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第3章
移りゆく春
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羽丘の意識が戻らないまま、一週間が経った。
春の陽気は日ごとに暖かくなり、そこかしこからウグイスの鳴く美しい声が聞こえてくる。
烏丸は退院し、元の学校生活へと戻った。
といっても、完全に何もかもが元通りというわけではない。
「えー、出欠を取りますが……鷹取くんは今日もお休みですね」
わかっていたと言わんばかりに、教壇に立つ鴨志田が言った。
ここ数日、鷹取の欠席が続いている。
他にも一人、クラスメイトの男子が同じ日数だけ欠席しており、烏丸は授業に復帰してからというもの、この二人と顔を合わせることは一度もなかった。
きっと今頃、二人仲良くどこかで動画を撮っているのだろう。
彼らの動画がネット上に投稿されていることは、教室内の誰もが噂していた。
(俺の代わり、か……。結局、誰でも良かったんだろうな)
鷹取は寂しがり屋なのだと、百舌谷と羽丘が言っていた。
一人ではいられない、誰かと一緒でなければ駄目なタイプなのだと。
だから烏丸に依存している、とまで羽丘は推測していたが、その実、相手は誰でも良かったらしい。
別に烏丸でなくとも良かったのだ。
そう考えると、急に肩の力が抜けてくる。
新しいパートナーとなったクラスメイトに嫉妬するわけじゃない。
けれど、鷹取にとって自分は特別でも何でもない、ただの幼馴染の一人でしかなかったのだと自覚した途端、胸にぽっかりと穴が空いたような虚しさを覚えた。
◯
放課後には毎日病院へ通った。
今日こそは羽丘が目を覚ますかもしれないと、期待と不安の入り混じる中、バスと松葉杖を駆使してそこへ向かう。
しかし、病室のベッドに横たわる彼女はいつまでも眠ったままだった。
瞳を閉じて、その細い首元に装着されたチューブで浅い呼吸を繰り返すだけ。
「ああ、烏丸さん。今日も来てくれたんですね」
部屋に入ると、傍らの椅子には決まって飛鳥が座っていた。
おそらく学校の帰りなのだろう。
その身に纏うのはブレザーの制服で、見覚えのある中学のものだった。
「今日も相変わらず?」
「はい。……相変わらず、気持ちよさそうに眠っています」
安らかな寝顔を浮かべる羽丘の姿は、およそ重病人のものだとは思えない。
本当に、ちょっとうたた寝をしているだけなのではないかと錯覚してしまいそうだった。
「ああそうだ。これ、烏丸さんも食べます? さっき他の患者さんから貰ったんですよ」
烏丸が隣に腰掛けたのを見届けてから、飛鳥は手元のカバンから煎餅の袋を取り出した。
「また貰ったの? 本当に人気者だね」
このやり取りもすでに何度目だろうか。
飛鳥はよく顔見知りの患者からお菓子を貰っていた。
もともとは羽丘と同じ病室で、隣のベッドにいた老婦人かららしい。
今や大部屋から個室へと移った羽丘の容態を知る由もないその人は、廊下で飛鳥の顔を見かける度に明るく声をかけてくれるのだという。
烏丸は手渡された煎餅を口へ運びながら、この状況はいつまで続くのだろうと考えた。
このまま、羽丘は二度と目を覚まさないかもしれない。
それに、次にもし容態が急変したら、そのときはきっともう助からないだろう。
飛鳥もおそらく、それをわかっている。
わかってはいるが、お互い口には出さなかった。
◯
「ごめんね、何もしてあげられなくて」
帰宅後、夕飯の途中で鳴子が言った。
養子縁組で結ばれた親子二人だけの、静かな食卓。
普段から口数の少ない烏丸に対して、鳴子もまたどんな会話をしていいものかわからず、食事中は大抵無言になる。
そんな空気の中で発せられた鳴子の言葉に、烏丸は首を傾げた。
「なんで鳴子さんが謝るの?」
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