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Chapter #4
舞恋の秘密①
しおりを挟む後でトイレに行ったときに洗面所で鏡を見てみると、確かに大変なことになっていた。
髪はボサボサでアホ毛があちこち飛び出していて、夜中に泣いたせいで目も腫れぼったい。
こんな姿を世間に晒したら一発で妖怪扱いされるだろう。
たとえ家に誰かが訪ねて来ても居留守を決め込むしかないな——と考えたとき、それを読み取ったかのように玄関のベルが鳴った。
私が洗面所から動かずに気配を消していると、
「みさきち————!!」
と、聞き覚えのある大声が届く。
「いるんでしょ!? 出てこ——い!!」
間違いなく、舞恋だった。
彼女は周りの目も気にせずにベルを鳴らしまくり、鍵のかかった玄関の扉もこじ開けようとガチャガチャやっている。
自室に残してきた私のスマホもブーブーと震えているのが音で伝わってくる。
そういえば先日、私とカヒンが会わなかったら自分が無理やりにでも引き合わせてやると息巻いていたけれど、それを実践しに来たのだろうか。
やはりここは居留守を決め込むしかないと改めて決意したとき、
「出てこないなら、昔のみさきちの恥ずかし~~い思い出を大声で暴露しちゃうからね! いいんだね!! 言うよ!?」
ガチャリ、と慌てて私は玄関の扉を開けた。
「なぁんだ、みさきち。やっぱりいるんじゃん」
「……卑怯だよ、舞恋」
対面した彼女の意地の悪い笑みに、私はげんなりした。
「へへへー、幼馴染の特権ってやつだって。そんじゃ、お邪魔しまーす……って、何その頭!?」
ギャハハハ!! と彼女は私を見て全力で笑った。
どうやら母以上にツボに入ったらしい。
しかし私があまりにも無反応だったのを見て何かを察したのか「ごめん笑いすぎた」と急に真顔になる。
「で、なんで今みさきちが家にいるの? 今日はカヒンとデートのはずでしょ?」
彼女の声色が変わって、本題に入ったのがわかった。
「だから、カヒンとはもう会わないって言ったでしょ。聞きたかったのはそれだけ?」
寝不足なのもあって不機嫌に返すと、舞恋もムッとした表情になる。
「みさきちはさ、いま自分が正しいことをしてると思ってるんでしょ。自分さえ関わらなければ後は全てがうまくいって、カヒンも幸せになれると思ってるんでしょ。でも言っとくけどそれ、ただ責任を放棄してるだけだからね。カヒンと付き合って、あれだけ彼女ヅラしておきながら都合が悪くなったらハイさよならなんて、無責任にも程があるよ。何があったにせよ、一度恋人になったからには最後まで彼と正面から向き合って話し合うべきじゃないの? こんな、ただ逃げるだけのやり方じゃなくてさ」
ぐうの音も出なかった。
舞恋の言う通り、私のやっていることはただの逃げなのだ。
彼女は「それにさ……」とさらに続ける。
「カヒンも多分、みさきちに素直になってほしいんだと思うよ。みさきちが無理してるの、彼もわかってると思う。みさきちが嘘を吐くときって顔にも声にもモロに出るし、みさきち自体が嘘発見器みたいなもんだから」
最後のはちょっと余計だったけれど、否定はできなかった。
カヒンの態度を見ていると、確かに私の嘘は通用していない気がする。
「カヒンもさ、ありのままのみさきちが好きなんだよ。だから何も隠す必要なんてないじゃん。もっと自分に自信を持ちなって。……それとも、本当の自分をさらけ出すのがそんなに怖い?」
「怖いよ」
私は間髪入れずに断言した。
「いつも怖くて仕方ないよ。何も今回だけに限ったことじゃない。私は……昔から気が弱くて、人と話すのも苦手だから、それで色んな失敗をしてきたの。人に笑われて、恥ずかしい思いもたくさんしてきた。そんな私に、今さらどうやって自信を持てって言うの?」
積年の思いを語る私の声を聞きながら、舞恋の表情がさらに険しくなる。
けれど、その顔がどこか悲しげに見えるのは気のせいだろうか。
「……どうせ、舞恋にはわからないよ。舞恋は昔から性格も明るくて行動力もあって、人と話すのも好きでしょ? そんな風に誰とでも仲良くできるような人には、きっとわからないよ。私みたいな人間の気持ちなんて」
「わかるよ!」
一際大きな声で反論されて、私も負けじと彼女の顔をまっすぐに睨み付ける。
けれど、
「…………え?」
正面から、同じようにこちらを射抜く彼女の目を見て、私は虚を突かれた。
彼女の目には、今にも零れ落ちそうな大粒の涙が浮かんでいた。
舞恋が、泣いている。
「……何。どうして舞恋が泣くの? そもそも、今回のことは舞恋には関係ないじゃん」
「関係あるよ! だって……みさきちがそんな風に後ろ向きな性格になったのは、私のせいなんだもん!!」
唐突に投げかけられたその言葉を、私はすぐに理解することができなかった。
「……どういうこと? 舞恋のせいって……。私がこういう性格なのは、元からでしょ?」
「違うよ。昔のみさきちはもっと明るくて前向きだったんだよ。小学生のとき、英語の授業でクラスのみんなに笑われたあの日までは」
英語の授業。
それで思い出されるのは、いつもあの日のことだった。
私の発音がおかしくて、クラスのみんなに笑われたときのこと。
特に男子たちは放課後にまで私を追いかけて馬鹿にしてきた。
「あの日から、みさきちは急に弱気になっちゃったんだよ。友達ともあんまり喋らなくなったし、喋ってもなんだかビクビクしてて、いつも何かに怯えてる感じで……。そうなる前は、よく笑う子だなって印象だった。明るくて、誰とでも仲良くなれる子だって。実際、私が転校してきたときも、最初に声をかけてくれたのがみさきちだった。みさきちは、もう忘れちゃったかもしれないけどさ」
「……そうだっけ?」
覚えていない。
私が周りからそんな風に思われる子だったことも。
私が舞恋に、自分から話しかけに行ったことも。
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