飛べない少年と窓辺の歌姫

紫音

文字の大きさ
上 下
45 / 50
第3章

友をたずねて

しおりを挟む
 

       ◯



 外は悲しくなるくらいに天気が良かった。

 蒼く澄み渡る空には雲一つなく、白く光る太陽の周りを一羽のトンビが悠々と泳いでいる。
 あたたかな日差しを受ける桜の木は、すでに桃色の花から衣替えして、青々と茂る若葉を揺らしていた。

 麗かな春の風に包まれながら、烏丸は一人、鷹取の家を目指していた。
 歩いて行けない距離ではないが、さすがに松葉杖だと時間がかかるためバスを使う。

 途中、鷹取に電話をかけるべきかどうか迷った。

 きっと母親のことで少なからずショックを受けているだろう。
 大丈夫か、と一言声を掛けてやりたかったが、それすらも今は煩わしいと思われるかもしれない。

 一体何と声を掛けていいのかわからない。

 それでも、鷹取の顔を一度見ておかなければ、と思った。

 たとえ何の力になれなくとも、このまま放っておくことはできない。
 それは鷹取のためというよりも、彼の無事を確認して、烏丸自身が安心したいという思いから来るものでもあった。





       ◯





 鷹取の住む古いアパートに着き、烏丸は部屋の扉の前に立った。

 インターホンを押そうとすると、かすかに、玄関の奥からごそごそと音がしていることに気づく。
 話し声も聞こえるため、どうやら中に人がいるらしい。

 親戚か誰かが来ているのだろうか。
 葬儀の準備のことなどを考えると、慌ただしくしているのかもしれない。

 この状況で邪魔をするのも悪いかと思い、烏丸はその場に立ち尽くした。
 さてどうしたものかと考えていると、不意に、目の前の扉がちょうど内側から開かれた。

 見ると、中から出てきたのは三十代半ばくらいの女性だった。
 知らない顔だったが、やはり鷹取の親戚だろうか。

「あっ、ごめんなさい。外に人がいると思わなくて──」

 そこまで言いかけて、女性はハッと何かに気づくような顔をした。
 それから目の前に立つ烏丸の姿を上から下まで探るように見る。

「その制服……もしかして、隼人のお友達?」

 やけに神妙な面持ちで聞かれて、烏丸は不思議に思いながらも頷く。

 すると女性は、思いもよらぬことを口にした。

「隼人がどこにいるか知らない? 今朝からずっと姿が見えないの。お通夜も控えてるのに、電話も繋がらなくて困ってるのよ」

 



       ◯





 再びバスに乗り込み、烏丸は街のあちこちを駆け回った。

 およそ鷹取が訪れていそうな場所を、片っ端から当たってみる。
 今まで共に訪れた場所や、度胸試しの舞台となった場所、施設、公園。

 そのどこにも、鷹取の姿は見当たらない。

(どこに行ったんだ、隼人)

 時間が経つにつれ、不安ばかりが募っていく。

 今朝から、鷹取の姿を見た者は誰もいないという。
 母親が亡くなって、葬儀もまだだというこのタイミングで、一体どこへ何をしに行ったのか。

 嫌な胸騒ぎを覚えると同時に、クラスメイトの言葉が脳裏を過ぎる。

 ──後追いとか考えたりしないよね? ちょっと心配……。

 後追い。

 最悪の響きだった。

 死んだ母の後を追って、自殺でもするというのか。
 あれだけ母親に執着していたのなら、可能性は否定できないのか?

(いや、考えすぎだ)

 ぶんぶんと頭を振って、我に返る烏丸。
 何度も自問自答して、ギリギリのところで心を落ち着けるのが精一杯だった。

 道すがら、何度か鷹取に電話をかけてみた。
 しかし一向に応答する気配はない。

 やがて烏丸は、つい先日も訪れた山間に架かる橋のたもとへと辿り着いた。
 今から三週間ほど前、最後の度胸試しを行った場所だ。

 あのとき、烏丸はここで足を滑らせて、あの病院へ入院する羽目になった。
 ある意味で思い入れのある場所でもある。

 橋の欄干らんかんから身を乗り出してみると、十メートル下を流れる川には所々に岩があるだけで、人の姿は見当たらない。
 もともと人気ひとけのない場所であるため、今は車一台通る様子もなかった。

(ここにもいないのか……)

 試しに、隼人、と大声で呼んでみる。
 その声は何度か木霊した後、山の空気の中に吸い込まれていった。

 やはり返事はない。
 代わりに、近くの木々の間から、ばざばさと羽音を立てて一羽のカラスが飛び立っていった。

 こちらのことなど見向きもせず、天へと昇っていくその背中を見ながら、烏丸はかつて羽丘の言っていたことを思い出した。

 カラスは神様の使いで、死んだ人間の魂を天へと導くため、一緒に空を飛んでくれる。

 それは、死者の寂しさを紛らわせるためだろうか。

 人は誰しも、たった一人で死んでいく。
 その孤独を少しでも和らげるために、カラスはその魂に寄り添うのだろうか。

 ──一緒に死んでくれよ、翔。

 先日、電話で最後に聞いた鷹取の声を思い出す。
 あのときの彼の声は、かすかに震えていた。

 彼は寂しがり屋なのだ。
 一人で死ぬのは怖いはずだ。
 だから一緒に死のう、と言ったのかもしれない。
 あれは果たして冗談だったのだろうか。

 そして今、彼の母親は死んだ。

 共に空へと昇ってくれる相手を、彼は見つけたのではないだろうか。

「!」

 と、そこへスマホの着信音が鳴り響いた。
 ポケットから取り出して画面を見てみると、そこに表示された名前は鷹取ではなく、飛鳥だった。

「もしもし」
「烏丸さん、今、どこですか?」

 何かを堪えるように、途切れ途切れに紡がれる声。

 泣いている、と直感した。

「……どうしたの?」

 覚悟はしていた。
 いつかこの時が来ることは最初からわかっていた。

 けれど、何も今このタイミングじゃなくたっていいじゃないか。

「雲雀ちゃんが、危篤です。可能であれば、今すぐ病院まで来てください」

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
 交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※第7回ライト文芸大賞奨励賞受賞作品です。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

あやかし警察おとり捜査課

紫音
キャラ文芸
 二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。  しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。  反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。 ※第7回キャラ文芸大賞・奨励賞作品です。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

神楽囃子の夜

紫音
ライト文芸
地元の夏祭りを訪れていた少年・狭野笙悟(さのしょうご)は、そこで見かけた幽霊の少女に一目惚れしてしまう。彼女が現れるのは年に一度、祭りの夜だけであり、その姿を見ることができるのは狭野ただ一人だけだった。年を重ねるごとに想いを募らせていく狭野は、やがて彼女に秘められた意外な真実にたどり着く……。四人の男女の半生を描く、時を越えた現代ファンタジー。 ※第6回ライト文芸大賞奨励賞受賞作です。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...