放浪探偵の呪詛返し

紫音

文字の大きさ
上 下
46 / 83
第三章 京都府京都市

第十三話 渡月橋

しおりを挟む
 
          ◯


「右京さまが亡くなったのは今から二十年前のことで、ご本人が二十五歳の時。天満さまはまだ五歳だった頃のことですよね。そして今、あなたは二十五歳になった。右京さまの亡くなった年齢と同じです」

 スピーカーの向こうから、こちらの顔色を探るような璃子の声が届く。

「ああ。俺も今朝気づいたんだ。右京さんと同じ年齢になったんだなって」

 天満は観念したように笑って言った。

「朝起きて、スマホで日付を確認して。ああ、今日は五山送り火と灯籠流しがあるから、京都に行かなきゃって思ったんだ。右京さんの灯籠を流そうと思って……。それで仕度をしていたら、やっと気づいた。俺はいま、右京さんと同じだけの人生の時間を生きてきたんだって」

 スマホを片手にそう話しながら、彼は『灯籠販売所』と書かれたテントの中で灯籠を二つ購入した。一つは右京のため。そしてもう一つは、永久家の先祖代々の霊を慰めるため。

「俺は、二十五歳まで生きられればそれで十分だと思っていた。右京さんと同じ二十五年の歳月を生きられれば、それで満足だって」

「だから、もう死んでもいいと思ったんですか? 彼女と同じだけの時間を生きられたから。彼女と同じ年齢になったから、自分はいまこそ死ぬべきなのだと。……それが、呪詛を生み出したきっかけなのですか?」

 自分自身を殺そうとする呪い。それを生み出す原因となった決定打。
 天満がなぜ右京の幻影を生み出してしまったのかという謎。その答えにようやく辿り着いた璃子に、天満は賛辞の言葉を送った。

「よく出来ました」

 言い終えるが早いか、彼は通話を一方的に切った。そうして購入した灯籠に文字を書き込み、受付を済ませてテントを出る。
 桂川の水面にはすでに何百もの灯火が浮かんでいた。音もなく流れていくそれらを、岸辺から多くの人がわいわいと談笑しながら見送っている。
 と、不意に周囲が一際湧き立って歓声を上げた。
 釣られて天満も顔を上げると、遠くの山に赤い大文字が浮かび上がっている。
 五山送り火。どうやら今年も始まったようだ。二十年前のあの時から何も変わらない。死者の魂をあの世へと送るための篝火。

「天満」

 懐かしさに浸っていた彼のもとへ、彼女の声が届く。見ると、右京と同じ美しい微笑を浮かべた呪いが、彼の手をそっと握ってくる。

「渡月橋の上まで行こう。あそこからの眺めが一番よく見えるんだ」

 あの時と同じ声で彼女が誘い、天満の手を引く。人混みで溺れそうになっても、その手は力強く彼を導いていく。
 やがて二人は渡月橋の上まで来た。中央付近の特等席はさすがに人でいっぱいだが、橋の袂あたりならば何とか体を落ち着けられそうな場所があった。

「天満」

 再び彼女がその名を呼ぶ。見ると、彼女はするりと天満の手を離して、川に向かって歩いていく。橋の欄干をすり抜け、足場のないところまで歩く。
 天満以外の誰もが、彼女の存在に気づいていない。この世の者ではない彼女は、橋の外側で宙に浮いたまま、こちらを振り返って言った。

「おいで、天満。一緒にいこう」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

若妻の穴を堪能する夫の話

かめのこたろう
現代文学
内容は題名の通りです。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

白雪姫症候群~スノーホワイト・シンドローム~

紫音
恋愛
幼馴染に失恋した傷心の男子高校生・旭(あさひ)の前に、謎の美少女が現れる。内気なその少女は恥ずかしがりながらも、いきなり「キスをしてほしい」などと言って旭に迫る。彼女は『白雪姫症候群(スノーホワイト・シンドローム)』という都市伝説的な病に侵されており、数時間ごとに異性とキスをしなければ高熱を出して倒れてしまうのだった。

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
 二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。 ※第7回キャラ文芸大賞・奨励賞作品です。

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。 ※第6回ライト文芸大賞奨励賞受賞作です。

パパー!紳士服売り場にいた家族の男性は夫だった…子供を抱きかかえて幸せそう…なら、こちらも幸せになりましょう

白崎アイド
大衆娯楽
夫のシャツを買いに紳士服売り場で買い物をしていた私。 ネクタイも揃えてあげようと売り場へと向かえば、仲良く買い物をする男女の姿があった。 微笑ましく思うその姿を見ていると、振り向いた男性は夫だった…

処理中です...