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第2章

警告

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「あらぁ。部屋にいないと思ったら、こんな所をほっつき歩いてたのねぇ」

 と、カラスに気を取られているうちに、どこからか女性の声が届く。

 いつもの間伸びした声。

 烏丸が目をやると、中庭の端に見えたのは予想通り、例のおしゃべりな看護師──百舌谷ことりの姿だった。

「こんな夜中に部屋を抜け出すなんて、悪い子ねぇ」

 相変わらずニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべながら歩み寄ってくる彼女に、烏丸は嫌悪の目を向ける。

「あんた、口が軽すぎるんじゃないの? 羽丘のこと、なんで隼人まで知ってんのさ」
「うふふ。だから前にも言ったでしょお? 私は誰かのドラマチックな瞬間が見られるなら何だってするって」

 どうやら隠す気もないらしい。

「それで隼人のことも利用するの? 自分が楽しみたいって理由だけで……本当に悪趣味だよね。そもそも、隼人は関係ないでしょ。あいつは羽丘とは知り合いでも何でもないのに」
「あらぁ。私は別に、羽丘さんだけに拘ってるわけじゃないのよぉ? 前にも言ったけど、ドラマチックな瞬間は誰にでも訪れるの。だから鷹取くんも例外じゃないわ。羽丘さんのことも気になるけど、今はどちらかというと鷹取くんの方に注目してるくらい。だって──」

 百舌谷はやがて烏丸の目の前まで迫ると、その怪しげな口元を耳に寄せて、

「……今の鷹取くんって、いつ死んじゃってもおかしくない雰囲気じゃない?」

 吐息混じりに、そう告げた。

 反射的に、ぞくりと肩を震わせた烏丸は、慌ててその場を後ずさる。

「何、それ……どういう意味?」
「うふふ。耳が赤くなってるわよぉ。顔は真っ青なのにねぇ」
「からかってないで真面目に答えてよ。隼人が死ぬって、それどういうこと?」

 物騒な話だった。
 いつ死んでもおかしくない、だなんて。

 確かに、普段から危険な行為を繰り返していることを考えると、鷹取は常に死と隣り合わせなのかもしれない。

 だが、百舌谷が好むのはそういった物理的な死そのものではなかったはずだ。
 彼女が興味を示すのは、死を目前にした人間や、何かに追い詰められて極限状態になっている人間の見せる、その本性。

「烏丸くんってば幼馴染のくせに、鷹取くんのことをなぁんにもわかってないのねぇ。ほら、寂しくて今にも死んじゃいそうですって、顔に書いてあるでしょう?」

 全く心当たりがないわけじゃない。

 鷹取は時々、ふらりとどこか遠くへ行ってしまいそうな、儚げな雰囲気を漂わせることがある。

「ああいう子はちゃあんと見ててあげないと、後で取り返しのつかないことになっちゃうわよ。あなたも後悔したくなかったら、今の鷹取くんが置かれている状況をもっと把握しておくべきね」

 警告、だった。

 長年、人の死を見届けてきた者の勘だろうか。
 まるで何もかもを知ったような口で、彼女はこちらに不安ばかり煽ってくる。

「……どうせ助ける気もないくせに、よく言うよね。隼人が死んでも死ななくても、あんたは面白いものさえ見られればそれでいいんでしょ?」
「もっちろん。だから烏丸くんも、私のためだと思って頑張ってね。鷹取くんの命運は、あなたの行動にかかってるんだから」

 まるでゲームを楽しむかのように言う。
 心底気分を害されている烏丸のことなどお構いなしだ。

「あっ、そうそう。そういえば、羽丘さんがあなたのことを捜してたわよぉ」
「えっ」

 出し抜けにそんなことを言われて、烏丸は調子を狂わされた。

「なんでこんな夜中に……? ていうか、そういうことは早く言ってよ」
「うふふ、ごめんごめん。でも彼女、烏丸くんと約束したから~って言ってたわよぉ?」
「約束?」

 こんな時間に会う約束をした覚えはない。

 何かの間違いだろうか、と考えを巡らせたそのとき、

 ──なら、あんたも約束してよ。

 不意に思い出されたのは、過去に烏丸自身が口にした言葉だった。

 ──もし次にまた夜中に抜け出すことがあるなら、そのときは……俺も一緒に連れてってよ。

 羽丘と以前、この中庭で会った夜のことだ。
 病室を一人抜け出して、この桜の木の前で歌っていた彼女は、発作を起こして呼吸困難に陥っていた。

 大好きな歌を歌うためならば、身の危険も顧みない。
 そんな彼女のことを放っておけなくて、烏丸はあのとき咄嗟に、一方的に約束を取り付けた。
 また夜中に一人で抜け出して、誰の目も届かない所に行くのなら、その時は自分も連れて行ってほしいと。

「約束、思い出したかしら? 羽丘さん、今夜は星が見たいって言ってたわよぉ」

 明らかに全てを知った上で、白々しく百舌谷が言う。

「星……。屋上ってこと?」
「さあ? あとはあなた自身の目で確かめてみるといいわ。彼女が元気なうちに、二人で素敵な思い出を作らなくっちゃ、ねぇ?」

 恍惚の表情で告げられたそれは、羽丘の死を嫌でも予感させられる。

「やっぱり鬼だね、あんた」
「うふふ。何とでも」

 どこまでも不謹慎な看護師に見送られながら、烏丸は屋上へと続く道を急いだ。

 
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