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第三章
予兆
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ぶるり、と身体が震えた。
急に悪寒が走ったようだった。
教室の窓が開いていたので、そこから冷たい風が入ったせいかもしれない。
十月の下旬。
季節は冬に近づき、そろそろ本格的な寒さがやってくる。
昼食を終えた後の昼休みの時間、霧島御琴はクラスメイトたちとともに裁縫を楽しんでいた。
それぞれが手にしているのは、まだ作り始めたばかりの浴衣だ。
来年の夏休みには、これを着て皆で花火大会に行こうと約束している。
(……できれば、狭野先生とも一緒に行きたかったな)
水色の布地に針を通しながら、霧島はここのところ久しく見ていない、狭野の控えめな笑顔を思い出していた。
もしも来年の夏、この浴衣を着た姿を披露する機会があれば——彼は、似合っていると言ってくれるだろうか。
そんな淡い期待を抱きながらも、頭の隅で、もう一人の冷静な自分がそれを否定する。
彼はきっと、来年も霧島とではなく、高原と一緒に夏祭りへ行くのだろう。
共に小学校の教師を務める二人の関係は、プライベートな部分まではわからない。
けれど、先日の夏祭りで見かけた二人の姿は、どう考えてもただの知り合いという域を超えていた。
「? 御琴ちゃん、手が止まってるよ。どうかしたの?」
「えっ!? あ、ううん。何でもない!」
指摘されて、霧島は慌てて目の前の作業に戻る。
しかし脳裏にはあの二人の姿がずっとこびりついていて離れなかった。
あの後、たまたま図書館で高原と顔を合わせる機会があった。
その際、狭野との関係をそれとなく聞き出そうとしたのだが、やんわりと話を逸らされた感じがあった。
別に彼らがどんな間柄であろうと、霧島には関係がない。
けれど、そのことを考える度に、霧島の胸はちくりとした痛みを覚えるのだった。
「来年は、神楽の方もゆっくり見れるといいね」
不意に、クラスメイトの一人が言った。
「花火も良いけど、やっぱり神楽も見たいよね」
「うんうん。何より、龍臣様の舞が見られるし!」
きゃっきゃとはしゃぐ級友たちを眺めながら、霧島は先日の夏祭りのことを思い出していた。
あのときは、自分が突然取り乱してしまったために、皆に迷惑をかけてしまった。
まるで癇癪でも起こしたかのように泣き喚く霧島を宥めるため、誰もが神楽を鑑賞するどころではなくなった。
(あのときに見た光景……。あれは結局、何だったんだろう?)
あのとき、唐突に頭の中にフラッシュバックした、夢の中の光景。
暗い森の中で、血塗れになって倒れている男性。
明らかに事切れているその人物の顔は、どう見ても狭野のものだった。
あのことがあってから、霧島はなぜか例の夢をぱったりと見なくなった。
恐ろしい光景を目にしなくて済むようになったのは良かったが、その分、疑問だけが今も残る。
これは、何か不吉な予兆なのだろうか。
あの鳥居の向こう側で、これから何か恐ろしいことでも起こるのだろうか?
もやもやとした不安が募るものの、だからといって人に相談するのも難しい内容だった。
周りのクラスメイトや両親に話してみても、笑い飛ばされるのがオチだった。
誰にも信じてもらえない。
それからは藁にもすがる思いで、時々あの図書館へと通っている。
あの神社に関する文献や言い伝えなどに、少しずつ目を通している。
それで納得できる答えが見つかれば良いと思った。
実際に、調べれば調べるほど、興味深いものはいくらでも見つかった。
しかしだからといって、霧島にできることは何もなかった。
たとえ神様に関する昔話を知ったところで、肝心の神様にはけっして会うことはできない。
今の霧島にできることといえば、ただ一つだけ——。
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