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Chapter #4

舞恋の秘密②

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「私もさ、転校してきてすぐの頃は、新しい環境に慣れなくてすごく不安だったんだよ。性格も今よりかなり大人しかったと思う。けど、みさきちが明るく声をかけてくれたから、クラスにもすぐに打ち解けることができたの。……大袈裟かもしれないけど、今の私があるのはあのときのみさきちのおかげだと思ってる。だからこそ、みさきちがあの英語の授業の後から急に後ろ向きになっちゃったのは、本当に残念だった」

「舞恋……」

 まさかそんな風に思ってくれていたなんて、私は今まで気づきもしなかった。

 思えば今までも、舞恋がどうしてこんなにも私に親身になってくれるのだろうと不思議に思ったことはあったけれど、そこまで深く考えたことはなかった。

 彼女は誰とでも仲良くできる。
 だから私とも友達でいてくれるのだと、そう思っていた。

「でも、舞恋。あの英語の授業でのことは……別に舞恋が悪いわけじゃないでしょ。みんなが笑ったのは私の発音がおかしかったせいだし、笑ってたのはクラスの全員なんだから、舞恋一人が悪いわけじゃないじゃん」

「ちがうの!!」

 食い気味で否定した舞恋は、声を震わせ、まるで幼い子どもみたいに泣きながら言った。

「あのとき……クラスで最初に吹き出して笑ったのは、私なんだよ……!」

 それを耳にした瞬間、私の脳裏で、当時の光景がフラッシュバックした。



 ——ずぃすいず、えあん、えあぽぉ。

 幼い頃の私がその一文を言い終えると、教室の中はしんと水を打ったように静まり返った。

 どうしたんだろう、と私が辺りを見渡したとき、

 ——……ぶふっ!

 と、後方の席に座っていた舞恋が一人盛大に吹き出して、それを合図に教室全体が笑いの渦に巻き込まれた。

 ぎゃはははは! と誰もが私を見て笑う。

 私は教室の真ん中で、ただただ顔を真っ赤にして俯いていた……。



「……私が最初に吹き出したから、それにつられて、みんな笑ったの。だからごめん、みさきち。本当は、ずっと謝りたかった。中学と高校で離れてた間も、みさきちのことを思い出す度に、また昔みたいに明るい性格に戻ってくれてたらいいなって思ってた。でも、大学で再会したとき、みさきちはやっぱり大人しくて、消極的だった。あの日のことがトラウマになってるんだってすぐにわかった。だから……みさきちが留学に行ってみたいって言い出したときは、チャンスだと思ったの」

「……チャンス?」

「海外留学をするとさ、性格が明るくなる子が多いんだって。だから、この機会を絶対に逃したくないって思ったの。みさきちがまた、昔みたいに戻ってくれるんじゃないかって」

 言われて、私は数ヶ月前の、まだ大学に入って間もない頃のことを思い出す。



 ——留学とか、一度は行ってみたいよねー。

 軽い気持ちで口にした言葉だった。

 それこそ『死ぬまでに一度は火星に行ってみたいよね』ぐらいの夢見心地で言ったつもりだった。

 けれど舞恋は、そんな私の軽口を真に受けて、

 ——うん、やろうよ留学!

 そう、二つ返事でオーストラリア行きを決めたのだった。



 あれは、舞恋の計算だったのだ。

 ただの勢いで賛成したわけじゃない。

 私のことを思って、良い結果に繋がることを期待して、私の言葉に乗ったのだ。

「みさきちがカヒンと出会って、少しずつ変わっていくのを見て、私は期待してたんだよ。いいぞ、その調子だって。カヒンもすごくいい奴だし、これから先も、みさきちのことを大事にしてくれるだろうなって安心してた。だから……日本に帰ってきて、みさきちがまた後ろ向きになったのを見て、居ても立っても居られなかった。せっかく良い人が出来て、お互いに好きなのに、自分から離れようとするなんて……そんなのおかしいって」

「舞恋……」

「ねえ、お願いだから前を向いてよ、みさきち。怖がらなくていい。誰に何を言われたって、別にいいじゃん。自分の気持ちに素直になってよ。周りの目に振り回されてないで、いま自分のやりたいことをやりなよ」

「私の、気持ち……」

 どうすればいい、じゃなくて、私がどうしたいか。

 怖がらなくていい。
 誰に何を言われたって、気にしなければいい。

 自分の生きたいように生きていいというのなら、私は。

「会いに行きなよ。カヒンが待ってるよ。みさきちも、本当はカヒンに会いたいんでしょ?」

「…………会いたいよ」

 会いたい。

 今すぐにでも。

 彼の胸に飛び込んで、大好きだよって、何度も伝えたい。

「……よし、言ったね。言質げんち取った!!」

 と、舞恋は急に普段の調子を取り戻すと、拳を天高く振り上げて喜んだ。

「えっ?」

「ほらほら、ぼさっとしてないで。カヒンに会いに行くんでしょ? 帰りの飛行機まで、もう時間がないよ!」

 いつのまにか、彼女の涙は乾いている。
 つい先程まで泣いていたとは思えないほど、今の彼女は元気だった。

「何。もしかして、さっきのは嘘泣き……?」

「嘘だなんて失敬な! 乙女の涙が幼馴染の心を動かした感動の名シーンだよ!」

 自分で言うなと思いつつ、彼女に急かされて私は身支度を整え始める。
 一体どこまでが演技だったのかはわからないが、最終的に心動かされてしまった自分が悔しい。

「カヒンの帰りの飛行機、昼の一時半に出発だって! 見送りは一時間前までだから、十二時半までに空港に着かないと間に合わないよ!!」

 洗面所で慌てて顔を洗いながら、舞恋の説明を聞く。

 現在は午前十一時。
 空港まではどれだけ急いでも車で四十分はかかる。

「今タクシー呼んだから! 十五分ぐらいでこっちに来るって!」

 お風呂に入っている暇はないので、ボサボサの髪はスタイリング剤で無理やり固める。
 メイクをする時間もほとんどない。

 なんとか妖怪から地味女子ぐらいまで見た目が回復した頃、タクシーは家の前までやってきた。

「みさきち、スマホ忘れてる!!」

 出発の直前、舞恋から放られたスマホを慌ててキャッチする。
 危なかった。
 これがないとカヒンと連絡が取れない。

「そんじゃ、カヒンによろしくね。幸運を祈る!」

 舞恋とはここでお別れだ。
 どうせタクシーなんだから一緒に乗っていけばいいのにと誘ったけれど、割り勘はごめんだと断られる。
 それが本心だったのか、あるいは空気を読んでくれたのか、どちらなのかはわからない。
 
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