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第四章 島根県出雲市
第十三話 永遠
しおりを挟む彼女と二人で、永遠の時を過ごせる。
なんて甘い響きなのだろうと、天満はその未来を想像する。
「右京さんと、一緒に……」
「そうだ。お前もそろそろ疲れただろう? 永久家の呪いは、その血が絶えない限り未来永劫続いていく。いくら呪詛返しを行ってその場を凌いだところで、根本的な解決にはならない。馬鹿馬鹿しいとは思わないか? ここにいれば、そんな面倒なことはしなくていいんだ。だから天満。私と一緒に、ここに留まらないか?」
右京は細い両腕を天満の背中に回して、優しく、けれど力強く抱きしめる。
あたたかい、彼女の温もり。
このままずっとこうしていたい、と思う。けれど、現実はそれほど甘いものではないということを天満は知っている。
「……あーあ。これが本物の右京さんだったらどんなに良かったか。でもまあ、あの人がこんなこと言うわけないしねぇ」
はぁ、と溜息を吐きながら、天満は苦笑して彼女の両肩を掴み、ぐいと引き剥がす。
「天満? どうしたんだ?」
無理やり抱擁を解かれて、右京は目を丸くする。
「一瞬でも騙された自分が恥ずかしいよ。本物の右京さんはそんなこと言わない。呪詛返しの旅が馬鹿馬鹿しいとか、血縁者の人生そのものを否定するようなこと、あの人が言うはずないもんな」
掴んでいた肩を軽く突き飛ばすと、彼女はバランスを崩して後ろへよろける。そうして固い石畳の上へ倒れ込もうとした瞬間、まるで水が蒸発するようにして姿を消してしまった。
「やはりお前には効かないか」
どこからともなく、しわがれた声が届く。天満が辺りを見回すと、先ほど通ってきた鳥居の下に一人の老人が立っていた。
焦茶色の着物に身を包み、杖を突いた禿頭の男性。伸び放題の顎髭は白く、深いシワの刻まれた口元はへの字に曲がっている。
その顔を見て、天満はにやりと笑みを浮かべた。
「やっと顔を見せたな、爺さん」
永久時治。厳しく眉根を寄せた鋭い眼光の奥には、本家特有の色素の薄い瞳が覗く。
「三男坊の天満、か。お前は強い子だと、右京も言っていたな」
「さっきの右京さんの幻は、あんたが創り出したのか?」
天満が物怖じせずに聞くと、老人は手にした杖を突きながら、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
「左様。あれしきの幻を見破れぬようなら、生かしておく価値もないと思ったが」
「ほんと趣味が悪いねえ。さすがは一族全員で心中しようなんて考える頭の持ち主だ。それで、兼嗣や他のみんなの魂はどこへやったんだ?」
老人は天満の数メートル手前で歩みを止めると、懐から何やら白い物体を取り出してみせた。手のひらサイズの、ボールのようなもの。つるりとした表面は光沢を持っている。
「皆の魂はこの玉の中に封じ込めてある。解放したくば、儂の呪いの源を探し当てることだな」
「呪いの源……。呪いの発生原因を突き止めろってことか」
いつもの呪詛返しの流れである。『問題児』が呪いを生み出した決定打を見極めることができれば、あの玉に閉じ込められている血縁者の魂を救うことができる。
「やってやろうじゃないか。あんたがなぜ一族全員に呪いをかけたのか、その謎を必ず暴いてやる」
「ふん。何も知らない小童が、生意気なことを言いよる。これだからあの娘も……右京も所詮は無駄死にだったというのだ」
その発言に、天満はぷつりと自分の中で何かが切れるのを感じた。
「……無駄死にだと?」
無意識のうちに、顔から表情が消える。
「まことに哀れな娘よ。一族がそろって無知であるがゆえに、全く無意味な死を迎えることになろうとは」
「撤回しろ。その言葉、彼女を侮辱しているにも程がある」
「侮辱しているのはどちらだ。何も知らないくせに、知った気になりおって」
老人はツバを飛ばしながら吐き捨てるように言った。
「冥土の土産に教えてやる。お前たちがどれだけ無知で、盲目で、仮初の平穏に生きてきたか。目に見えるものだけが、この世の全てだと思うな。その思い上がりを、あの世で恥じるがいい」
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