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Chapter #4
送迎の朝
しおりを挟む翌朝。
まだ陽の昇らない内から、私とレベッカは家の前庭の方へ出た。
もうすぐ、大学からの送迎の車がやってくる。
留学の初日に私をこの家まで連れてきてくれた車が、今度は私を日本へ帰すために空港まで運んでいくのだ。
「It's a little chilly.」
少し肌寒いわね、と言ったレベッカは薄手の長袖の上からガウンを羽織っている。
十月の初旬。
日本では冬の気配が少しずつ近づいてくる頃、南半球にあるオーストラリアは夏へと向かっていく。
私が滞在したこの四十日間は春のような陽気で日中は暖かかったけれど、朝晩だけは少し冷えた。
スコットはまだ部屋で眠っている。
どうやらギリギリの時間まで寝ていたいようで、「車が来たら起こしてくれ」と言っていた。
きっと昨夜も遅くまでいかがわしい動画でも見ていたのだろう。
オリバーは今日のことは何も言っていなかったので、見送りにくるのかどうかはわからない。
できれば最後に一目会いたかったな、なんて思うのは私のわがままだろう。
車を待つ間、私とレベッカはこの四十日間を振り返って、思い出話に花を咲かせた。
最初の頃、私は緊張ばかりしてなかなか会話ができなかったこと。
その割には初日から七時間も昼寝をしてしまったこと。
オリバーとスコットがいつも冗談ばかり言っていたこと。
レベッカがいつも優しかったこと。
学校でのこと、ゴールドコーストでのこと、クラスメイトたちのこと、三匹のわんこのこと。
話せば話すほど、これから日本へ帰るのがつらくなってくる。
もっと、ここにいたい。
日本にいた頃の私には考えられないような心の変化だった。
そうしてレベッカと話している内に、空は少しずつ明るくなって、やがて太陽が顔を出し始める。
「The car hasn't come yet?」
車はまだ来ないのか? と、玄関の方から声が届いた。
見ると、部屋で寝ていたはずのスコットがあくびをしながらこちらへ歩み寄ってきた。
確かにちょっと遅いな、と私は道路の先を眺める。
視線の先には車どころか人っ子一人見当たらず、遠くで鳥の声が響いている他には何もなかった。
あまり遅くなると飛行機の搭乗手続きに間に合わなくなってしまう。
一度大学へ確認をとった方がいいんじゃないかとスコットが言って、レベッカがスマホを取り出したとき、
「You don’t have to go back to Japan.」
別に日本に帰らなくてもいいじゃん、とどこからか声が届く。
見ると、いつのまにかやってきたオリバーが門をくぐって敷地に入ってくるところだった。
「Oliver!」
彼の姿を目にして、やはり見送りに来てくれたのだと思うと私は嬉しくなった。
けれど、日本に帰らなくてもいいという彼の冗談にはさすがに賛同できない。
レベッカは誰かと連絡がついたようで、スマホ越しに何かをやり取りしている。
何も手違いなどがなければいいのだけれど。
そうしている間にオリバーはいつものおふざけモードに入ったようで、もう一ヶ月ぐらい滞在延長すればいいじゃんとか、犬の散歩行こうよとか言ってくる。
私が満更でもない気持ちで受け流していると、やがて家の前に一台の車が停まった。
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