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第2章
言えない
しおりを挟むだからごめん、と改めて烏丸が謝ると、それまで黙って聞いていた羽丘は、
「……なんで……」
掠れた声で言葉を詰まらせると、次の瞬間には、その両の瞳からぽろぽろと大粒の涙を零した。
「えっ、羽丘?」
いきなり泣き出した少女を前に、烏丸はギョッと目をむいた。
「ご、ごめん。俺また、何か傷つけるようなこと――」
「……ふふっ」
焦る烏丸を尻目に、羽丘は噴き出すようにして笑った。
「ほんと、あなたって変わってるわよね」
あははっ、と軽快な笑い声が辺りに響く。
濡れた目元を拭いながら、彼女は屈託のない笑みを浮かべていた。
時折小さく咳き込む彼女の声は、以前にも増して弱々しい。
けれど、その儚げながらも愛らしい姿がひどく浮世離れしていて、烏丸はつい見惚れてしまっていた。
彼女はひとしきり笑った後、ゆっくり呼吸を整えると、改めて烏丸に向き直って言った。
「私の方こそ、この間は酷いことを言ってごめんなさい」
「え?」
「どっちが先に死ぬかわかんないって話。ちょっと言いすぎちゃったなって思ってたの」
「ああ……」
そういえば、そんなことも言われたっけ。
手術のことで頭がいっぱいで、自分が言われたことなんてすっかり忘れていた。
「私、前はあんなこと言っちゃったけど、本当は……あなたには長生きしてほしいのよね。ほら、せっかく健康な身体があるんだから、早死にしたらもったいないじゃない?」
まるで自分自身が重病人だとは思わせないような、明るい調子で彼女は言う。
烏丸からすれば、それはむしろこちらのセリフだと毒づいてやりたいところだった。
(俺だって、本当は……)
本当は、羽丘に死んでほしくない。
まだ助かる道があるのなら、それを諦めないでほしい。
けれど、本人がそれを望まないというのなら。
これ以上は外野が口を挟むべきではないのだろうと、歯痒い思いを噛み締める。
そんな烏丸の胸中とは裏腹に、羽丘は付き物でも落ちたかのような晴れやかな笑みを浮かべて言った。
「こうして話ができるうちに、会えて嬉しかったわ。あのままケンカ別れになっちゃったら残念だなーって思ってたの」
まるで死を意識したかのようなその発言に、烏丸は思わず身構える。
「あなたと仲直りができて良かったわ。会いに来てくれてありがとう」
ほとんど遺言のようなそれを否定することもできず、ともすれば本音を漏らしてしまいそうになる自分を抑え込んで、烏丸は声を絞り出す。
「いつだって会いに行くよ。明日も、明後日だって」
何度だって会いたい。
できるならこれからもずっと。
彼女に笑っていてほしい。
あの満ち足りた笑みを浮かべて、大好きな歌を歌っていてほしい。
けれど、それが叶わないことはもうわかりきっている。
変えられない運命の日は近い。
だからせめて、その最後の瞬間まで、彼女の心に寄り添って、そばで見守っていたい。
たとえ自分の心を偽っても、彼女の隣で、最後まで。
「!」
そのとき。
背後で鳥の羽音と、カラスの声がした。
「……あら」
音の聞こえた方を二人が振り返ると、そこにはすでにカラスの姿はなく、代わりに一人の少女が立っていた。
すらりとした長身に、背中まで伸びるポニーテール。
駐車場の真ん中で呆然と立ち尽くしていたのは、飛鳥だった。
「烏丸さん……どうして」
まるで狂人でも目撃したようなその瞳は、困惑の色を滲ませていた。
どうやら会話を聞かれていたらしい。
羽丘の死を受け入れたような発言をした烏丸を、真っ直ぐに射抜くその眼差しは、明らかな嫌悪を孕んでいた。
「烏丸くんは、私のことを受け入れてくれたわよ」
羽丘が言った。
やけに落ち着いたその声は、未だ混乱している飛鳥を煽っているようにも聞こえる。
「そんな……烏丸さん、どうしてですか! 雲雀ちゃんに死んでほしくないって、あなたも言ってたじゃないですか。なのに、どうして……っ」
今度は飛鳥が泣き出す番だった。
ぼろぼろと溢れる涙を拭うこともせず、彼女は感情のままに烏丸を非難する。
(俺だって、本当は)
羽丘に生きていてほしいという思いは、今も変わらない。
けれど、言えない。
もしもここで本音を口にすれば、それは羽丘の心を否定することになる。
「私は嫌です! 雲雀ちゃんが死んじゃうなんて、そんなの絶対に嫌!!」
飛鳥はまるで感情を叩きつけるようにそう叫ぶと、踵を返してその場から走り去る。
「飛鳥!」
躊躇いがちに発せられた烏丸の声は、彼女の足を止めることはできなかった。
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