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Chapter #3
日本からの電話
しおりを挟む夜はブリスベンシティで夕食をとり、そのまま解散の流れとなった。
私の家までの道のりは、例によってカヒンが送ってくれる。
かなり時間が遅くなってしまったので、カヒンの帰りのバスはあるのかと本人に尋ねると、
「I'm OK. Thanks for caring. 」
大丈夫、心配してくれてありがとう。
と、これまた爽やかな笑顔で言われて、私は不覚にもときめいてしまった。
一応、念のために時刻表を確認すると、確かにあと一本だけバスの便が残っている。
ただ一つ気になったのは、最終バスの時刻の隣にだけ『F』という文字が付いていたことだった。
(フィニッシュか、ファイナルのFかな……?)
最終便だとわかるようにわざわざ表記しているのだろうか。
普段から時刻表通りに運行しない割には、こういうところだけ妙に律儀だなと不思議に思う。
やがて私の家——もといレベッカたちの家の前まで来ると、別れ際にカヒンからハグをされた。
こちらの肩を包み込むように背中に腕を回され、互いの頬が触れ合うほど密着し、彼の吐く小さな息が、私の耳にかかる。
「Good night, Misaki. Sweet dreams.」
おやすみ、良い夢を。
言い終えるなり、彼は私のおでこにキスをした。
触れた場所からじんわりと彼の温もりが伝わって、私はたまらず全身を熱くさせてしまう。
おでこ。
おでこかぁ……。
もちろん嬉しいのだけれど、なんだかちょっともどかしい。
でも、そんな控えめなところがカヒンらしいな、とも思う。
彼の背中が見えなくなるのを待ってから、私は家の中に入った。
すると、リビングでテレビを見ていたレベッカがこちらに気づいて、「楽しかった?」と優しく聞いてくれる。
その隣から、「彼氏と×××したの?」というスコットの最低な質問が飛んできて、私は「No~~~」と苦笑しながら自室へと向かった。
ベッドに腰掛けてスマホを確認すると、日本にいる母からメッセージが届いていた。
ゴールドコーストはどうだった? と、ちょっと興味ありげに質問されている。
私は返事をする代わりに、今日撮った写真を数枚送った。
私と舞恋とゴルフと、そしてカヒン。
四人で撮った写真はどれも表情豊かで躍動感があり、まるで漫画の一コマのようだ。
ほどなくして、写真を見たであろう母から電話がかかってきた。
そういえば最近は声を聞いてなかったな、と思いながらそれに応じる。
「もしもし、美咲? 久しぶり。元気にしてる? ゴールドコーストの写真、すごくいいじゃない。お友達と仲良くやってるのね」
どうやら写真は好評だったようで、母の声もどこか弾んでいる。
「留学、楽しそうで本当に良かったわ。最初の頃に送ってくれた写真は、風景ばっかりであんまり人と写ってるものがなかったから心配だったけど……この様子じゃ杞憂だったみたいね」
言われて、初めて気づく。
オーストラリアに来てすぐの頃は人と会うのも怖かったのに、いつのまにか色んな人と話ができるようになって、今では誰かと一緒にいるのが当たり前になっている。
こういった変化は普段何気なく撮っている写真にも表れていたようで、母はそれを敏感に感じ取っていたのだ。
「それにしても、一緒に写ってる男の子たち、すごくイケメンね。美咲はどっちの子を狙ってるの?」
私は苦笑しながら「そんなんじゃないって」とはぐらかした。
もともと内気な私が、すでに片方と付き合っているなんて言ったら母は卒倒するかもしれない。
「再来週には日本に帰って来るのよね? 当日は空港までお父さんと迎えに行くから。……ああでも、こんなに楽しそうならまだ帰りたくないかしら?」
母が冗談っぽく言ったその内容は、少なからず私を動揺させた。
再来週の末には、私は日本へ帰らなければならない。
そう思うと、急に寂しさが込み上げてくる。
カヒンとも、もう簡単には会えなくなってしまう。
海を隔てた遠距離恋愛。
それも北半球と南半球だ。
国境もあるし、会いたいと思ってもすぐに会えるような距離じゃない。
私が日本に帰っても、彼は私のことを好きでいてくれるのだろうか。
「……美咲?」
急に黙り込んだ私に、母が不思議そうに声をかける。
「……うん。むしろ、このまま帰れない方がいいかも」
「えっ?」
「なんてね」
冗談だよ、と口では言いつつも、私はまんざらでもなかった。
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