有意義だったし4人で摂った夕食は楽しかった。彼らと築けた関係は温かくシルガを満たし、足元をふわふわと覚束なくさせる。だが……

――本当は 存在しないものなんだ。

シルガはグイーズ達の戦い方を好きだと思っていたが、彼ら3人が好きだということに うっかり気付いてしまったのだ。と同時に言いようのない恐怖が胸の底をしくしくと冷やした。

ローブを取れば何もなくなってしまう。これは幼い頃から繰り返された揺るぎない事実だった。
現在置かれている状況は雑に言えば並行世界の出来事なのだ。あの世界の自分の記憶を追体験しているのと似た感じで、もしも、という状況を楽しんでいるに過ぎない。子供の頃、あの世界の自分と感覚を共有して味わった菓子や食事が 目を覚ますと忽然と消えて我に返った、ああいう類のものである。

養い親の家を燃やして此の方、この恐怖を覚えることは今後ないと思ってルーンシェッド大森林に引き籠っていたというのに、ちょっと外出するとこれだ。アスレイヤだって、そうだ。あんなに大切なものを作って自分はどうするつもりなんだろう。

ふと、シルガは、楽しそうに笑いながら手を差し伸べたジスの黒い瞳と目が合った気がした。

――変わらない。

あいさつするとき、おいしそうに食事をするとき、大森林の調査報告時、など。何故かよく視線がかち合う黒い目は、あの時のままだ。

ジスは、何も変わらない。
原因が本人にあるとはいえ、ローブに付与した強力な結界をねじ伏せてシルガを宿まで運んだのだ。他意なく善意でローブを脱がせたのだろうと理解している。で、たぶん素顔を見たはずだ。なのに何も変わらなかった。変わったことといえば、親しみを込めた目でこちらを見ることくらいだ。それはそれで謎だが……もしかしたら、ジスはすでに友達なのかもしれなかった。いつの間にそんなことになったのだろうか。

(……そういえば、戦ったな)

シルガは妙に納得できた。
戦うことで親睦を深める類の人間となりゆきで戦って、わりと激戦だったように思う。激闘の末に野原に寝転んでなんか話して笑って手を握り合ったのだから、それはもうたぶん友達ってことなんだろう。

「成程」

ジスは友達だったのだ。いまのところ唯一の、素顔を知る友達。

不吉な化け物と言われ忌まれた素顔を晒して、誰にも受け入れられなかったとしても、ジスは変わらず友達だ。それは稀有で貴重で神々しくもある、何かとても素敵なことだ。

それに気付いた途端に、シルガは魔法でも武力でも権力でも呪いでもない、何か大きな力を得た気がした。それは、芽吹く季節を迎える生き物たちが一斉に歌い出すような、そんな感じのなんか……よくわからない力である。



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