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Chapter #3
カンガルーとコアラ
しおりを挟む吐き気が治まると、さっそく私たちは動物の待つエリアへと向かった。
「あっ、カンガルーがいる……?」
たどり着いた先で見た光景に、私は目を瞬く。
柵で囲まれた広いスペース。
いくつかの木々が生い茂る公園のようなその場所には、ほぼ放し飼いにされているカンガルーたちが地面に寝転んでいる。
そしてそんな彼らを、観光客たちが自由に触って楽しんでいた。
(カンガルーって、触っていいの?)
おっかなびっくりの私を残して、カヒンはカンガルーたちの元へと歩み寄った。
そうして背中をそっと撫でてみると、カンガルーは眠そうに瞬きをするだけで大人しくいている。
「Misaki, come on.」
おいで、とカヒンに言われて、私も恐る恐る近づく。
同じように背中を撫でてみると、カンガルーは今度こそ瞳を閉じて完全に寝る体勢に入った。
信じられないくらいに人慣れしている。
(野生の本能どこ行った?)
あまりにも無防備すぎるのでこれ幸いと、私は思う存分にモフモフしてやった。
カンガルーのお次はコアラだ。
園内マップを頼りに少し歩くと、目的の建物はすぐに目に入る。
こちらはカンガルーとは違って、いつでも触れ合えるわけではなく時間が決まっている。
けれど時間内に別途でお金を払えば抱っこの体験までできるというのだ。
料金は一人につき二十数ドルと少し値が張るものの、こんな経験は滅多にできるものじゃない。
カヒンと相談した結果、せっかくだからやってみようということになった。
入口でお金を支払うと、コアラと対面する前にスタッフの人から簡単に注意事項を説明される。
さすがにネイティブ英語の説明だけだと私の理解が不十分だったので、カヒンが通訳してくれる。
それによると、コアラは繊細な生き物なので、抱っこをしている間は特に刺激しないようにじっとしていてほしいこと。
そして見た目の愛らしさに反して握力は強いので、腕をギュッと掴まれてもあまりびっくりしないでね、ということだった。
「Do you understand?」
わかった? とカヒンに聞かれて、私はこくこくと頷く。
英語で英語の通訳をしてもらうのはなんだか不思議な感覚だった。
ほどなくして、スタッフの人が一匹のコアラを腕に抱えてやってきた。
そのまま優しく手渡されて、コアラはゆっくりとした動きで私の上半身に抱きついてくる。
(うわ、あったかい……)
ふわふわの耳がすぐ目の前にあって、つい触りたくなる衝動に駆られる。
それを我慢しながらカヒンの方を向くと、彼は笑顔でスマホを構え、写真を撮ってくれた。
事前に聞いていた通り、コアラの握力はやはり強い。
腕にギュッとしがみついてくれるのは可愛いけれど、ちょっとでも刺激したらそのまま二の腕を握り潰されてしまいそうだ。
おまけに重さも結構あるし、なかなか立派な獣臭もする。
このまま抱っこしていたい気持ちと、さすがに長時間は無理だなという現実感が表裏一体となった絶妙なバランス具合だった。
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