飛べない少年と窓辺の歌姫

紫音

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第1章

悪友

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「あらら、入院? うん、うん……。あー、それはまた派手にやったのねえ」

 事務室の電話を取るやいなや、雛沢ひなさわつぐみは溜め息まじりに苦笑した。

 のんびりとした声とは裏腹に、その内容は穏やかではない。
 入院という物騒な単語に、周りのデスクの面々も密かに耳をそばだてる。

「まあ、程々にね。いつもの病院? うん、うん……。またお見舞いに行くわ。今日は仕事で忙しいから……。うん、またね」

 手短に会話を終え、受話器を置く。
 エプロンの肩紐を正しながら席に戻ると、同じエプロン姿の中年女性が隣のデスクから訝しげに尋ねた。

「なに。また翔くん? 今度は何やらかしたの?」
「橋の上から川へ飛び込んだそうです。二週間の入院、全治三ヶ月」
「っはー……懲りないねえ。もはや自殺志願者かってくらい」

 女性はやれやれ、と疲れたように首を振った。

「どうせまたあの子と張り合ったんでしょ。あの子、その……ええと」
「鷹取くん、ですか?」
「そうそう鷹取くん。あの子とつるむようになってからでしょ、その、こんな危ないことばっかりするようになったのは」

 心底面倒くさそうに言う女性の隣で、雛沢は困ったように微笑みながら、白い木漏れ日の差す窓の方を眺めた。

 ガラス越しに見えるグラウンドでは、年齢がバラバラの子どもたちが遊具で遊んでいる。

「翔くんにとって、鷹取くんは初めての友達でしたからね」

 いつかの景色を思い出しながら雛沢が言うと、隣の女性はまるで悪夢にうなされるような声を上げた。

「友達ったって悪友でしょ、悪友。一緒になって楽しむのは結構だけど、それでいちいち死にかけてたんじゃ世話ないよ。結果的には里親が見つかったからよかったものの、あのままここに居座られてたら私たちの立場も危うかったんだよ。毎日毎日ケガばっかして帰ってきてさ」

 当時の苦労を滲ませる声に、周りの職員たちもうんうんと無言で頷く。

「そんなこともありましたねえ……。あれからもう、何年も経ちましたけど」
「そうそれ。もう何年経った? 翔くんももう高校生でしょ。未だにつぐみちゃんにべったりだもんね。どんだけ好きなんだっての」

 せめて事務室に直接電話してくるのだけはやめろ! と、もはやうんざりした様子で溜め息を吐く。

「つぐみちゃんもさあ、たまにはビシッと言ってあげなよ。つぐみちゃんの説教なら翔くんも少しは言うこと聞くんじゃない?」
「私が言っても聞きませんよ。翔くんは私より、鷹取くんにご執心ですから」

 そう言って雛沢は顔を上げると、壁に飾られた一枚の写真に目を留めた。

 写真には二人の少年が写っている。
 小学校高学年くらいの、あどけない笑みを浮かべた二人の少年が、それぞれの胸に感謝状を抱えている。

「きっと……死ぬまで離れられないのね、あの二人は」

 誰にも聞こえない声で、ひとり呟く。

 それに応えるかのようにして、どこか遠くの空で、カラスの声だけが響いていた。

 
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