あばらやカフェの魔法使い

紫音

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第3章

呼び水

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 嫌な予感がした。

 海開き前ということは、海水浴場を見守るライフセーバーもまだいない頃だ。
 何かあったときは完全に自己責任ということになる。

「案の定、いのりが溺れたよ。やたら沖の方まで行ったらしくてな。俺は船の切符売りの仕事で離れてたんだが」

 そこまで聞いて、私は何となく先が読めた。

「もしかして……いのりちゃんを助けるために、まもりさんが魔法を使ったんですか?」

「まあ、そういうことだ」

 やはり。

 溺れているいのりちゃんを見て、まもりさんは魔法を使った。
 きっと、その代償のことなんて本人は考えもしなかったのだろう。

「人の命がかかっている場面だ。魔法の代償はそれなりのものだった。あのとき、まもりは……魔法の報いを受けて、一度死んだんだ」

 死んだ。

 まもりさんが?

「俺が戻ってきたときには、すでに心臓が止まっていた。いのりもお前も、パニックを起こして号泣していたよ。すぐに心臓マッサージをして、何とか一命は取り留めたけどな」

 まもりさんが、たとえ一時的なこととはいえ、死んでしまった。

 そのとき私は、一体どんな気持ちになっていただろう。

 そして、私と一緒にいた、いのりちゃんも――。

「あのことがあってから、いのりの様子が明らかにおかしくなったんだ。心配性っつーか、周りの人間の怪我にやけに敏感になってさ。その日の夜なんか、俺がちょっと指先を切ったくらいでヒステリックになって」

 その気持ちは、わからなくもない。
 もしも私がいのりちゃんの立場だったら、同じような反応をしていたかもしれないから。

 自分のために、たとえ一時的とはいえ、まもりさんが死んでしまった。
 そのとき負った心の傷は、そう簡単に癒せるものではないと思う。

「あれからすぐだったよ。お前たちが記憶を失くしたのは」

 私は何も返事ができなかった。

 これだけ説明されても、私は結局、何の記憶も思い出すことはできなかった。

「俺は……まもりが記憶を消したのは、いのりの心を守るためだったんじゃないかって思ってる。そして、絶対に消したくなかった思い出まで、魔法の代償として失ったんだ」

 流星さんがそう言い終えたとき、がらりと診察室の扉が開いた。

 私と流星さんはほぼ同時に顔を上げた。

 扉の奥から出てきたのは、穏やかな笑みを浮かべたまもりさんだった。

「お待たせ。遅くなってごめんね」

 久方ぶりに耳にしたその声は、いつも通りの優しい彼のものだった。

「まもりさん。もう、大丈夫なんですか?」

 私は思わず立ち上がり、彼のそばへと駆け寄った。

「うん。もう家に帰ってもいいみたい。心配かけてごめんね」

 ごめんね――と、彼はいつも謝罪の言葉を口にする。

 人のために自分を犠牲にして傷ついた彼が、どうして謝る必要があるのだろう?

 私はなんだか泣きそうになって、

「……本当に、心配したんですよ。もう、無茶なことはしないでください」

 声を震わせながら、そう言った。

 これ以上、危険なことはしないでほしい。
 自分をないがしろにしないでほしい。

 けれど、この人は。

「うん。……ごめんね」

 と、何度も謝罪の言葉を口にして、困ったように苦笑するだけだった。

 
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