放浪探偵の呪詛返し

紫音

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第一章 愛媛県松山市

第二話 坊っちゃん列車

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 永久ながひさ天満てんまは探偵業を生業にしている……わけではない。
 ついでに言えば探偵でも何でもない。しかし表向きは探偵であるフリをしなければならない、という厄介者である。

「さあて。今回の問題児とはどうやって接触しようかなっと」

 璃子から送られてきた写真を眺めながら、坊っちゃん団子を片手に商店街を抜けて広場の方へ出る。傍らには足湯と、名物であるカラクリ時計が聳える。時刻は十二時四十五分を指したところで、一時間ごとに仕掛けが動き出す時計台は今はうんともすんとも言わない。

(あと十五分か。せっかくだし、ちょっとだけのんびりしていこうかね)

 じきに十三時になれば時計台は雅な音楽とともにせり上がり、中から多くの人形が姿を現す。ここ松山に来たとあれば一度は見ておきたい光景だ。

 六月上旬のオフシーズン。観光客も疎らで天候も良く、居心地の良さは申し分ない。
 あと十五分だけ。少しくらいなら見物していったってバチは当たらないだろう。

 そんな胸中を見透かしたかのように、『寄り道しないでくださいね』と、このタイミングで璃子からSNSのメッセージが届く。エスパーかこいつは。

 はいはい真面目にやってますよ、と不誠実な返事を打ち込んでいると、何やら周囲が騒がしくなった。反射的に顔を上げると、視線の先ではささやかな人だかりが出来ていた。

「ね、ここで写真撮ろうよ!」
「どっち側に立つ?」
「私こっち!」

 複数の観光客が集まっていたのは、広場から見える路面電車の終着地点だった。カラクリ時計から見て右手側にある駅・道後温泉駅。その駅舎の隣に、緑色の列車が静止している。

 松山名物『坊っちゃん列車』だ。かつてこの地を走っていた蒸気機関車SLを模したディーゼル機関車である。一日数本しか運行しておらず、こうして終着地点に停まっている時には観光客たちのフォトスポットと化す。

 風流だねえ、と満足げに眺めていると、そこへふらふらと一人の少女が列車に近づいていくのが見えた。華奢で色白で、どこかの学校の制服を着ている。

(平日のこんな時間に、高校生か?)

 何やら無視できない違和感があった。
 彼女はどこか覚束ない足取りのまま線路内に立ち入ったかと思うと、列車の側へしゃがみ込み、ためらいもなく車体の下へと顔を突っ込んだ。

「って、おいおい」

 みるみるうちに、彼女は全身を車体の下へと滑り込ませていく。周りの観光客たちは写真を撮るのに夢中で、誰一人として彼女の奇行に気がついていない。

 少女は車体の下にいる。このまま誰も気づかずに列車を動かせば、彼女の体は無事では済まないだろう。

 自殺か? と天満は頭を巡らせる。と同時に、思わずその場へ駆け寄って、おもむろに車体の下を覗き込んだ。

「おい、何してる!」

 車体と線路の隙間で横になっていた少女は、ハッと驚いた様子でこちらを見た。

「そんな所に入ったら危ないだろ。最悪死ぬぞ。早く出てこい!」

 天満が少女の腕を掴み、力ずくで引っ張ると、彼女は思いの外すんなりと外へ這い出てきた。そのまま線路横の地面にぺたりと膝をつき、怯えた目でこちらを見上げる。

 その顔を見て、天満はピンときた。肩まで伸びる清潔な黒髪。長いまつ毛に縁取られた形の良い目。儚げな印象を持つ彼女の容姿は、先ほど送られてきた『問題児』の写真と一致する。

(ああ。なるほどね)

 合点がいって、肩を竦めた。璃子の言っていた『問題児』とやらは、こうしてしっかりと問題行動を起こしているらしい。
 しかし当の彼女は困惑した様子で周囲を見渡すと、

「あ、あの。私、なんでこんな場所におるんですか? さっきまで学校におったのに。一体誰が、私をここまで連れて来たんですか?」

 訳がわからないという素振りで、訳の分からないことを口走る彼女。天満はそれには応えず、至極落ち着いた口調で逆に尋ねる。

「失礼。『速水はやみ弥生やよい』さんでお間違いないでしょうか?」

 少女は不安げな表情のまま、

「そう……ですけど。どちらさんですか?」
 
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