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第二章 兵庫県神戸市
第八話 山手八番館
しおりを挟む白い石畳の上を進み、アーチ状の玄関を抜けて建物の中へと入る。内側の壁は白塗りで、部屋のドア枠や階段の手すりなどは木製だった。
正面に階段、左右に部屋があり、まずは右側の部屋に入ってみる。するとそこには、アンティーク家具とともにどこかの民族が持っていそうな木彫りの彫刻がずらりと並べられていた。案内板を見ると、どうやら東アフリカの『マコンデ族』による民芸品らしい。
「ここに住んでた異邦人は、よっぽどの変わり者だったのかもねえ」
部屋いっぱいに飾られた彫刻を眺めながら、天満は呆れ半分に言う。どれも精巧な作りをしているが、見た目はモンスターの類で、子どもが夜中に見れば悲鳴を上げてしまいそうな不気味さがあった。
「こっち側の部屋も見てみよか」
兼嗣が言って、二人は左側の部屋へと移る。こちらは先ほどよりも物が少なく広々としている。そして、
「お。これが噂の椅子か」
部屋の両脇に、赤い椅子が置かれていた。入口の写真で見た『サターンの椅子』である。向かって右側が女性用、左側が男性用らしい。
「座ると願いが叶う椅子ねえ。これは子どもたちも喜んで座っただろうなあ」
社会科見学でやってきた小学生たちが、はしゃぎながら代わる代わる椅子に座っていく様子が目に浮かぶ。
「渡陽翔も座ったとすると、何か願い事をしたんやろな。呪いを生み出すほど精神的に追い詰められとったんやったら、何かしら強い願いがあったかもしれん。それが呪いのきっかけになった可能性もなくはないな」
「祈りと呪いは表裏一体って言うしねえ。呪詛のきっかけになるには十分ってことか」
強すぎる願いは時に呪いにもなる。しかし陽翔少年が具体的に何を悩み、願っていたのかまではわからない。当人が意識を失っている以上、聞き出すことも不可能である。
「もうじき日が暮れるな。今から学校の関係者に聞き込みするのは難しいし、今日はとりあえずお開きにして、続きはまた明日にしようかね」
そろそろ腹も減ってきたしなあ、と帰宅モードに入る天満に、兼嗣は了承しなかった。
「いや。明日は俺、出勤や。今回の件は今日中に片付けなあかん」
まさかの反論に、天満は面食らった。
「はあ? 知らねえよ、お前の都合なんて。そもそも最初から俺一人で十分だって言ってるだろ。明日以降も地道に情報収集して、俺が一人で片付けてやるって言ってんだ。感謝しろよ」
「いーや。明日以降なんて、そんな悠長なこと言ってる場合やないやろ。こうしてる間にも、渡陽翔は黄泉の国のどっかで泣いてんねんで」
「仕方ないだろ。どうしようもないんだから。それとも何か。この時間から逆転勝利に繋がるようなとっておきの方法でもあるのか?」
「あるで。本人に直接聞きに行けばええんや」
ふふん、とドヤ顔を見せつける兼嗣。天満は意味がわからず呆気に取られていたが、やがてあることに思い当たって「まさか」と息を呑む。
「もしかして、俺たちも黄泉の国に特攻するって作戦か?」
「ご名答」
ニヤリと笑う腹違いの兄に、弟は信じられないという顔で頭を抱えた。
「いやいやいやいや。危険すぎるだろ。帰って来られる保証はあるのか? 意識だけとはいえ、一時的に『あの世』に行くことになるんだぞ?」
「心配はいらん。俺は何度か行ったことあるし、帰り方もよう知っとる。もともと今日は二人一組で行動しろって本家から指示があったやろ。その理由がこれや。二人おれば黄泉の国から帰って来れるからな」
わかったらさっさと行くで、と兼嗣は歩き出す。有無を言わさぬその背中に、天満は恨めしげな目を向ける。
「お前って本当、子どもにだけは優しいよな。そんなに子ども好きなら早く結婚しろよ。武藤家にも後継ぎは必要だろ」
「余計なお世話や」
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